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それで 四

 「あんたトヨちゃん散歩連れてってくれる?」
 「気持ち悪ィな。勝手に名前変えんな。トヨタクな。トヨちゃんて呼ぶな。金輪際」言ってやって、トヨタクにヒモつけてやって、家出る。
 トヨちゃんじゃねえ。トヨタクだ。この犬の名前がトヨタクだから面白いのだ。街中で俺がトヨタク!と呼ぶとする。すると通行人達は口々に「え!あの有名俳優の豊田拓熊!」と振り返る。そこには小さい一歩を誤魔化す様にチコチコと、絶妙に小賢しく歩く、この小犬がいるのだ。あちき血統書付きでありんす、と。
 トヨタクは雑種の雌犬である。
 あと、ウンコ喰う。
 ところで俺、唐揚げ食ったっけ?
 ほんと、最近なんも思い出せない。凄く大事な事を忘れている気がして、こうやって文章を書いている。あの時めっちゃ痛かったって事も、目の当たりにした☆Yoshi三の死も憶えている。トヨタクのウンコ喰う癖だって憶えていた。これは旅行の日に何かを忘れた気がきして思いだせないあの時の焦燥に似ている。充電器かな?財布かな?航空券?パスポートじゃね?あ、全部あるねこれなら何を忘れていても生きて行ける。すると詰め忘れがない事に満足をして、その儘スーツケースを置き忘れて行くのだ。ダメじゃん。
 噺がそれた。要するに、☆Yoshi三達との出会いもしっかり憶えている。
 ☆Yoshi三、シンペー、タロちゃんとの出会いは大学時代に遡る。ケヴィン・スペイシーがゲイだとカミングアウトする前、ヌーが鯖で、井浦新がARATAでハリー杉山が杉山ハ…いやそれ程前ではなかったかもしれない。
 端的に言えば、あのJojiが、アメリカのスターシンガーだ!というよりも、ゲロケーキ焼いてた人だ!と言われていた時代。迷惑系ユーチューバーに、確かな可能性があった時代。TV番組はと言うと、米澤が今みたいに若者に寛容ですよ、ではなく、若手に保守的な事を言いてえオヤジ達の代弁者ですよ、言わせてもらうけどね…、みたいな態度を取っていた時代。端的に言えばって段落なのに、米澤國夫は今も昔もずーっとテレビに出続けているよねって問題提起をしている。おそれいりまめ。要するに、
 英語だけはペラペラな俺は英語だけで受験できる英文科に入り、同じ様に英語だけはペラペラだった☆Yoshi三と仲良くなって、WANIMAみたいな格好した奴らに学食で抜かされて☆Yoshi三がブチギレて口論になって、そのワニマの一人だったタロちゃんと仲良くなって、スリーはマジックナンバーだ!つってノンリノリで渋谷のクラブでハングアウトしたら、三百円のコインロッカーにたったの百円ポッチしかインサートしねえシャバ僧がいて、そいつは人生詰まらなそうに冷たい目つきでカギをガチャガチャ煩く左右に回すと、一瞬のうちにカギをかけてしまった。すなわち、かっこつけて二百円ケチった。めっちゃドープじゃん!つって☆Yoshi三が「今のクールだった」と話しかけたその氷点下二百七十三度の百円ニキがシンペーだったわけだ。
 板橋のしょーもない飲み屋でよくだべった。老舗の大将が、これが俺の好きなもんだ、カッケーだろ、て感じで置いているだろうボトルシップの感じでカウンターの角にフツーにガンジャが放ってある。フツーに格好悪いでしょって思っていると、あ、つって大将が隠したんで、あゝ、フツーに片付け忘れただけなのね、と納得。それぞれの地元、大田区や横浜にいってもそんな店ばかりだった。せっかくシティにいるのに。地方の人間に恨まれそうな青春の浪費。郊外のヤングアダルトあるある。いいや、或いは地方の人間はそういう、下町の青春に憧れるのかもしれない。☆Yoshi三はいつも楽しそうだった。まあ、地元は生涯教えてくれなかったけれど。
