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Sansan流プロダクト開発の意思決定は"エッジを尖らせる"

Sansan株式会社の尾花です。
Contract Oneという契約DXサービスのゼネラルマネジャー(事業責任者)とプロダクトマネジャーを兼務しています。

プロダクトマネジャーの仕事の核心は意思決定であり、その意思決定は苦渋の決断になります。

では、どのような意思決定が、プロダクトに良い変化をもたらし、事業に非連続な成長を生み出すのでしょうか。

単体でARR200億円を超えている名刺管理のSansanや、T2D3を遥かに超えるスピードで成長したBill Oneを生み出してきたSansanでは、「エッジを尖らせる」意思決定を行っています。

プロダクトは凡庸さの罠に陥りがち

世界を変えるという思いで立ち上げたプロダクトも、気づけば凡庸なものになりがちです。

なぜなら「機能を横並びに増やしてしまう」からです。


プロダクトにはありとあらゆる要望が届きます。
プロダクトに日々触れている既存顧客からも、プロダクトの導入を検討している見込顧客からも。

その要望の中でも、競合に負けているところは特に目立ちます。
顧客からの支持が得られない原因を、機能が不足しているせいにして、競合に追いつくための機能を追加したくなります。

また、機能を増やせばオプションとして単価を上げられると思いがちです。
「売上を伸ばすために、顧客単価を上げたい」という経営からの要請で、機能追加に流れがちです。


一方で、実際には、機能を追加したところで、単価を上げられることは稀です。

顧客は厳しいです。

それ単体でプロダクトとして成り立つぐらい価値がある新機能を出さない限り、単価を上げることは難しいです。
また、オプションとして追加費用をいただける機能を出せたとしても、そのオプションが思うように広がらないことも多いです。

エッジを立てて尖らせる

プロダクトが凡庸にならないためにはどうすれば良いのか。

Sansanでよく使われる言葉が「エッジを立てる」です。
他社には作れない、自社にしか作りえない価値、それがエッジです。

例えば、名刺管理のSansanは99.9%の精度で名刺をデータ化します。
創業して以来、17年間以上、OCRの技術やオペレーター補正のオペレーションに磨きをかけてきたからこそ実現できるエッジです。


さらに、一度エッジを立てたら、そのエッジをニョキニョキと尖らせていきます。

例えば、名刺管理のSansanでは、名刺のデータ化で培われた正確なデータ化力を武器に、企業の人事情報をデータ化しています。
名刺の人物情報とひも付けることで、異動情報が瞬時に把握でき、営業機会を生み出せます。

さらに、社名が変わった名刺を受け取っても同一企業の名刺として取り扱えるように、旧社名と新社名を同一として判定する名寄せと呼ばれる技術を培ってきました。
その技術を応用して、名刺をもつ人物の所属企業に有価証券報告書などの企業情報を結びつけています。

顧客に刺さるエッジかを確認する

エッジは自社にしか作れない価値であるだけでなく、それが顧客に刺さること、すなわち顧客からの強いニーズがあることも必要です。

強いニーズがあるかどうかは、数社の顧客に聞くだけでも直ぐに分かります。
エッジになり得ると考えている機能開発の候補を並べて、最も強く必要としているものはどれかを尋ねるのです。

機能を見せた時に、
「そんなことはできる訳がないと思っていたけど、できるなら絶対に欲しい!」
そんな声が聞こえてきたら、その機能こそが作るべきものです。

今まで世の中に存在せず、もし存在したら顧客が強く欲しいと思うもの、そんなエッジを作った時、イノベーションが生み出されます。

エッジを尖らせることを何よりも優先する

プロダクト開発においては二者択一の意思決定が求められることがあります。

自社にしか作りえない価値をつくることと、自社にはないが競合にはある価値をつくることの、どちらかを選ばなければならない時です。

その時は、迷わず前者を選びます。

自社のエッジを尖らせることと、他社のエッジを潰すことのどちらかを選択としたら、必ず自社のエッジを尖らせることを選ぶということです。


字面で読むと簡単なことのように思えますが、この意思決定は苦痛を伴います。

競合が当然のように備えている機能を実装しないとなると、機能不足で営業活動の序盤で負けることが増えます。
営業からは「検討の土台にすら上がらなかったです…」という悲痛の声が届き、心が揺らぎます。
それでも、自社にしか作りえない価値を信じて伸ばし続けるのです。
そして、営業に対して、自社にしか作りえない価値を訴求する力を磨くことを求めなければなりません。


実はエッジが尖っていて、選ばれるケースと選ばれないケースがはっきり分かれる方が、顧客にとっても自社にとっても良いことなのです。

顧客にとって、複数のプロダクトを比較することには時間的なコストがかかるので、合わないプロダクトであれば早めに比較対象から落とせます。一方で、いざ買う時には、買う理由が明確なので、社内の稟議も通しやすくなります。
自社にとっては、受注見込の薄い案件を早めに諦めることができ、尖った価値が求められている案件に注力できます。

