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【みちしるべ#7】西村徳真さん~プロのマッパーになるまで、そしてその先へ~(後編)

はじめに

 こんにちは、みちしるべのお時間です。この企画は、学生オリエンティアが社会人の先輩オリエンティアとの対談を通じて、自分なりのオリエンテーリングに向き合う企画となっております。今回のゲストは西村徳真さんです。


ゲストプロフィール

西村徳真さん
兵庫県出身。京都大学卒業。在学中にインカレミドルで優勝。卒業後は個人事業のNishiPROを立ち上げて、プロのマッパーとして地図作製に携わっている。日本ランキングやJapan-O-entrY(以下、JOY)の開発など、数多くのオリエンテーリングの発展に寄与されている。

地図作製の魅力

―地図作製の魅力について教えてください。

 様々な角度から地形を見て、この地形はこういう風に表したらいいんだって思って地図にして、イメージ通りのものが描けたときです。地図作製は、人が安易に入れなかったところを入れるようにする作業だとも思っています。中がどうなっているかわからない状態のものを、初めてそこに行く人でも、技術さえあれば行けるようにする、そういった、世界を一つ明らかにするみたいな感覚があって、やりがいを感じます。
地形が細かい方がやりがいを感じることもありますが、自分の持っている技術(テンプレート)をうまく適用して描けると楽しいですね。逆に、テンプレートを持ってないと、これはどこまで取ってどこを捨てたらいいのかみたいな、伊豆大島の「裏砂漠」のような地形だと取捨選択の判断は難しいです。同じように岩とかでも、今の日本はあまり悩む場所は少ないんですけど、この前の「富士天神山」だと、岩で取るのか、岩石地で取るのか、岩石群で取るのか、礫地で取るのか、それとも表記しないのか。それを全部判断していかないといけない。そういったところは一つ悩み事ですね。ただ、こう表記したら一応みんな納得するだろうみたいなアイデアが見えたら、うれしいです。

―大会が終わったときの参加者の満足度が、次の地図を作製するモチベーションに繋がるんですか。

 つらいことはいろいろあります。さっき言ったようにうまく表記できないときはやっぱりつらいですし、精神力が削られます。そういうところはあるんですけど、自分ほど地図を描ける人間ってそんなにいないと思うので、自分にしかない価値がそこで出せていると感じられるんですよ。大会が終わったら、僕はTwitterで、こういう地図を描きました、ここにこだわりましたってツイートすることが多いんですけど、たくさんいいねもらったりすると、貢献できていることが実感として持てるので、一つの糧になりますね。

調査って大変でしょう。(西村さん)

はい、大変ですね。(柴田)

何が大変だと思いますか。(西村さん)

主観が入ってしまうところだと思います。全部同じようにしようと思っても、場所によってちょっとずれることがあって、そこら辺の折り合いをどうつけるかが悩ましいです。特にみんなで調査しているときは難しいですね。(柴田)

 結局、地図記号って全部人間の主観でしかないんです。だから本来は、そこにはカオスしかないのに、それを100種類あまりの地図記号に全部当てはめていかないといけないので、主観が入りますね。あと、冬に比べて夏の調査はしんどいですね。冬は着込めば何とかなるけど、暑いときに脱ぐのにも限界もあるし。だんだん気にならなくなっているけど、虫とかが寄ってくるのも嫌ですね。

―今はどれくらいのペース地図作られているんですか。

 昔からあまり変わっていなくて年間7・8枚くらいだと思っています。CC7(クラブカップ7人リレー)で作って、インカレ(日本学生選手権)で作って、全日本で作って、ローカルな大会を何個か受注していて、それで大体1年終わる感じです。1枚作るのにだいたい1ヶ月ぐらいはかかりますからね。