 一番ウケた投稿は、タロちゃんの新車で☆Yoshi三を轢いてみようといった企画だった。
 「何キロでイこう。四十?」運転席に座った俺。
 「十だろ!それじゃあ法定速度じゃねーか!故意に人轢く様な奴がなに一丁前に法定ギリギリ守ってんだ!」
 「轢いてもギリ平気だから法定速度なんだろ。十キロなんて意味ねーって」
 後部座席のタロちゃんは黙ってカメラをまわしていた。
 「馬鹿かお前!急ブレーキでギリ止まれるから法定速度なんだろう!四十で轢いたってこの企画、元々なんの意味もねーんだよ!」
 黙れ。いい奴になろうとすんな。そもそももっとファンダメンタルな所でお前は蒲田民ゲットーだ、いい奴の人気者にはなれねえ。
 俺、そう思った。思う事が多すぎて、直線的に文を組み立てられず、思いの二割すら上手く言葉にする事が出来ないのが俺の頭の作りで、この時も諦め、「うぅうるせぇ!」と言った。
 それが俺のパニック発作的兆候a.k.a .〝イー〟だった。ウケた。そこで俺は「上手く会話を組み立てられない」「イーの畢竟には突拍子の無い行動を取ってしまう」という、ポンコツ/ぷっつんキャラを確立させた。
 アイツはサイコだ!いいやソシオだ!そんなサイコ/ソシオ論争を行きつけのバーの片隅で小さく巻き起こして小さく爆誕した超新星が、俺だ。
 イーの畢竟?超新星?些か洒落臭ェかもしれない。そもそも、超新星とは爆発から生まれるのか?爆発を生むのか?昔どこかの誰かに聞いた気がするのだけど。面白いなあと確かに思った気がするのだけど。
 格好付けを辞めれば、要するに俺は、バッチコイや!と踏ん張る☆Yoshi三にアクセル全開で突っ込んだ。轢くつもりでベタ踏み。だって、轢いたら面白くなると思ったから。
 キキ、ガガ、車が自動ブレーキで止まった。
 ガハハハ、ギャハ、ガハハハ、ダハ、ガハハハ「お前、やーば!目ぇやばい目ぇやばい。ぎんっぎんじゃん!人殺しだよお前」タロちゃんは大笑いした。
 こいつらは俺を試したわけだ。
 イーってなって、ぐちゃぐちゃになって、出た言葉が「す、すす、すっとこどっこいが!」
 すっとこどっこいってなんだよ。
 「す、すす、す、」タロちゃんが吃った人殺しを真似して笑う。ナイフで刺すマイム、絞殺するマイム、跪いた頭に銃を突き付けるマイムに当て嵌めて繰り返す。「す、すす、す、」
 シンペーとタロちゃんがマイムの攻守を交代したり、こんなんもあるぜ、と白眼を剥いてみたりと好き勝手に笑っていると
 「うーわ!死ぬかとぉもったー!」
 窓の外で両手を広げる☆Yoshi三。声が車内まで聞こえた。完璧なリアクションだ。
 些か手前で車が止まり、数秒、☆Yoshi三は詰まんねぇと言う目で俺を見ていた。瞬時にそれ用のリアクションを作ったが、あれはどうにも侮蔑の眼差しに思えた。
 ☆Yoshi三も自動ブレーキの事を知らされていなかった。
 「すっとこどっこいが!」は仲間内と言うか、バーに出入りする連中で一寸ミームになり、一寸トレンド入りした。サンプリングしてトラックに使ってくれているミュージシャンがいるらしい、と噂を聞いて嬉しかった。吃っててよかったと言って皆で笑った。
 何年経っても…つか☆Yoshi三が死んでも…あの時の☆Yoshi三の目が忘れられない。ブレーキを踏んだ俺へ向ける侮蔑の目。
