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【倫理】共通テスト以降に初めて出題された思想家・用語

 2021年に共通テストが始まり、従来のセンター試験ではあまり見られなかった思考力や応用力を問う問題が多く出題されるようになったことは、ご承知のとおりかと思います。
 「公民」の1科目である「倫理」(2025年度からは「公共、倫理」)においても、資料文をもとにして判断する問題や、具体的事例に即して考える問題が増加しました。
 一方で、「倫理」では、2010年代後半のセンター試験末期のころから、年に1~2人は新たに出題された思想家が見受けられるようになり、その傾向は共通テストに移行後も変わっていません。
 このこと自体、〈思考〉の土台に〈知識〉があることを示唆しているようで興味深いですが、受験生にとっては対応が求められます。
 そこで、共通テスト以降に新たに出題された思想家や用語について分野別に整理し、簡単に説明を加えたいと思います。学習や指導にお役立ていただければ幸いです。

青年期
ボウルビィ(試作)
 イギリス出身の精神医学者。第二次世界大戦後の戦災孤児の調査などを通じて、成人後の健全な人間関係の形成には、幼児期の養育者との親密な関係が必要であるとする、愛着(アタッチメント)理論を説いた。
コールバーグ(試作・2022本)
 アメリカの心理学者。道徳的判断の基準に着目して、罰を避けようとして他人の命令に従う段階(前慣習的道徳性)・社会的役割や秩序の維持を重視して既存の規則に従う段階(慣習的道徳性)・個人の尊厳などを踏まえ自己の良心に基づいて原理に従う段階(脱慣習的道徳性)の3つの段階に分けて道徳性の発達について捉えた。
サリヴァン(2023本)
 アメリカの精神医学者。精神障害における社会的・文化的要因を重視する立場から、自我は他者との交流を通じて安定を得るとする対人関係の理論を説いた。
シュプランガー(2021第1・2023本)
 ドイツの哲学者・教育学者。「青年ほど、深い孤独のうちに、触れ合いと理解を渇望している人間はいない」と述べて、理解と孤独というアンビバレントな状況において芽生える青年期の自我について論じた。
クーリー(2024本)
 アメリカの社会学者。自我は自分や自分の行動が他人からどう見られるのかという想像によって形成されると説き(鏡に映る自我)、他者と共存する中において育まれるとした。
アリエス(2022追)
 フランスの歴史学者。著書『〈子供〉の誕生』において、成人となる前段階としての〈子供〉の概念が生じたのは近代になってからであり、中世においては「小さな大人」とみなされていたと論じた。

現代社会
ノージック(試作・2023追)
 アメリカの哲学者。リバタリアニズム(自由至上主義・個人の自由を最大限に尊重する考え)の立場から、ロールズが想定する原初状態を批判し、自然状態から生じる小規模な紛争解決集団としての最小国家を構想した。
ブーアスティン(2024本)
 アメリカの社会学者。マス・メディアが映像などを再構成して作り出す現実を疑似イベントと呼び、こうした都合の良い・もっともらしい現実に踊らされることに対して警鐘を鳴らした。
共有地(コモンズ)の悲劇(試作)
 共有地(コモンズ)で各人が利益の最大化を求めて乱獲する結果、共有資源が失われてしまうという経済の法則。アメリカの生物学者ハーディンが提唱した。各人の自由に任せていると「最大多数の最大幸福」は実現されないので、自主的規制が必要となる。
リップマン(2023追・2021第1)
 戦後アメリカを代表するジャーナリスト。人々は情報の確かさを確かめる手段を持たないため、世論は必ずしも事実に基づいているわけではなく、マス・メディアが作り出す都合の良いイメージに左右されることがあるとして、マス・メディアによる世論操作の危険性を指摘した。また、ステレオタイプの概念を用いたことでも知られる。
ハンス・ヨナス(2024追・2022本・2021本)
 ドイツ出身の哲学者。ハイデッガーに師事するが、ナチスへの傾倒に衝撃を受けて袂を分かつ。自然は目的を内在するとする立場(目的論的立場)から、その目的の実現を阻害する自然破壊に反対し、現在世代は未来世代に対して自然環境を守る責任があるとする未来倫理を説いた。
レオポルド(2022本)
 アメリカの生態学者。人間が自然を支配するという関係を前提とする自然保護のあり方に異を唱え、土地という共同体において人間もまた他の生物と平等な一構成員であり、その土地に対して愛情・尊敬の念を持つべきとする土地倫理を説いた。
エマーソン(2024追)
 アメリカの思想家。三位一体説を否定する理性的なユニタリアニズムを排し、日常的経験から超越した直観をによって自然の真理を捉えるべきだとする超越主義を説いた。また、自然との共生を実践し、ソローらに影響を与えた。
ソロー(2024追)
 環境保護運動の先駆者に位置づけられるアメリカの著述家。エマーソンと交流があり、自然と共存する生活を実践した。また、奴隷廃止を訴え、ガンディーやキング牧師にも影響を与えた。
シンガー(2024追)
 オーストラリア出身の倫理学者。利益に対する対等な配慮を求める立場から、人種差別・女性差別や動物に対する虐待(動物実験・工場畜産など)に反対した。
ステップ・ファミリー(2023本)
 再婚などによって生じた、血縁のない親子やきょうだいで構成される家族のこと。継子との関係や周囲の無理解など、初婚家族とは異なるストレスを抱えていることが多い。
アメニティ(2023本)
 心地よく快適な生活を送るために必要な設備や環境のこと。都市計画においては、高齢者や障がい者のアメニティに対する配慮が求められる。
ヘイトスピーチ(2021第2)
 人種や宗教など生まれによって容易に変えられない要素に基づいて、個人または集団に対して侮辱・攻撃する言動を行うこと。日本でも2016年にヘイトスピーチ解消法(規制法)が制定・施行され、国・自治体・国民に対してヘイトスピーチの解消に向けた責務を定めた。ただし、憲法が認める表現の自由との兼ね合いから、ヘイトスピーチに対する罰則規定はない。
スチュワードシップ(2021第2)
 受託責任。他人から預かった資産を、責任をもって管理運用すること。