地図に対する思い

―競技者目線で見ると、地図は競技中に使う道具としての意味が強いのですが、西村さんからされると、作品という意味も強いのでしょうか。

 もちろんそういう気持ちで作っていますけど、どちらかと言えば、より正しい地図を作ることにこだわりが強いですね。昔はGPSなんてないし、全部細く頑張って回っていかないといけないから、正しくするのに限界があって、マッパーの個性がはっきり出やすかった時代だと思います。でも今は航空レーザー測量やGPSがあって、絶対的な正しさがある程度担保できるようになりました。そうなったことで、どのマッパーが書いても同じように地図ができるのが一つの理想だという感覚がありますね。なので、作品という感覚ももちろんあるんですけど、僕はそれに加えて、数学的な解を求めに行っているという感覚が結構あります。

 地図のデザインは、地名のフォントを明朝体にするとか、ロゴの配置とか、こだわりがあります。明朝体は、ちょっと格調高く感じるような雰囲気を出したいからですね。右上に縮尺を載せて、そこに磁北のマークやスケールもできるだけ右上に固めるとか、考えています。もちろん、創業以来そのレイアウトしかやっていないから、もう少し凝ったデザインを出してみたいとは思いますね。

これからの活動について

―地図作製以外で力を入れている事業について教えてください。

 日本ランキングは個人的興味で研究していたことがきっかけでした。オリエンテーリングはマラソンのように絶対的な指標がないうえに、大会ごとに参加者の層も全然違うので、個人の実力がどの程度かわかりづらかったんです。それで、多くのことを考えながら、最初は試作案をNishiPRO版日本ランキングとして公開したところ、全日本委員会の粂さんや瀬川さんからぜひ使わせてもらいたいと言われて、今は日本オリエンテーリング協会から正式に発注いただいて作らせてもらっている形になります。

 もう一つ大きな事業は、ウェルカムリレーやクラブカップ7人リレーの大会運営です。クラブカップ7人リレーはもともと僕がやっていたわけではなくて、山川さんが運営されていたのを、千人も集める大会なのでもっとクオリティを上げられるんじゃないかと直談判したところ、引き継がせてもらいました。それから参加者数も、順調に伸びているので譲ってもらった責任は果たせていると感じています。

ナイトOへのこだわり

 クラブカップ7人リレーの前日イベントで、ナイトOをやらせてもらいました。以前、noteに書かせていただいた内容を簡単に話すと、インカレが終わってから、エストニアに単独遠征したときに、ナイトOの大会に参加したらこてんぱんにやられて、こんなにすごい環境で海外の人たちはやっているのかと衝撃を受けたので、それから日本でもナイトOやってみたいなとずっと思っていました。当日土砂降りのなかでスタートしたはいいけど、怖くてすぐ帰ってきた人も結構いました。でも、下手に出走されて遭難されたら困るから、全員ちゃんと帰ってきてくれてよかったです。

 それにしても当日は土砂降りで目の前も何も見えなくて、絶望しました。人のヘッドライトの光が見えた瞬間が救いでした。(柴田)

―最近の活動は何がモチベーションとなっていますか。

 最近はモチベーションが落ち着いてしまいましたね。少し前のオリエンテーリング業界は学生の人数がはっきり減っていたことも大きくて、このままなくなってしまうような危機感さえあったような時代でしたが、自分が独立していろんな活動をして、ある程度貢献もしただろうし、他の人がいろいろやってくれたこともあっただろうし、何とか回復してきた気がします。自分以外にもプロが出てきて、自分がいなくてもやっていけそうな感じが出てきたと最近思っていて、一定の役割果たせたという気持ちが実はあります。そうは言っても、今まで培ってきたものを全部捨てるわけにもいかないし、自分ほど地図を描ける人はそういないし、JOYも継続的にメンテナンスしていかないといけないと思っています。最近はパートタイムですが、何人か雇わせていただいていて、自分がいなくなっても大丈夫なようにしようと思っています。彼らにある程度修正や機能追加を進めてもらって、円滑に動くようにしていきたいですね。