 俺は踏んでない。つか誰にどんな風に轢かれようと、そんな面白くないし重要ではない。俺たちが思ってる面白いって、世界の中心にあるんじゃなくて、めっちゃ端っこの、人間にとって本当に意味がないレベルの塵の様なものだったのかもしれない。でもだからって、諦めろと言うのか。辞めろと言うのか。それが面白いと信じて死んだ☆Yoshi三を、その人生をなかった事にしろというのか。人が面白いと思うものって、人権とかなんつーか否定したらいけない話だろ。ポチっと押して、アップロードするだけじゃないか。それが不適切かどうかを審判するのは少なくともお前ではないだろ。お前は、あの場所にいた。
 シンペーの言い分はこうだ。
 清算しよう~割愛~そもそも頭おかしかった。節度がねーんだよ~割愛~テレビでいいの~割愛~御茶の間で笑って見られる、米澤ぐらいで充分なの~割愛~皆このぐらいで満足しとこうっつって笑ってんだよ。それを節度ってゆーの。
 急に人生観変わった様な態度のメッセージで気持ち悪ィ。『ライ麦畑でつかまえて』読んだ夏休み明けかのガキかよ。インド行った奴かよ。ソレやった奴…やった奴か。
 シンペーみたいな考えの奴を揃えたい。全員揃いましたって所で、揃いも揃って全裸にさせて訳も教えず互いに愛撫を強制させたい。でもそれは強制的に身体が動いている実にAセクシャルな乱行なのであって、当事者達はフニャフニャの御チンチンと湿り気の無い御マンマンを、訳も解からず貪り合い、そこに快楽や悦などは一寸も無く、在るものといえば羞恥と混乱から成る慨嘆であって、そうともなれば実に正直に振る舞える少数がいて当然で、「おいこの小陰唇クッソまっじい!」「ちょっとなによこの包茎!なんだって勃ってもねえのに勝手に剥けるわけ?くっさくてたんねえんだけど」などの言葉が自ずと洩れ、如何に自分達が惨めであるかを確認。その気色の悪いエナジイが猖獗を極めた頃合、「おい御姉さん、オイラの亀頭、引っこ抜いてそのまま殺してくれねえかい?」「ねえアタシのその、陰核、噛みちぎっちゃってよ。死にたいもの、もうアタシ」などと口々。残りの阿呆供は纏めて最も簡単に影響を受け、付和雷同の慟哭いいね。世にも奇妙で余りにも理不尽な仕打ちに打ちひしがれ、こんな時に笑えたらいいなあ、と心の底から痛感した所で、それで、それでやっと、全員まとまって死んじまえばいいと思う。
 と、妄想に耽って自動運転で散歩している事に気が付けば、トヨタクはウンコ喰ってる。
 トヨタクウンコ喰ってる!
 急げ!いやもう遅ェ。
 ウンコ集め諦め、夜風に吹かれる。
 「茶色いな。それ喰って出るウンコって、もっと茶色いのかな?」トヨタクに訊いて、蹲踞んで覗き込む。
 あゝ、そう。俺、唐揚げ喰ったわ。
 中学の頃みたいにヒモを離して歩いてみる。
 キキ、ガガ、急ブレーキだ。
 轢かれかけた。トヨタクと振り返る。ヘッドライトが眩しい。
 「あっぶねえだろうが!轢いちまうぞ!」
 「危なかったのは俺だろ!命助けといてキレんな。そんなキレんなら轢けよ!」
 運転席確認。ヘッドライト眩しい。何も見えない。あゝ、嫌な予感。
 トヨタクめっちゃ吠える。
 うっそでーす。さーせんした。
 いいよトヨタク。帰ろ。
 トヨタク黙らない。馬鹿だから。
 ヒモつけときゃよかった。
 ドア開いた。あゝ、出て来ちゃった。
 ほら、米澤だ。

つづく

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