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ウィリアムス・モリスって、タバコの銘柄ぽいなと思っていた

年明け最初の展覧会は、愛知県陶磁美術館にて「アーツ・アンド・クラフツとデザイン」展。
これは告知ポスターを見たときから楽しみにしていた。なにしろ素敵なデザインの数々。工芸品というくくりでまとめることで、陶磁器専門の美術館がデザインの特別展を開いてしまうことも面白くていいなと思っていた。

展示会場に入ると、たちまち植物柄のファブリックデザインに囲まれた。そう、主役は植物や動物や昆虫などなど自然の生き物なのだ。室内にいながらにして庭にいるかのように感じられるデザイン。「心豊かな暮らしのためのデザイン」。それがアーツ・アンド・クラフツ運動の目指すところ。

構成は次の通り
第1章 モリス・マーシャル・フォークナー商会とモリス商会
第2章 アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会
第3章 英国におけるアーツ・アンド・クラフツの展開
第4章 アメリカでのアーツ・アンド・クラフツ

展示品は種類も量も多く、モリス商会のファブリックやテキスタイルだけでなくティファニーの宝飾品やフランク・ロイド・ライトの作品まで見応えたっぷり。さらに陶磁美術館ならではの独自企画として「アーツ&クラフツの陶芸」が展示されていた。

会場内はキャプションや案内も含め、ちょっとしたところに草花や鳥たちが顔を出す。ふだんはお硬い雰囲気の館内も楽しげで良き。特に、特製スタンプを押してマイしおりを作り、ひとりひとつずつお持ち帰りできるサービスは嬉しかった。

むしろスタンプが欲しいです


案内板の中に青い鳥、そして…
案内板の右肩には赤い鳥!

さて、どうして19世紀のイギリスでアーツ・アンド・クラフツ運動という、一種の自然回帰的な動きが生まれたかというと、事の始まりは産業革命にある。大量生産が始まると安くて画一的な商品が流通し始め、それを生産する労働者からは人間的な生活が奪われた。そのとき思想家のジョン・ラスキンが

機械が人間の労働から創造性を奪う

と唱え、中世の職人世界、つまり創造と労働が一体となった世界に理想を求めた。この考えにすっかりハマったのがウィリアム・モリス。彼は理想を実現するべく、モリス商会を立ち上げた。もちろん彼の他にも共感者は多くいて、ヨーロッパで「アーツ・アンド・クラフツ」運動という一つの流れが生まれ、海を渡ってアメリカのフランク・ロイド・ライトにまで影響を与えた。それだけでなく、フランスで始まったアール・ヌーヴォーや日本の民藝運動も影響を与えたので、実に大きな流れだったということがわかる。

そんなアーツ・アンド・クラフツ運動の大元となったモリスが唱えたのは「用の美」ならぬ「すべての人々の生活に美しいデザインを」というコンセプトだった。

この運動の影響下で、さまざまなパターンのテキスタイル、カーテンなどのファブリック、タイル、家具のデザインなど、多くの美しい調度品が生まれている。どれも植物や生き物たちの特徴をうまく様式化し、丁寧な手仕事でつくられたものだ。有名なリバティ柄もここから生まれている。

ブドウの蔦に小鳥があしらわれたテキスタイル《小鳥》、有名な《イチゴ泥棒》、自然界には存在しない青いバラが垣根を作っているかのようなタイルデザイン《バラと格子》など、眺めていて癒されるデザインがずらりとならぶ。

自然を人工物に取り込もうとする試みは、大勢の人々がひしめき合う「都市」がどれほど自然から遠い存在か、ということの裏返しでもあるのだろう。この問題は産業革命とほぼ同時に立ち上がったのだ。

また、モリスは本にこだわりを持ち、美しいデザインの本を製作するため自ら出版社を立ち上げたほどだった。理想はやはり、人の手で書き写された美しい中世の祈祷書。「暗黒の中世」という言葉を時々耳にするが、ラスキンやモリスたちにとって中世は理想の世界だったようだ。

このように上質で美しいものに囲まれた生活はさぞかし豊かだろう。だが残念なことに、良いデザインで高品質の品はどうしてもそれなりのお値段がするということで、なかなか「すべての人々」には行き渡らなかった。だからだろう、この運動の影響を受けたフランク・ロイド・ライトは、完全な人手仕事によらず、機械と人、それぞれの良いところを組み合わせたハイブリッドな工芸品はアリだと宣言した。

モリスの手仕事へのこだわりを見ていると、昨今流行している「丁寧なくらし」も根っこのところで同じコンセプトなのだと思う。しかも「丁寧なくらし」がそれなりにお金と時間を持っている層の趣味になってしまっているところまで似ているのがちょっとつらい。

自然との共生はいつの時代も理想でしかなかったと、
鳥はつぶやく……知らんけど(汗)


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