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【おいしく食べて、宇宙とつながる】 鈴木さんの農業 ~大切なものは 目に見えない

農作物を種から愛しみ、自分の元気と愛情を注ぎながら育てています。想いや気持ちを込めて作った作物たちは格別なおいしいさです。目には見えないけれど、喜びや感動、家族や友達の笑顔、流した汗、植物とのつながりを感じ味わえるからです。
―鈴木康之

自分で作ったものを食べたいから、自給農業へ

 農業を始めた一番の動機は、自分で作ったものを食べたいと思ったからです。種作りから収穫まで、全部自分で作ったものを食べたい! ところがいざ農業を始めてみたら、体力の限界を感じて、何度も音をあげそうになりました。「無農薬のものでいいのなら、お金を出して買ったほうがよっぽど楽じゃないか」とくじけそうになりながら、「いやいや無農薬は最終目的じゃないぞ」と思うのです。
 僕は現在、お米や小麦、野菜はもちろん、椎茸やキノコ類にイモ類、おいしいフルーツも食べたいので、ブドウやリンゴ、キウイなどを育てています。農業は重労働なうえ、農薬を使っていないので、害虫が寄り付かないように工夫したり、雑草を処理したり、大変な作業が色々とあります。それでもなぜ農業をやっているのかというと、そこに言葉にできない喜びや感動があるからです。作った食材をいただくとき「これはあの田んぼのお米で、この味噌汁の味噌はあのときの大豆だ」とシンプルな感動を感じます。自分が愛情を注いで育てた農作物が見事に実って、なおかつおいしくいただけると唯々嬉しい。しかも、家族や友達も「おいしい」と喜んで食べてくれるのです。
 あるとき友人に「鈴木さんは「半農半X(エックス)」家ですね」と言われました。生活の半分は農業で自給し、半分は農業以外の仕事をする「半農半X」という言葉を、そのとき初めて知りました。「なるほど! それじゃ、僕は「全農全X」家になろう! 農業にも仕事にも全力投入でいこう!」と心に決めました。

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 山梨県の市街地から八ヶ岳のふもとへ家族で移住したのは約5年前です。農業以外の「X」にあたる部分は、インターネットで通信販売ビジネスを営んでいます。引っ越すまでは、ほとんどがデスクワークの毎日でした。朝から夜まで座りっぱなしで、腰の筋力が弱くなり、慢性腰痛になっていました。ぎっくり腰も何度か発症し、腰のためにと、ウォーキングや体操をしましたが効果はありませんでした。「このままだと幸せになれんぞ! 座りっぱなしの生活はいかん!」という想いも、農業を始めた動機のひとつです。
 八ヶ岳のふもとへの移転は、奥さんの提案でした。山の中に気に入った土地が見つかり、国産の木材だけで小さな家を建てました。お米や小麦はトラクターやハーベスターなどの農機を使うので僕が担当を。野菜類は細かな手作業が多く、奥さんが担当しています。土曜や日曜日には子どもたちも自主的に農作業に参加します。雄大な八ヶ岳の裾野には水田や森があり、美しい
里山の風景が残されています。空気や水もおいしくて、毎日が感動の全農全Xな生活を送っています。 

自分の元気を全部植物に注ぎ込む

 僕は植物を育てるとき、自分の持っている元気を全部植物に注ぎ込みます。稲の場合は、一本一本にできるだけ触るようにして、僕の元気の気を植物に移していきます。手植えにもこだわっていて、できる限り自分の手でもみに触ってやり、土にパラパラと蒔いていきます。ずっと中腰の姿勢だか
ら辛いですが、蒔いているときにはお米への一種の想いが湧きあがってきます。今年は、試みとして月の運行に合わせて農作業したので、もみは満月の日の3日前から土に落としていきました。月の満ち欠けが植物に与える影響は大きく、満月のときに植物は水を吸い上げるのです。
 新しい試みは色々とやっていますが、僕の農業の基本は、「植物に自分の元気を注ぎ込んで、それを自分が食べる。食べることで元気になった自分が、また植物に元気を入れる」ということです。それを何年か繰り返すうちに、自分も植物も一番健康な状態なっていくと考えています。無農薬栽培は、手間がかかるだけでなく、お金に換算すると市販の無農薬米を買ったほうが断然安いです。でも、一粒のお米の中にある目に見えない部分、それは自分の内側にある想いや喜び、感動などかもしれない。そういったものを自分の舌や身体で感じ、「やったぜ! これはおいしい」と思えたら幸せです。

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 実際に、自分で作ったものは本当においしいです。味噌は大豆作りから発酵まで手作りして、全部自分で育てた食材のご飯と味噌汁を食べたら、ほかは何もいりません。いったい何がそんなにおいしいのかというと、それは人が想いを持って作った目に見えないものが入っているからだと思っています。僕にとって自分で作ったものは、自分の想いの入ったおいしいもの。でも、それを食べたほかの人もきっと何かに気づけ、ひとつの体験ができるはずです。

