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些細でかけがえのないものたち

先日、愛知県美術館へ行った折、ジュンク堂書店名古屋栄展にも寄って、小さな展示会を見てきた。岡野大嗣短歌集「たやすみなさい」や「サイレンと犀」の挿絵を担当している安福望さんの原画展だ。

安福さんのイラストは初めて見かけたときから、添えられた短歌と絵の響き合いがものすごく好きで、荒みがちなツイッターの世界のなかで、憩いの場所となっていた。例えるなら、窮屈な学校生活の中で心身ともに独りきりになれる場所――裏庭の木陰とか、特別教室棟の廊下の突き当りの窓辺とか、人気のない図書室の閲覧席とか、そんな感じ。

たぶん、岡野さんの短歌だけでも、逆に安福さんのイラストだけでも、これほどは心に響かなかっただろう。コラボレーションの奇跡的な成功例だと思う。ツイッターで「 #tanka #たやすみなさい 」で検索すると素敵な例がたくさん出てくる。

れすといんぴいすれすといんぴいすフタの上で液体スープ温めながら /岡野大嗣

先週のこと、なんの気なしにTLを眺めていたら、安福さんの原画展情報が流れてきた。どうせ東京・京都・福岡ぐらいを回るのではないかと(いわゆる「名古屋飛ばし」)思って詳細を見たら、1月21日~2月16日までジュンク堂書店名古屋栄店地下2階ギャラリーにて開催ではないですか! 十分手(足)の届く範囲だった。もちろん、見に行きますとも!

ジュンク堂へ足を踏み入れると、何でもありの本棚にウットリしながら、版元では在庫切れになっているという「文藝」春号を幸いにも見つけ、浮き浮きした気分でギャラリーを探した。

ギャラリーはすぐに見つかった。思っていたよりも小さなスペースで、ここに書店がオープンする前は給湯室か何かに使われていたような凹んだ一画だった。しかも、壁は塗り直された形跡はなく、よく見ると剥がれや汚れが残っていて、急ごしらえ感が半端ない。そんな壁の三方に同じ高さで規則正しく原画が展示されていた。想像よりも小さなサイズだった。ハガキくらいの小さな画面に小さく書き込まれた人やクマやイヌの姿。筆の跡も鮮やかなとりどりの色。注意深く探さないと見失いそうな歌の言葉。なんというか、泥沼の中から、小さくて可憐な蓮の花がいくつも顔をのぞかせているイメージだ。

自分の中高生時代を思い出した。学校ならではの閉じられた世界の中で、なかなか居場所を見つけることができず、いつもどこかに隠れていたかったと同時に、信頼できる誰かには見つけて欲しいという矛盾した感情を抱えていた。当時の自分が何か絵を描いたとしたら、やはり小さ目の用紙に細かな書き込みを入れていただろう。存在していてごめんなさい、という気持ちと、ささやかで小さな場所だからこそ心持ちを吐き出せるという安心感を感じつつ。

青い時代の感覚を青いまま保ち、表現できることに一種の羨ましさと眩しさを感じる。

こんな素敵な絵が何枚も飾られているというのに、そして書店自体は決して少なくない客の入りなのに、その時ギャラリーで鑑賞していたのは、自分ひとりだった。広い目で見れば、短歌自体ポピュラーな世界ではないのだけど、偶然でもいいから思春期の真っ只中にいる人達の目に触れて欲しい、それもできるだけ多く、と思ってしまった。


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