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おすすめの映画「ばるぼら」

 「文士は昔からドロップアウトのプロでした」

 これは、この作品の前半部に語られる言葉です。

 映画館で売られている公式読本の中では、脚本が収録されていて、先ほどの台詞の続きが書かれています。不幸になりながらも、様々なものに救われて、素晴らしい作品を作っていく。

 この「ばるぼら」という作品の本質を語っている台詞ではないか、と僕は思っています。

 何気なく道で出会った一人の女。
 その女との出会いが、一人の小説家の運命を変えていくことになっていきます。
 狂った方へ。

 僕も学生の頃に文学なんかかじってましてね。
 純文学の小説なんかも書いていたんですが、違う大学で劇団をしていた年下の女友達に「あなたの作品はキレイすぎるから、こういう漫画を読んだ方が良い」と言われてある漫画を誕生日プレゼントに渡されました。
 それが「ばるぼら」でした。
 ちなみに、その女友達はヴィレッジヴァンガードに就職して、舞台小屋を作ろうと決めたそうで、それから音信不通になりました。

【ここからは、ネタバレありです】

 まずは、この映画で印象的だったことを。
 この映画の世界って、ほとんどが太陽の光が当たらないところなんですよね。ほとんどのシーンで雲がかかっている。一瞬木漏れ日に当たるところでは、すぐに洋介が首をしめられ、ばるぼらが頭を打つという「死」ととなり合わせの場面だけでしたね。
 思えば、最初のシーンで、日の差す路上の方から地下通路の階段を洋介が降りてくるシーンから始まるのは、日常から非日常への入り口のようにも感じました。思えば、僕らが作品を観る映画館も闇の中。ある意味、映画自体も非日常の空間ということも考えさせられました。 

 作品の前半で、「売れているけれど、何も考えないし、何も残らない」洋介の作品に対する世間の評価がなんとも悲しくてですね。なんとなく、僕もなぜ先ほどの女友達から「ばるぼら」を渡されたのか、時を超えて考えさせられましたよ。

 ばるぼらと出会ってから、徐々に洋介の日常に異界が混じってくるんですが、白昼夢のようにエロスが混じってくる。そこには必ずばるぼらが助けに来る。ひょっとして、幻に誘い込んでいたのは…と考えてしまいますね。

 ちなみに、このばるぼらの中では、ジャズのレコードやベースの重低音が物語になんとも言えない不吉さを添えています。特に予告でも使われているジャズの曲が最高でした。

 また、とにかくこの映画、美しい身体が沢山出て来るんですね。前半に登場する片山萌美さん。中盤から後半の二階堂ふみさん。みな、美しい身体で洋介を惑わせていきます。

 徐々に狂気の世界に足を踏み入れながら、最終的にばるぼらの死体の横でばるぼらの物語を書いた洋介。その結果、彼はすさまじい傑作を生みだします。これが、映画の中だと、本当に僅かにフライヤーが映るんで、油断すると見逃してしまいそうですが、なんとか彼は再生したんだな、とほっとしましたよ。
 でも、そのチラシの横には、ばるぼらがまた、うずくまっている。
 なんというか、ゾッとしましたね。
 彼女は小説家にとって女神でもあり悪魔ではないか、と。
 小説家の遺書の研究をしていた人間としては、女性と出会うことで人生が狂ってしまった小説家の話はとてもリアリティがあります。
 たとえば、芥川龍之介はたった一度の誤りで、神経をすり減らしていきます。しかし、そのおかげで、「或阿呆の一生」や「河童」といった晩年の傑作を作っていくことが出来たんですよね。
 画家だとピカソが付き合う女性によって、どんどん作風が変わっていくのとも通じる気がします。

 狂気の中で生まれた「考えなくていい、あとに何も残らない」わけではない物語。そう考えると、小説家たちの名作はどこか、作者の痛みや闇があるからなのかも知れないな、と連想しました。

 主演の稲垣五郎さんですが、個人的には「13人の刺客」の明石候・斉韶が最高でしたよね。「半世界」でのもし、ゴローちゃんが田舎で暮らしたら、という感じも好きですが、少し浮世離れした感じが、彼が持つミステリアスな面と合っていて、はまり役でした。
 スーツにサングラスをかけて、孤独に都会を歩く姿が、めちゃくちゃカッコいい。また、どんどんダメになっていく退廃感も演じられていて素晴らしかったです。
 それにしても、新しい地図の皆さん、最近、良い映画多いですね。
 香取さんの「凪待ち」、草薙さんの「ミッドナイトスワン」、そして、今回の「ばるぼら」、忘れられない傑作に近年出演し続けています。
 次はどんな作品で観られるか楽しみです。

 二階堂ふみさんの「ばるぼら」も素敵で、「この人はこんな感じかな?」と思ったら、そのカテゴリーをひゅっとすり抜ける感じが魅力的でした。

 映画館という身近な非日常の中で「ばるぼら」を観て、僕らは何を持って帰るでしょう?

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