匂いの消えた夕暮れに

　会社が休みだったので、映画館に「機動警察パトレイバー　ｔｈｅ　Ｍｏｖｉｅ　４ＤＸ」を観に行ってきた。

　平日の午前回だったので、シアターは３人しかいなかった。
　まさか、大画面であのカッコ良いオープニングが観られるとは思っていなかったし、ラストの台風シーンは凄い迫力だった。

　映画の途中で「そういや４ＤＸって、匂いも出るんだよな」と思い、周りの席を見ながらマスクをそっと外してみた。

　懐かしい映画館の匂いがした。
　そのまま、外してみるわけにもいかないので、再びマスクをして残りを観た。

　最近、怪獣のフィギュアを買うことが増えた。
　僕なりのルールで、「厳しい仕事をクリアーした時は怪獣のおもちゃ(６００円ぐらい)を買って良い」というものだ。
　出かけた先に怪獣を置いて、写真を撮りながら、ふと、この怪獣ってどんな匂いがするんだろう、とふと思ったことがある。
　やっぱり、獣みたいな匂いがするやつが多いんだろうか？

　コロナのせいで、観光地の人がどっと減った。
　僕が住んでいる奈良でも、観光地が少しだけ静かになった。
　映画を観終わって、平城京跡の少し離れた場所にある、貴族の屋敷を復元したところに行った。
　３０分ほど居たが、人っ子ひとりいなかった。
　蝉の声が遠くで聴こえる。
　暑いので、マスクを下げると、木の匂いがした。

　休みの日の一日が終わった。
　駅から降りると、街はもう夕暮れだった。
　人々はみなマスクをしている。
　そういや、この街ってどんな匂いだったっけ。
　マスクに手をかけようとしたが、やっぱり止めた。
　コロナが僕らの口につけたマスクは、色々なものを忘れさせているのかもしれない。

　大好きなあの人の匂いってどんな匂いだったっけ？
　何度も行ったあの場所はどんな匂いだったっけ？
　僕が好きな文学作品はどんな匂いを連想させたっけ？
　今、僕が書きたいものは、どんな匂いがするんだろう？
　僕はずっと考えている。
　マスクを外して、この文章をかきながら。