現代思想
リオタール(2021第1)
 「ポストモダン」の語を普及させたフランスの哲学者。近代における世界全体を解釈する枠組みである「大きな物語」は力を失い、ポストモダンの世界では個々の具体的な状況において思索する「小さな物語」がふさわしいと説いた。主な著書は『ポストモダンの条件』。
ベンヤミン(2021第1)
 ドイツ出身のユダヤ人思想家。芸術作品が持つ神秘的な力をアウラ(オーラ)と呼ぶとともに、映画や写真などの複製技術による芸術に対して、複製にとどまらない積極的な意義を見いだした。
シモーヌ・ヴェイユ(試作・2021第2)
 フランスのユダヤ人女性思想家。スペイン内戦などを経験し、アメリカへの亡命をへて、第二次世界大戦中にロンドンで亡くなる。人間存在を根こぎにする官僚制組織を批判し、人間の魂がそこに根をおろし、成長できるような集団を形成すべきことを説いた。主な著書は『根をもつこと』。
ドゥルーズ(2023本)
 フランスの哲学者。現代の思想のモデルをリゾーム(根茎)と呼び、伝統的な哲学がツリー(樹木)状に広がるのに対し、現代の思想は根茎のように多様で異質な思想が絡まり合っていると説いた。また、人間の意識の主体を無意識の欲望と捉え、それを抑圧する国家などの権力装置を批判した。

源流思想
ゴルギアス(2022本)
 古代ギリシアのソフィスト。懐疑的な不可知論の立場から、存在するものは何もないし、存在したとしてもそれを知ることはできないし、知ったとしてもそれを他者と理解し合うことはできないと説いた。プラトンの対話篇『ゴルギアス』にその名を残す。
懐疑派(ピュロン派)(2023追)
 ヘレニズム期のストア派・エピクロス派と並ぶ学派。ピュロンによって説かれたことからピュロン派とも言う。人間は何も論証することができないのであるから、一定の判断を保留する(エポケー)ことで、心の平安(アタラクシア)を得るべきだと説いた。近代のモンテーニュやヒュームに続く会議主義の源流となる。
ハラール(2021第2)
 イスラーム法において食べることが許されているもののこと。反対に、許されていないもののことをハラームといい、ムスリムは豚肉などが禁止されている。

日本思想
善導(試作)
 中国の唐代の僧侶。浄土思想(南無阿弥陀仏と念仏を唱えれば阿弥陀仏のはからいで極楽浄土に往生できるとする思想)を確立し、日本の鎌倉時代の法然(浄土宗)や親鸞(一向宗)に影響を与えた。
・明恵(2022本)
 鎌倉時代の華厳宗の僧侶。教義研究を重視する南都六宗の立場から、『摧邪輪』を著して法然の専修念仏を批判した。高山寺所蔵の『明恵上人樹上坐禅図』で知られる。
・叡尊(2022追)
 鎌倉時代の律宗の僧侶。西大寺を拠点に戒律を重視する真言律宗の復興に尽力した。また、橋脚補修などの社会事業にも努め、弟子には、らい病(ハンセン病)患者の救済施設である北山十八間戸を建設した忍性がいる。
伊勢神道(2023追)
 鎌倉時代に伊勢外宮の神職であった度会家行らによって確立された神道思想。反本地垂迹説(神が本体で仏が従とする説)の立場から、我が国は神国であるとして、正直清浄の二つを徳目として掲げた。
手島堵庵(2021第2)
 江戸時代の心学者。石田梅岩に師事し、心学の普及に努めた。『男子女子前訓』には、心学道話の様子が描かれている。
三浦梅園(2022追)
 江戸時代の思想家。長崎でヨーロッパの自然科学(蘭学)に触れ、自然には条理(法則)がそなわっているとする条理学を提唱した。
高野長英(2022追)
 江戸時代の蘭学者。長崎でシーボルトに医学を学ぶ。1838年におこったモリソン号事件(日本人漂流民を救援したアメリカ商船に対して幕府が無二念打払令に基づいて砲撃した事件)を著書『戊戌夢物語』で批判し、翌39年に『慎機論」を著した渡辺崋山らとともに投獄された(蛮社の獄)。
横井小楠(2024本)
 幕末の思想家。熊本藩・福井藩に仕え、開国貿易を説きながら、西洋文明の負の側面も見通し、儒教を基盤として新しい日本のあり方を模索した。
安部磯雄(2022本)
 明治時代の社会主義者。欧米に留学して神学や社会事業について学び、キリスト教人道主義の立場から、1901年に結成された日本初の社会主義政党である社会民主党にも参加した。
母性保護論争(2024本)
 大正時代に展開された、女性のもつ母性をめぐる論争。与謝野晶子が女性に対して社会的・経済的自立を求めたのに対し、平塚らいてうは女性が社会的存在となるために母親となることが必要であると論じ、国家に母親に対する福祉政策を求めた。
・吉本隆明(2021第1)
 戦後の詩人・評論家。著書『共同幻想論』において、芸術や文学を生み出す個人幻想、男女の性や家族に関わる対幻想、国家や法秩序のよりどころとなる共同幻想という3つの視点から、人間の営為を人間の心が生み出した幻想として統一的に捉えた。



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