種は生命を記憶する

 僕の農業は種を育てることから始まります。種はひとつの可能性を開花させる重要なものです。僕は、種はすべてを記憶していて、例えるなら記憶装置のようなものと考えています。種はその土地に慣れるまでに3年ぐらいかかると言われ、前の年の気候や温度の変化を憶えています。でもそれだけではなく、育った環境やどういう風に扱われてきたかということまで、全部記憶しているのではないかと。だから種の素性も大切で、僕の農作物は、すべて自前の種から育てています。農業をスタートした年に蒔いた種は、自然農法を実践する友人から分けてもらいました。10年以上無農薬栽培をしていて、稲をもみから自分で手植えし、愛情を込めて育てるという、共感できる農法を実践している人です。その種が芽を出し、実をつけ、種をつけ、またそれを植える……を繰り返し、今に引き継がれています。だから、僕のササニシキは10年以上農薬や化学肥料を知りません。
 自分が育てたものは愛しく、僕は種を自分の子どものように愛おしんでいます。種も僕と触れ、僕に慣れ親しんでいきます。それが毎年更新されていき、種として純度をあげていきます。それが3年目、4年目になると、種と僕は一体となっていくような気がしています。だから僕に合ったエネルギーを記憶して、それが実りになってくれていると思っています。

自然とつながって生きる

 僕の田んぼの稲は、ほかの田んぼの稲に比べると、太くてしっかりとしていて、たくさんの穂をつけて育っています。それは収穫量を気にせず、稲と稲の間に余裕をもたせて植えつけているからです。それ以外にも、農薬を使わないのでカエルやスズメ、トンボなど、田んぼの生きものもたくさん生息していますが、それらは悪い虫を食べてくれたり、微生物を増やしてくれたり、様々な贈り物を田んぼに与えてくれています。

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 稲穂が色づくころには、スズメが近隣の田んぼには立ち寄らず、僕の田んぼに集まってきます。近所の農家の人が「スズメは味を知っているんだよ。お宅のお米はおいしいんだよ」と教えてくれました。スズメは夏には稲穂につく悪い虫を食べてくれていたので、少しはお米をわけてあげたい。多少は防御しますが田んぼの10 %ぐらいのお米をスズメに食べさせています。鳥
や虫、太陽、土、雨、植物、大きな自然の循環の中で、みんながつながって生きていると思っています。
 無農薬栽培の田んぼは、除草剤を使わないためあらゆる雑草に覆われます。そのため、昔から稲作の中でも大変な重労働だった草取りが必須になります。今の日本の農業は無農薬の田んぼでない限り、除草剤をはじめたくさんの農薬が散布されています。農家は高齢化が進み、人手不足のため手間をかけられませんが、農薬は大変な重労働から解放してくれるのです。農業を
やってみると、どれだけ日本の農業が汚染されているかということに気づかされます。

この手で育てる喜びや感動をコロッケに

 農業はどうしても体力仕事。屋根のない自然のなかで、立ちっぱなしの仕事や中腰での仕事も多いです。最初の半年間は腰痛の腰をかばいながら作業しましたが、とても辛かったです。ずっと作業していると辛さが身体を突き抜けるような感じがします。いつもくじけそうになるし、自分の中の限界を超えると、投げ出したくもなります。でも続けてやっていくと、それが達成
感へと変わり、自分にとっては最大の喜びとなります。限界への挑戦として、自分ひとりだけで600坪に田植えをしたことがありましたが、収穫のときには大きな満足感に満たされました。この喜びや満足感はお金では買えません。僕は本当に大切なものは目に見えないし、お金では買えないと思っ
ています。
 身体も筋肉がつき丈夫になりました。悩みだった腰痛は農作業を始めて一年たったころにはずいぶんとよくなり、その翌年には完治しました。
 今の目標は、遊びも兼ねて、全部自前調達の材料でおいしいコロッケを作ること。現在のところ、材料として足りないのは、フライの衣に必要な卵と、コロッケを揚げる油です。それで、冬はプロジェクトとして鶏小屋を作り、春にはごま油を作るため、ごまの栽培を始める予定です。
 自分が愛しみ、手しおにかけて育てたお米や野菜たちをいただく。これこそ、喜びそのものです。この想いをコロッケという形にして、友人たちに食べてもらいたい。食の感動が、食べ物に命を吹き込んでくれます。「そうか! これは全部、鈴木さんが汗水たらして作ったものでできているの
か!」と感動してもらえたら最高に嬉しいです。

鈴木康之

2012 年に自営業から半農半X 家へ転身。山梨県八ヶ岳のふもとで、自給農業をスタートする。現在は1,300坪の農地に米や小麦、野菜、フルーツなどを
育てながら、独自の農法への試行錯誤が続いている。

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