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五千の染付と千の椿

高北幸矢インスタレーション✕旧山繁商店「落花、瀬戸千年。」
という、大変レアな場所でのインスタレーションを見学してきた話。

先週のこと、瀬戸市内にある登録有形文化財、旧山繁商店でインスタレーションが行われていると知り、とても興味がわいた。瀬戸市というのは、焼き物の産地として千年とも言われる長い歴史を持ち、昭和40代あたりまでは隆盛を誇っており、瀬戸物といえば陶器を指すほどだった。だが、陶磁器産業は海外製の安い製品に競り負けてだんだんと没落してゆく。瀬戸物の町はかつての勢いを失い、現在の商店街はほぼシャッター街。空き家に若いクリエイターが入って活動を始めているが、賑わいを取り戻すには至っていない。

旧事務所の一角

山繁商店は大正~昭和にかけて、瀬戸でも有数の陶器卸問屋だった。全国の商店や個人と取引をしていたほか、戦前は上海に支店を持つほどの勢いで、敷地内には要人や公族をもてなすための立派な離れが作られた。戦後の復興も早かったが、時代の波には勝てず、かつて倉庫や事務所として使われていた建物群は修理もされず打ち捨てられたまま、瀟洒な造りの離れも従業員寮として使われたのち空き家に。それを歴史的遺産として活用するために瀬戸市が動き、平成27年、有形文化財として国に登録されることになった。

「離れ」正面。右手は旧事務所入口
かつては公族も宿泊したという

……登録されたのはいいが、「保存する」以外に具体的な活用方向がまだ定まらず、したがって修繕も進まない。そんな中、建物群のうち「離れ」がインスタレーションの場として選ばれたことを知り、驚くと同時に納得もした。

現地に着くと、まずは大正時代に建てられたという旧事務所から入る。さっそく書き物机の上に陶磁器の専門書と赤い椿が! この椿はもちろん造花なのだが、すべて木片から削り出し彩色したという。案内をしてくれた方に聞くと、一日1個しか作成できなかったとか。10年かけて1000個。なんという労力と執念。

椿のほかは読む人もなく

続いて離れに足を踏み入れると、1階のお座敷いちめんに並べられた白い陶器と奥の赤い椿に出迎えられる。倉庫に残された陶器類の中から(主に)染付を五千点、作者が木を削り出して生み出した椿千点。とにかく物量に圧倒される。

膨大な量の陶器は愛工大の学生さんたちに協力してもらって並べたとのこと

赤と白、生命あるものと無いもの、柔と硬、色んな対比が思い浮かぶ。逆にに共通しているのが、生と死の間(あわい)に存在していること。

階段の上に椿、下に壺

並べられた陶器は一度も使われることのないまま、ずっと倉庫に眠っていたものだという。よく見るとキャラクター柄の器だったり、レモン絞り器だったり、何気ない徳利だったりと、普段遣いの品が目立つ。今回の展示がなければずっと眠ったまま廃棄に至ったに違いない。本来の用途ではないが、展示の間だけは日の目を見ることになった。一方、椿は花が咲いたまま地面に落ちることで有名だ。まだ生命があるうちに地面に落ちてそれから朽ちてゆく。どちらも「無」の世界へ旅立つ間際にいる。

仕事を選ばないので有名な某キャラクターが、しれっと混じっている

また、展示空間が間(あわい)の世界を強調している。ランプ1個と自然光が頼りの仄暗い世界。そもそも建物自体が滅びに向かっている。また、椿は瀬戸市の花でもある。これを壊れかけたかつての迎賓室に置くことで、瀬戸を支えていた一大産業の衰退と重ね合わせることもできる。

そして会場周辺を散策してみると、どうだろう、昭和の香りを閉じ込めたような家並みや商店街がそこかしこにあって、タイムスリップしたような心持ちになる。静かな昼下がり、遠くひびくのは祇園精舎の鐘の声だろうか。

明治時代に建てられた土蔵。
もともと立派な造りで、修復はよ…という感じです。

だが、盛者が滅びるものであれば、滅びのあとに再生がくることも「諸行無常」の一面だ。

なお、作者の高北幸矢氏は清須市はるひ美術館の館長でいらっしゃるとのこと。恥ずかしながらこれまで知らずにいた。 はるひ美術館の展示は、個性的というか一家言ある内容で面白いなと前々から思っていたが、そういうことだったのか。

下記は清須市はるひ美術館での展覧会に出かけた記録


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