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【月はいつも見ている 〜兎〜 】  第1章 ep.01

1993年4月


満開を過ぎた桜、冷えたアスファルトを朝露あさつゆと一緒に散り落ちた花弁で彩り始めた朝。

世間は新生活、希望に満ち溢れた学生たち、不安がいっぱいで緊張感で硬くなった新入社員、今年も変わらずマンネリにうんざりする人たち、そんな思いの人たちを詰め込んだ電車は9時を過ぎ、穏やかな車内に変わってきだしたお昼前の午前11時。

大阪環状線、列車の最後尾でガラガラに空いた座席に座らず車内の遠い先に目線を置いて、車掌がいる運転席の壁にもたれかかっている女性。

私の名前は、ムカイミユウ。

美しく結ぶと書いてみゆうと読む、母親、小さなころから友人からはミューとよく呼ばれていた。みゆ!と呼ぶ子も居たが親しき人からはミューと今でもよんでもらっている。

大阪に出てきて8年。最初は私も希望に満ち溢れていた広島の田舎町から出てきて人の多さと慌ただしさに圧倒され、阪神タイガースが21年ぶりの優勝、日航機の事故、いろんな出来事があった年で今も鮮明に当時の事を思い出させる。

私も最初はこの電車で、満員の電車に揉まれていた。ドラマで憧れていた大企業でのOL。必死に勉強して入社した。でもそれは1年経らずで消してしまった。よくある人間関係とかではなく、たった1年だったが当時に仲良くしたいたOL仲間もよく今でも会っている。

辞めた理由は食費。こんな理由恥ずかしくて誰にも言えないし理解もしてくれないだろう。食べても食べても足らない。挙句は食べ物を買うために借金までして。取り立てに来た怖いお兄さんから「風俗でもして働いたらどうだ?」と酷いことを言われたが、本当にそうなってしまった。

大企業からの転落して今では風俗嬢


私の名前は、ムカイミュー


今はあまりその名前を自ら発することはない。店では源氏名を使い、何度も呼び名を変えている。先月男が去っていったので更に本名を言う機会は、なお少なくなった。

今の名前は「かほ」

実家がある広島ではなかった駅と駅の間が短い環状線。大阪駅には考え事をゆっくりできないままに到着した。

ラッシュが終わったとはいえ、沢山の人々が四方八方から行き交う、その人たちが歩いているスピードに始めは驚いたけど、今ではその流れに合わせることができるようになった。

私の歩くスピードが似たような方が横を歩いていると自然とその人より前に出ようと身体が勝手に急ごうとする、私もここの人間に近づいてきたのかな‥そう思うと何かおかしく顔がニヤけてきた

その人の流れから外れ、多くの飲食店がひしめき合っている通りに入ると、お昼前、サラリーマンたちの昼食に向け開店している店もあれば、夜に向けトラックから、食材の配達を受け取っていたりする店もあったりで活気に溢れている

そんな所に私が働いているお店がある、早朝から日が変わる直前までの営業時間、こんな昼間から風俗いくヤツってロクな人間じゃないなぁと思っていたが、今では私の大事な飯の種、夜に酔った勢いでくる男と比べれば全然、対応が楽だ

ある雑居ビルの中、お店の看板が怪しげに、男を誘惑するピンク色の看板で、一旦周りを見渡して‥つきまといが居ないか確認して入る。
お客と女の子の店の入り口は分かれていて、お客に入店する様子が見られないように配慮してくれている。

だって、まだそのモードも入ってないし「かほ」にもなっていないから

この仕事をするようになって、自分も含めてコツコツと鳴る足音が嫌いになった。ヒール、サンダル、パンプスなんて今ではほとんど履かないし自宅にも2足ぐらいしかない。OL時代に履いていたものは全て捨てた

エレベーターには乗らず、裏口から鉄の階段をスニーカーで、できるだけお音が鳴らないように上がって営業しているお店とは違う階の、表札も何もないドア。

インターホンを鳴らす前、一息置いて、肩をほぐすように上下させて
肺にゆっくり空気を溜めて、吐き出して

この小さな儀式をしないと私はこの仕事をできない

ピン ポーン

「はい」

「かほです。0636」

暗証番号のようなものも言わされる。

重たいドアの鍵がガチャっと開いて、従業員の男が顔を出す

「おはようございます」

私の慌ただしい1日が始まる


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何事も中途半端だった今年で55歳になるじじぃ。クオリティーは求めずまずは小説を完結させることを目指して書いていきたいと思っています。 書き上げたエピソードは何度も書き直し手直しをしちゃいますので、その点を踏まえて読んでいただければありがたいです。

過食症を抱える風俗嬢と、定職をもたない6歳下の青年との同棲物語。

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