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バンクシーはバンクシーでしかなく

5月の連休に入る直前、友人に誘われて名古屋で開催中のバンクシー展へ行ってきた。場所は元ボストン美術館(こんな形で再利用されるとはね)。

オークションで作品が競り落とされた直後にその作品をシュレッダーにかけるなど、何かと話題にのぼるバンクシーは、メインの活動場所がストリートでありながら有名になりすぎた感があって、本人の意図はともかく周囲がちやほやし過ぎだと思い、あまり興味はなかったのだが、勉強のうちだと思って見てきた。

残念ながらストリート系のアートや音楽に疎いので、あまり突っ込んだ感想は書けないことを最初に断っておく。

最初に見た感想と、後から図録をゆっくり見ながら感じた内容はほぼ同じで、一言で言えば「高値で取引される落書き」。落書きといっても、決して貶めているのではなく、落書きをする精神――権力的な何かへの反抗、人目を引く内容でありながら、わかる人にだけけ伝わればよいという一種のステルス的精神のことを言っている。そして絵(グラフィティ)はメッセージを表すための手段であるということ。だからグラフィティはメッセージを表現するのに最適なスタイルを取る。

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ではそのメッセージが何かというと、この世界を支配する力に対するささやかな反旗。バンクシーの作品は大まかに分けると、反戦シリーズ、反公権力リーズ、反大企業シリーズ、ぐらいに分かれるが、結局はお金と権力に屈したくないという意思表示だ。もっとストレートに言うなら不幸のもとを作り出すものがキライ。それで世の中の大勢が抗っても無駄だと思っているところにささやかな楔を打つ。消されても消されてもそれを繰り返すうちに、すっかり有名になり気がつけば作品が何億ドルという値段で取引されるような資本主義社会での勝者になってしまった。もはや一匹のネズミではいられない。

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それで興味深いのが、グラフィティ作品を制作するばかりでなく、ディズマランド(イギリスのサマセット州、ウェストン=スーパー=メアに5週間限定で出現したテーマパーク)をプロデュースしたり、あえてベツレヘムに「世界一眺めの悪いホテル」を建てたこと。これはもうストリートを脱した世界級のアーティストとしての仕事だが、やはりそこに息づく精神は「落書き」的反抗心と同じに見える。

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これほど有名になりながら、覆面作家を続けているバンクシー氏だが、本当はもう正体はある程度知られているような気がする。表現の一つとして名も無き者というスタイルをとっているだけではなかろうか。「バンクシー」が特定の一人の人間とは限らない。人類が戦争をやめ資本主義社会から脱しない限り、今後延々と「バンクシー」作品が生み出されていくかもしれず、これはこれで面白い可能性だなと思う。

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