化物

そいつは2年ほど前から頭の中で動き始め、近頃私の思考や選択を阻害している。腐敗しきって、爛れた黒い肉塊。そいつの無数の手指が、先へ進もうとする私を、逃すまいと追随するのであった。

その"化物"は、幸福の匂いにいやに敏感であった。私が変化を求め、現状から抜け出そうとする度、そいつは呻き声をあげながら追いかけてくる。そして追いつかれてしまったら最後、私は四肢を引きちぎられるのだった。

化物は、散らばった私の肉片を満足そうに拾い集めて、大きな口を開けてバリボリと咀嚼する。私の将来は、やつの体内のなかでドロドロに溶かされ、跡形もなく消えていった。

この化物が、"救われなかった過去"のキメラであることに気がついたのはここ最近のことである。
本意ではない絶念をあまた経験し、他者からの害意に晒され擦り切れた肉体の残滓が、化物となって私に復讐を仕掛けてきたのだった。
化物からしてみれば、私が朝陽を渇望することは、茫漠とした不安に押し潰されないように遣り過ごした夜たちを否定することに他ならないのであろう。


私は進むことも戻ることもできないまま、この半年余りを棒に振っている。いつまでこんな日々を消費しなければいけないのだろうか。
善く生きるためには、四肢を引きちぎられる痛みを怖れて"共存"という妥協を選ぶ前に、全てを葬り去らなければいけないことは理解している。

それでも私は、まだこの化物の倒し方が分からない。
道連れにする以外には。

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