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練習会か交流会かそれが問題だ

楽器ケースのフタを開けなくなって、かれこれ一年半になる。これ以上放置しておくと、もう弾けなくなるのではと思い始めた頃、タイミングよく出演のお誘いがかかった。出演といっても、演奏会ではない。いろいろなアマチュアオケから人を集めて、「オーケストラ練習会」をやろう! というお誘いだ。

ふつう、オーケストラの練習といえば、本番があってそのための練習なのだが、今回は練習のための練習で、演奏して面白そうな曲を数曲やる。学生オケやアマチュアオケでも、シーズンオフにレクリエーションを兼ねて団内演奏会とか初見大会をしたりするが、それの大規模なものといえばわかりやすいかもしれない。

今回お誘いいただいたのは、名古屋テアトロ管弦楽団の団長さんが企画したオーケストラ練習会。プロのトレーナーを指揮者として迎え、がっつり朝の10時から夕方5時まで弾いたり吹いたり。何を演奏するのかというと、

  • カリンニコフ交響曲第1番全楽章

  • メンデルスゾーン 交響曲第5番より第4楽章

  • ホルスト「惑星」より「木星」

  • ブラームス交響曲第2番より第2・4楽章

  • ラフマニノフ交響曲第2番より第3・4楽章

  • ベルリオーズ幻想交響曲より第3・4楽章

有名どころで、華やかなラインナップだ。難しい曲も混じっているがなかなか楽しそう……と思い、たまには弾かないと指はますます動かなくなるし、もともと鈍いリズム感がさらに錆びついてしまうという危機感もあって、少し悩んでから参加することにした。それが2月くらいのこと。

転職を控えて楽器の練習どころではない怒涛の3月が過ぎ、4月に入ってそろそろ準備しないとまずい、という時期になった。このタイミングで自分の車が壊れて廃車に。すぐに次の車は買えないので当分はどこへ行くにも電車だ。電車で行くと練習会場まで一時間半。そして6曲の課題曲。抜粋とはいえ、全部を練習するだけの余裕はない。ということで午後からの参加にしてもらった。

楽器を取り出して異常がないかどうか確かめるところからはじめ、次に基礎練習を、それからシンフォニーの楽譜をさらう。譜面は主催者の方で準備して下さり、すぐにダウンロードして印刷すれば使えるようになっていたが、過去に出演した演奏会で弾いた曲もけっこうあったので、昔の譜面を探し出してきてそれで良しとした。それがブラームスとラフマニノフと幻想。どれも過去に演奏したことがある。あるから難しさはよくわかる。やはり半日参加にしておいてよかった。

で、ブラームスを弾き始めたら、なんと弓が分解した。先端のチップと呼ばれる部品が取れてしまったのだ。こんな時に壊れなくても……と思うが、取り出したのが久しぶりすぎて、楽器が機嫌をそこねたのかもしれない。
木工用ボンドでくっつければいいじゃん、という悪魔の囁きが聞こえたが、それをやると毛替えの時大変なことになるなあと思い直し、同時にもう何年も毛替えをしていなかったことに気づいた。これはもう年貢の納め時ということで、楽器店に持ち込んだ。老朽化ですねと言われて一言もなく、入院治療いや、預かり&修理となった。

数日後、きれいに修理されいい具合に毛替えもすんだ弓がもどってきた。この時点で練習会まであと10日。この時期になって譜面のヤバさがじわじわとのしかかってくる。どの曲も調号や臨時記号の多さ、リズムの複雑さで手こずるのだが、特にラフマニノフ2番の4楽章は結構な割合でト音記号が出現する。そう、ビオラ弾きの天敵、ト音記号が。当然音域も高く5thポジションでないと取れない音が度々現れ、もはや音程が合っているのかどうかわからない。

Twitterでもつぶやいたが、ブラームスがスーパーハードのレベルだとするなら、ラフマニノフはルナティックだ。幻想は両者の中間というところか(音楽的には完全にルナティック=狂気なのだが)。そういえば、以前ラフマニノフを弾いたとき、何をどうやってもちゃんと弾けなかった箇所が多すぎてずっと心残りだった。

すぐに上手くなる特効薬などない。一番効果が出る練習方法は短い時間でもいいので、毎日楽器を弾くこと。そしてパート譜を見ながら曲を聞き、今どこにいるのかを確認しながら音楽を覚えること。覚えてしまえば合奏中に落ちても迷子にはならない。

というわけで、4月の後半はほぼ毎日楽器を弾きながら過ごして迎えた本番……じゃなかった、練習会。

なじみのメンバーとは少し顔ぶれが違うので、空気感が少し違う。でも打楽器とローブラスはいつもの安定感抜群の音がして安心した。管楽器の皆さんも上手い。というか、この難曲ばかりのプログラムをちゃんと形にするのすごい。一方、弦楽器の皆さんも経験者が多く奮闘していたとはいえ、やはり心身ともに大変そうだった。自分に関しては、経験した曲でありながら、ラフマニノフや幻想はエア弾きでやりすごした箇所がいくつも(でも迷子にならなかっただけエラいと思う)。全部の曲が終わった後、心なしかビオラの皆さん、目が死んでいたような気がする……。

もちろん、あくまでも練習会(初見大会)であり、弾ける弾けないはあまり気にしなくても良く、この集まりのねらいは交流にあるということも重々承知。ふだん交流のない他団体の人たちと交流を結んだり、ゲスト参加していただいたプロ奏者の方々の面識を得たりと、ふだんのオケ活動ではなかなかできないことができるというメリットは大きいはず。オケの団体を超えた人脈を持っていると、エキストラを呼んだりトレーナーをして下さる先生を見つけるのに役に立つ。

ただ今回は、ほんっとに演奏がハードすぎて体力的な消耗もあるし、弾けないコンプレックスも発動してしまうしで、交流どころではなかった気がする(特にビオラ)。もし次があるなら曲目を半分に減らして、ゆとりをもって楽しく弾きたいものだと思う。やっぱりね、弾けないと面白くないから。

でも、この練習会が面白くなかったわけではなく、以前弾いた曲と部分的ではあれ再会できて、やはり嬉しかったのだ。幻想は4楽章冒頭の太鼓の音が完璧すぎて胸が熱くなり、5楽章の鐘の音と怒りの日のモチーフでテンションが爆上がりして骸骨のダンスで跳ね回り(弓が)、ラフマニノフ2番は前よりも曲の作りがのみこめて、トラウマになりかかっていた4楽章と和解できた気がする。そもそも、近年はオペラばかりでシンフォニーをまったく弾いていなかったので、久しぶりにオケのための曲を弾いた! という意味でも楽しい時間だった。魂への水やり大事。








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