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『恐怖心』の先


note  19日目。


ある時、友達が話してくれたことがある。

学生時代、彼は女性がすごく苦手だった。どう話しかけていいか分からなかったと。

繊細ですぐに弱気になる。何かというと言い訳して逃げてしまう。そんな自分を叩き直したいと思った彼は、

知り合いで『ナンパの達人』と言われている人に『ナンパ』のやり方を教えてほしいと頼んだ。

話しかけ方の極意みたいなものを聞かせてくれるのかと思ったら、いきなり人通りの多い街に連れていかれた。その『達人』は道を尋ねるみたいに紳士的にごく自然に女性に話かけ、次々と連絡先を交換していった。あっけにとられて見ていると、その『達人』は

『こんな感じだから、やってみて。』

さらりという。すぐ向かいにある吉野家に入って、牛丼大盛をかっさらって、さっさと帰りたいと思った、と彼は笑いながら話す。


この時感じたのは、とてつもない『恐怖心』。


足がすくんで動けない。全身じわっと冷たい汗をかいて、自分の動悸が耳元で聞こえる感じがしたと。

でも、自分から教えてほしいと頼んだ手前、どうしても逃げられられなかった。意を決して無心になって、街を歩く女性に声を掛けた。結果、8人に声を掛け、2人から連絡先を交換してもらえた。

言ってしまえば、ただの『ナンパ』。でも、その時に心から湧いてきた『達成感』や恐怖心を乗り越えた『自信』は言葉では言い表せない。どんなに勉強して知識を取り込んでも得られない感覚。それ以来、彼は『女性恐怖症』をすっかり克服して、女性に怖気ずくことがなくなった。


実は、私にも同じような経験がある。グラフィックデザインの仕事をしていた私は、ある時ふと、人にまともに挨拶すらできないことに気が付いた。このままでは『社会人』としてちゃんとやっていけない。強い不安を感じて、この時思い切って転職を決意した。そして転職した先は『アパレルの販売』。

オシャレな感じだからとか、華やかだからとか、洋服が好きだからとか、そういう理由ではなく、派遣会社の担当者に

『この会社で3年頑張れたら、どこの会社でも勤まる。』

そう言われたから。

年配女性をターゲットにした日本発の高級ブランド服の小売店。全国の百貨店にテナントを持ち、店長以外は黒いパンツスーツを着て接客をする。きちんとした序列がある『女の園』。今働けと言われたら、絶対に嫌だ。

初出勤日の事は今でも忘れない。

百貨店の朝礼に出るように先輩に言われ、朝礼ノートを渡された。何が何だか分からず、朝礼に出ると、今日の8Fの催事場がなんたらとか、1F玄関口のイベントがどうたらとか、社員食堂の何かが変わったとか、フロア長が早口で伝える連絡事項を周りの人たちはすごい勢いでメモしていく。私は何が起こっているのか分からず、何も書くことが出来ないまま店舗に戻った。

先輩に何を言ってたか分からなかったと正直に伝えると、ノートをむしり取られるように…

『は? いいかげんにしてよねっ!』

それが初日の出来事。朝礼でしっかりノートをとる以前に、私はまず『いらっしゃいませ』が言えなかった。正確に言えば『いらっしゃいませ』とお客様に声を掛けることが出来なかった。

店舗の端っこに立って 前で両手をしっかり握りながら、小さな声で『いらっしゃいませ~』を繰り返す。

店長に『いらっしゃいませ人形』と言われ、からかわれた。

私がそこで仕事を始めたのは夏のセールの前。お客様はいつもより多くなっているから、声掛けのチャンスだと先輩は言う。でも、どうしても声を掛けられない。

とにかく『怖い』。

思い切ってお客様に声をかけても、なんか妙な雰囲気を感じるのか、無言でさっと逃げられてしまう。なんでアパレルなんかに来てしまったのか、本気で後悔した。セールが始まってもしばらく『人形』のままだった私は、周りから何となく無言の圧力を掛けられるようになる。その『無言の圧力』に耐えかね 崖から飛び降りる勢いで、お客様に声を掛けた。

60代後半くらいのちょっと気難しそうな、眼鏡をかけた女性。

何を話していいか分からず、とりあえず手に取っているデニムのブラウスを羽織ってもらった。着やすいと言ってお客様の少し顔がほころぶと、そこから夢中になって接客し、デニム生地の羽織ブラウスとセット品のパンツ、ブラウスの中に着るインナーを購入してもらった。


やったーーー!!という気持ちと共に弾けるような達成感。

何かとても大きなものを超えた感覚。


見送りの際 そのお客様は嬉しそうに、ご主人と旅行する予定があり 何を着ようか迷っていたけど、これで旅行の楽しみがひとつ増えたと言って帰られた。

その日はフワフワした高揚感でなかなか寝付けなかった。

1年程度頑張ったら、もとのデザインの世界に戻ろう。そう思っていたけど、結果 8年半、その会社でお世話になった。


今はアパレルは卒業して、やってみたかった住宅に関わる仕事をしている。『どこに行っても勤まる』かどうかは分からないけど、お客様が入店する際の雰囲気で、リフォームに対する温度感が分かる。当たり前だけど自然に声を掛けられるし、何をどう説明しようなどと考えなくても、相手の反応を見ながら口が『勝手にしゃべる』。自分でも本当に変わったなーと思う。


『恐怖心』はすごく現実味があって、めちゃくちゃ存在感がある。

でも、恐怖の先にいるのは『なりたい自分』。


幸せになりたい、変わりたいと誰もが思っていても、なかなか思うようにいかないのは、立ちはだかる『恐怖心』がとてもリアルだから。


でも『恐怖心』はきっと勘違い。

この先に、きっと『見たい世界』があると教えてくれている。




だから、今日も一歩前へ。

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