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君は太陽

今年もドラフト会議が開催されました。
私たちにとっては一年の仕事の総決算日。追いかけてきた一推し二推しの選手を指名できれば大団円。とはいえ、監督が変わったり、FA行使のゆくえも不透明だったり、会議が終わるまで補強ポイントは流動的です。

次に指名する予定の選手が、ウェーバー順で他球団に指名されないようにと祈りながら待つ時間はまさに永遠。直前に指名されたら瞬時に別の決断をしなくてはいけない。
有望とみられた選手が意外にも指名漏れになったりするのも、当日のドタバタのせいもあったりします。

もちろんスカウトはドラフトで仕事が終わるわけではありません。そこから二人三脚が始まります。

そしてドラフトでの指名選手の数だけ、ユニフォームを脱ぐ選手もいるのです。

今から6年前、2017年オフにベイスターズがドラフト6位で指名した寺田光輝選手が2019年のシーズンオフに現役を引退をしました。

彼がこの10月10日に麹町の文藝春秋本社において、4年越しで引退会見をしました。取材をされた記者からの伝聞ではありますが、すがすがしい会見だったとのこと、彼をプロ野球の世界に引っ張った者として安堵しています。

彼は異色の経歴でした。それは彼が自分自身で居場所を切り拓くことができる選手だったからです。

アマチュア時代、能力に秀でた選手に囲まれながら常に技量を磨き、大学中退など紆余曲折しながらも、独立リーグで存在感を示したのです。

彼は行き当たりばったりの野球人生と謙遜しますが、己を知り変わる勇気と変える努力があってこそ、プロ野球の世界に飛び込めたのです。

私たちは、競争はさらに厳しくなるであろうベイスターズでも、彼は誰もできないポジションを作り上げると確信を持ちました。

独特なフォームと頭脳的なピッチングで、2017年の日本シリーズで対戦するホークスの内川選手のような右の強打者を抑えることができる、そう信じたのです。

背番号54で入団後はレベルの高さに、彼はとまどいながらも、猛練習に励み、アンダースローを体得するなど、期待通りにプロの世界で自分の居所を築こうとしました。

しかしながら、競争を勝ち抜こうとハードワークで腰をいため、結果として短い現役生活となったのは、スカウトの立場として申し訳ない気持ちです。

その一方で、退団は残念でしたが、引退後も多方面での活躍を拝見するに、我ながら人を見る目があったと自負しています。

プロ野球選手となって活躍するのは、野球選手としてひと握り。
チームの戦力になれなくて申し訳ないと言っていただいたのは恐縮ですが、それ以上に後悔のないプロ野球選手生活だったというコメントはありがたかった。

今季、同期入団の東、山本が最優秀バッテリーに選ばれ、楠本が代打の切札として頭角を表してきたのは、互いに切磋琢磨した結果に間違いありません。決して戦力になれなかったわけではないのです。

プロ野球選手になる夢を諦めずに叶えた青春時代は今後の彼の人生に自信になるはずだし、無名の学校からプロ野球選手を目指す野球少年にとっては太陽のような男。彼を北陸の独立リーグ、そして、ベイスターズOBとして送り出せたのは、同じOBとしても、誇りに思っています。

そう思えるのも彼の不断の努力とご家族や恩師との信頼関係があってこそ、感謝の念に堪えません。

寺田光輝君のメディカルサイエンスの分野での成功を祈念して
横浜DeNAベイスターズ
スカウト部長 拝

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