―お子さんに事業を継いでもらいたいお気持ちはありますか。

 子どもは興味の幅が広く、オリエンテーリングも行くって言うと付いてきてすごく楽しんでくれるし、将来が楽しみです。ただ、自分が子供のとき、オリエンテーリングの地図を作って、この業界の専門業者で食べていける方法なんて知りもしませんでした。これから20・30年経ったら、産業の形態も変わってくるだろうから、そのときに必要とされる仕事に就いてくれればいいなと親としては思っています。子どもを育てていくことで変化を感じられることは、人生において本当に大きなことだったと思うし、こういう人生でよかったなと思っているので、子供たちには感謝しています。

―これからプロとして、企画している事業はありますか。

 先ほど言ったようにモチベーションは落ち着いているので、積極的に動こうという勢いはないですが、その一方でJOYの開発、その後の成長を見て、情報インフラの大事さは実感しました。こうやって立ち上げたら、たくさん話を持ってきてもらえるので、これから強化していくべきところだと思います。例えば、地元渉外やテレイン管理が今は全然体系化されてないことが、この業界の課題としてあると思います。少しデリケートで表には出しにくいというか、地元渉外の話はノウハウの共有が必ずしもできていないので、まだサービスといえるものはないですが、そこを情報インフラという形で何かしら貢献できるようにしたいです。地図作製も本当はプロの職人的技術で手間暇かけて地図を受注するのではなく、どちらかといえば、機械的に量産できる方が、オリエンテーリングの業界発展のためにはなると思うので、そういったことも進めたいと思っています。

 今、かなめ測量さんがされていますけど、ドローンを飛ばしてオーダーメイドで地図作製に必要な詳細なデータが取れるので、それを機械的な解析でOマップにすることができれば、自動生成の地図の可能性が開けてくる。短期的には自分の仕事を食うような存在になりますが、長期的に業界全体の利益になるのであれば受け入れて支えていきたいです。

今、本当に必要な競技、オリエンテーリング

 オリエンテーリングって現代社会に必要なスポーツだと思っているんです。娯楽も全部コンピュータで完結するように、今ってコンピュータで何でもできる時代だと思っています。でも、本来人間ってそういうものじゃないと思っていて、自分の足で地面と繋がって、それで歩く・走ることがすごく大事だと思うし、特にオリエンテーリングのように、現在地もあやふやな状態で何とか道筋立てて進まないといけない特性があって、本当に生きるうえで大事なことが詰まっていると思うんです。それこそ高学歴で国を動かしていくような人たちにとって、その経験は大事だと思っています。だから、本当にこういった形で、業界に関われていることは、僕もうれしいし、学生の皆さんがこの少子化のなかで人数が増えていることをうれしく思っています。

 特に、自分の経験から言っても、悩むことも楽しいこともたくさんあると思います。本当に悩んだことも、楽しかったことも全部今の軸になっていると思うので、それらを自分なりに解釈して、活かして青春を謳歌してほしいと思っています。そのために、これからもしばらくお手伝いは続けさせてもらうつもりです。

さいごに

柴田:業界の話や地図作製に対する思いなど、普段聞けないような競技面とは違ったお話を伺えて参考になりました。自分が今後オリエンテーリングを続けていくうえでの方向性を考えるきっかけとなりました。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

岩崎:業界の最前線でお仕事をされている西村さんのお話はとても興味深く、楽しかったです。これからの日本のオリエンテーリング業界の発展に、西村さんは必要不可欠だと改めて感じました。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

次回予告

今後のスケジュールは以下の通りです。
7月ごろ 前中脩人さん (練馬OLC所属、東京大学卒業)
8月ごろ 村上巧さん (横浜OLC所属、東京工業大学卒業)
9月ごろ 伊藤樹さん (設楽町/ES関東クラブ所属、横浜国立大学卒業)

インタビューの続きはポッドキャストにて配信中です。

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