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物質はどのようにして生命になるのか

最も有名なのは1953年に行われたミラーの実験です。ミラーは、重水素の発見でノーベル化学賞を受賞したユーリイの学生でした。
実験は次のように行われました。地球の原始大気を模擬した、メタン、アンモニア、水素、水蒸気の混合気体中で、放電を連続的に行います。原始海洋を模擬して、液体の水の入ったフラスコも加熱します。
数日後、装置内の水を分析したところ、酢酸、尿素のほかに、グリシン、アラニンなど数種類のアミノ酸分子が検出されました。
生体を構成する有機物が、無機物やメタンなどから直接に生成できるという、生命の起源にとって重要な結果でした。

その後、原始大気はミラーたちが考えていたような強還元型大気(メタン・アンモニア・水素)ではなく、窒素や二酸化炭素を主成分とし、水素・一酸化炭素・メタンなどの還元型気体が少量加わった弱還元型大気であったと考えられるようになります。
このような弱還元型大気では、強還元型大気に比べアミノ酸などの有機物は形成されにくいのですが、宇宙線、紫外線、熱、放射線、衝撃波などによりアミノ酸の合成が可能であることが実験で示されました。
こうして生命に直結する有機物でも、いとも簡単に生成しうることがわかりました。
そして後の研究で彗星や隕石からもアミノ酸が検出され、生命あるいは生命の素となる物質は、地球外から地球へ持ち込まれたものである可能性も指摘されるようになります。

生命の誕生に先立って、生命の特質である代謝能(触媒能)と自己増殖能(自己複製能)が生まれたと考えられています。
触媒能の起源については主に次の4つの説があります。

① タンパク質(アミノ酸重合物)説
アミノ酸は容易に生成します。このアミノ酸を重合させてペプチドを経てタンパク質に進化するというものです。
例えばグリシンが数個つながったオリゴグリシンなどは容易に生成することがわかっています。しかし、実際に触媒能を持ちうるようなタンパク質の生成にはまだ至っていません。

② RNAワールド説
最初の生命は触媒活性能と自己複製能を併せ持つRNAであったとする説です。
核酸塩基は隕石中にも見出されていますが、糖(リボース)の期限は未だ謎です。また、RNAはDNAやタンパク質と比べて熱安定性に劣り、最初の生命が熱水中で誕生したとした場合、矛盾します。

③ 金属イオン・鉱物説
触媒分子の起源の説明として金属イオンの触媒能を用いる説です。
鉄イオンは過酸化水素を分解する触媒活性をわずかながら有します。鉄イオンがポルフィリン環に配位してヘムを形成すると、その触媒能は1000倍に増幅されます。
(※ポルフィリン…窒素原子を1個含む五員環の環式化合物が、さらに4個環状に結合した構造を骨格とする化合物の総称。)
(※ヘム…2価の鉄原子とポルフィリンから成る錯体。)
これにさらにタンパク質鎖がついて現在の酵素「カタラーゼ」となるとその触媒能はさらに1000万倍になります。
つまり、最初は金属イオンの触媒活性に依存していた原初の"物質系"が有機物を利用することにより触媒能を徐々に改良し、最初の"生命系"へと進化していったというアイディアです。

④ ゴミ袋ワールド(Garbage-bag world)説
原始海洋中でコアセルベートのような原始細胞状構造体ができ、その中に様々な有機分子が取り込まれたとする説です。
(※生化学者オパーリンのコアセルベート説…海の中に含まれる高分子化合物が波の力によって融合してコロイドを形成し、さらにいくつかのコロイドが融合して膜を形成し、内側に独自の環境を持つようになったとする説。他の物質を付着させたり取り込んだりする性質をもつ。)

コアセルベート説については、2016年、膜のない液滴が細胞の大きさまで成長したあと、まるで細胞のように自発的に分裂する傾向があるという論文が発表されました。

長らく「膜なくして進化なし」という考えが支持されていましたが、新たに発見された液滴分裂のメカニズムでは、母核となる液滴がいったん分裂を始めると、すぐに遺伝情報を伝達する能力を得て、タンパク質を合成する情報を持つDNAやRNAを娘核のために等しく配分できました。
これらの遺伝情報伝達物質が液滴の分裂速度を高めるタンパク質を合成するようになれば、原子細胞は自然状態にある物質が無秩序に広がってゆく「エントロピー増大の法則」と太陽光によって、だんだん複雑化していくことになります。

研究チームは、「原子細胞はこの複雑化の過程で膜を獲得した可能性がある」と主張しています。
液滴は、自身と周囲の液体との境界面にとどまろうとする脂質の外皮を自然と集めます。遺伝子が何らかの方法でこうした膜を一種の防御として組み込み始めた可能性もあります。

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