Contract Oneのエッジの尖らせ方

エッジをどのように立て、尖らせていけばよいのか。

私がプロダクトマネジャーを務める契約管理サービスContract Oneを例にしてご紹介します。


Contract Oneには格納された契約書から、契約書管理の基本として必要な9項目を、正確かつ自動でデータ化するという強みがあります。

  1. 契約書タイトル

  2. 契約先

  3. 契約締結日

  4. 契約開始日

  5. 契約終了日

  6. 解約通知期限日

  7. 自動更新有無

  8. 自動更新期間

  9. 金額

この強みはSansanが創業から17年間以上、名刺のデータ化で培ってきたアナデジ力(アナログ情報のデジタル化)に立脚しています。
9項目のデータ化はOCRだけでなく、オペレーターによる補正を行っています。複数人のオペレーターの入力が一致した場合のみに正しいとする仕組みや、月に2回のクオリティチェックとマニュアル改訂により、日々精度を向上させています。

これだけでも、Sansanにしか実現できない強みです。


さらに、2023年6月にSansanにグループ入りした言語理解研究所の技術を用いて、親子関係にある契約書を自動でひも付ける機能を2024年3月にリリースしました。

「基本契約」を親契約、「個別契約書」や「覚書」などを子契約として自動で判別してひも付け、契約ツリーとして関連性を可視化してくれる機能です。

契約書の親子関係を自動で可視化

言語理解研究所は徳島大学名誉教授の青江先生によって創業された会社で、青江先生の研究室時代から数えると40年以上かけて、自然言語処理の技術・データベースを磨いてきました。

Sansanのデータ化力と言語理解研究所の技術を組み合わせることで初めて実現した機能で、Sansanにしか実現できない強みをさらに伸ばせました。


さらに、名刺管理サービスSansanで培われた独自のデータ統合技術を用いて、2024年8月に企業別契約ツリーという機能をリリースしました。

企業別契約ツリーは、企業ごとに契約を一覧化できる機能です。
過去に社名変更があった場合でも、同一企業として認識・統合できるため、過去契約を含め網羅的に取引履歴を確認することが可能になりました。

企業ごとに契約を一覧化

名刺交換した相手の社名が変わっていたとしても、同一企業・人物として識別できるSansanの技術が使われており、これもまたSansanにしか実現できない機能です。


このように一度出した機能もそれで終わりではなく、Sansanにしか作りえない機能を組み合わせていき、価値を積み上げていきます。

エッジを尖らせることのメリット

エッジを尖らせると、機能の数がそこまで増えていないのに、価格を上げることができるようになります。

唯一無二であるということは、高い価値があるからです。
Apple・エルメス・フェラーリなど、他と比べても非常に高価な製品を思い浮かべてみてください。高くても買われる製品には、唯一無二の機能的・情緒的な価値があります。
同じカテゴリーの競合より倍以上高くても、売れるようになります。


開発組織の疲弊も抑えられます。

機能数が増えていくと、保守しなければならない対象も増えます。
機能ごとに改善要望は届き続けますし、システムである以上、不具合も発生します。
最初に機能を生み出す時は攻めのエネルギーがありますが、機能をリリースした後は守りに入りモチベーションが低下しがちです。
不用意に自社の強みではない機能に手を出してしまっていると、守り続けることに意義を見出せなくなります。


そして、一番の効用は、プロダクトに関わるメンバーが、プロダクトを信じられるようになることです。

競合のことを常に意識して、競合との機能差を埋めることばかり考えている状態は、モノづくりを行い、そのモノを広めていく人間のモチベーションとして不健全です。
唯一無二の価値・自社にしか作り得ない価値を作っているという自信が、プロダクトをつくる情熱を掻き立てます。
自らの強みを確信できていると、それを顧客に伝える時、言葉に想いがのります。


柳井正は著書で「集中する」重要性をこう書いています。

最高の商売というのは、一つの完成された商品だけで大量に売れるような商売をすることです。
これが最も効率的ですし、最も儲けを生み出します。
(中略)
多くの人は、集中よりも分散に流れます。頭の中では集中が大切だと分かっていても、「もしその集中したものが売れなかったらどうするんだ」という不安に負けて、行動としては分散という意思決定をしてしまうのです。集中するものに自信がないのですね。
自信がないから分散なのです。
ところが、お客様はこわい。自信がないものを見抜く力を持っています。売る側が自身のないものを、お客様は見事見抜いて買わないのです。

柳井正『経営者になるためのノート』

自らを強く信じられるものにしか、顧客にとって本当に価値のあるものは届けられません。

企業文化が鍵

エッジを尖らせる意思決定はやろうと思っても、そう簡単にできるものではありません。


Sansanは上場まで名刺管理一本でやってきた会社です。
当時は「名刺管理しかやらない」と言い切っていたそうです。

そして、魂を込めて、短くシンプルな言葉を決め切る文化があります。
会社としてのMission・Vision・Values・Premise、プロダクトごとのタグライン。
ものすごい時間をかけて、たった一言に「我々は何者で、何を成し遂げるのか」を表しています。


企業文化への投資によって培われた集中力こそが、Sansanにしかできないプロダクトのエッジを尖らせる意思決定の礎になっています。


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