沈丁花が枯れたとて

 登場人物
北村響
笠原菫
大貫里沙
堀江辰也
筒丘
佐藤
室谷
生徒A
生徒B
先生

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    打楽器が一定のリズムを刻んでいるBGM。
    前説に続けて。   
   
前説  〜今回私たちが題材にしたのはアノミー病です。皆さんも一度は聞いたことがあるでしょうか?
主な症状は『反社会的な思想及び、道徳的感情・ルールを守ろうとする気持ちの欠如』であり、そのような精神疾患により凶悪な殺人事件やテロの発生が懸念されています。
当初は俗に言う『サイコパス』と同様に『反社会性パーソナリティ障害』とされていました。しかし十五年前、アメリカの研究チームによって「アノミー病は発症者の言葉や文章によって、他者に伝染……つまり感染する恐れがある』という発表がなされたのです。それを受け、厚労省は『アノミー病』を正式に感染症と定義しました。
アノミーとは、『社会の規範が弛緩、崩壊することなどによる、無規範状態や無規則状態を示す言葉』で、アノミー病による大規模なパンデミックが世界中で発生した場合、アノミアー……つまり無法律状態になる危険性が懸念されていることから、この名前が付けられたと言われてします。

   幕が開き始める。
   舞台は小学校の教室。
   舞台には四つの箱が非等間隔に配置されている。
   四つの箱は教室の机として用いられてる。
   生徒A、生徒B、先生。そして笠原菫がいる。

前説  アノミー病は普通に暮らしていた私達でさえも犯罪者やテロリストにしてしまう恐ろしい病です。ほんの少しの気の緩みが私達の日常を壊してしまうかもしれない……。

 教室の中では一人の生徒Aが作文を読んでいる。
 前説と生徒Aの声が重なる。

二人  私達一人一人がそれをきちんと自覚し、この問題に向き合っていかなければいけないのかもしれません。

 生徒Aは引き続き作文を読み続ける。

生徒A  〜という言葉を聞いて、アノミー病の早期発見を推し進める活動を活発化させなければいけないと思いました。

 生徒Aはその場に座る。
 その他の生徒が拍手をする。

先生  はい、ありがとうございました。素晴らしい作品でしたね。では……笠原さん、次、お願いします。
菫   はい。

   菫は立ち上がり、原稿用紙を開き、作文を読み始める。
   
菫   わたしは昨日、アノミー病特集の番組を見ました。アノミー病がどのような病気なのか、というのを説明している番組でしたが、難しくてよくわからなかったです。
でも、その人達が悪いことをした訳でも無いのに、悪いことをしたみたいな言い方をするのに疑問を覚えました。
わたしはアノミー病の人もそうでない人も普通に暮らせるような世界になって欲しいと思いました。
    
   沈黙が訪れる教室。
   先生が悲痛な、しかし力強い声を上げる。

先生  笠原さん!私は、私は悲しいわ!自分の教え子から道逸子を出してしまうなんて……。
あなたは親御さんとちゃんとお話をしているの?お友達の事を気にかけたことはあるの?テレビをちゃんと見ていないの?テレビはアニメを見るためのものではないのよ?

   他の生徒たちは舞台をはける。

先生  でも仕方ないわね。笠原さん、あなたの心はとても綺麗だもの。
しかし、純粋であることが必ずしも善であるとは限らないわ。
たとえば、美しく透き通った水槽の中に小さな泥の塊が落ちればすぐに濁ってしまうように、あなたも何か汚いものにけがされてしまったのね。

   先生は菫に歩み寄る。

先生   笠原さん。あなただけのせいではないわ。でも、わかって。あなたはアノミー病よ。

   舞台暗転。
   舞台の外にいる北村が照らされる。
   そこは北村響の自宅。
   北村は身だしなみのチェックをする。

北村  スーツ良し。ネクタイ良し。ロレックス風の安腕時計良し。メルカリで買ったサイズガバガバの高そうな靴良し。

   北村は数回、スーツの襟を揺らす。

北村  よーし……今日の俺はどこからどう見ても善良な社会人そのものだ。さあて。出発は七時半頃だな。(腕時計を見る)さて今は八時……はちっ、八時!?

   北村を照らしていた灯りが消える。
   舞台が照らされる。場所は沈丁花荘。
   沈丁花荘の代表である筒丘、室谷、佐藤が朝礼会をしている。

筒丘  ……えーッ……皆さん。今日も入園者の方の心の健康の為に、精一杯業務に従事して欲しいと思います。
室谷  あ、筒丘さん。今日は新任の職員の方がいらっしゃると思うのですが……。まだ、お越しになっていないのですか?
筒丘  ええ。もうそろそろ来るはずなんですけどねえ……。

   北村が勢い良く舞台の階段を駆け上がる。
   ぜいぜいと激しい呼吸をする北村。
   遅刻していた事に気がついて、焦ってここまで来たようだ。
   
北村  おはようございますっ!

   静まり返る教室。
   恐る恐る口を開く北村。
   
北村  ええと……ギリギリセーフですよね。
筒丘  アウトですね。(少し困ったように)ええと、新任職員の北村響君です。皆さん、久々の若い子ですけど、いじめないでくださいね。
北村  よろしくおねがいします!

   深々とお辞儀をする、北村。
   まばらに拍手が起きる。
   
筒丘  じゃあ、皆さん。各々、自分の持ち場に移動してください。(その他の職員ははける)北村君、ちょっと。
    
   北村は筒丘の指示に従い、筒丘の元に移動する。
   
北村  初日からこのような失態を犯してしまい、申し訳ありませんでした!

   再び頭を下げる北村。
   
筒丘  うん。それはいいんだけどさ……北村君、(北村の足元を指差して)ウチは土足厳禁だからね。

   北村は自分の足を一度、二度、三度見る。

筒丘  北村君。三度見しても現実は変わらないから。
北村  そんなァ、筒丘さん。せっかくおろしたての靴履いてきたのに。
筒丘  サイズガバガバだけどね。
北村  自分、社会人一年生なんですよ?いいじゃないですか。
筒丘  良くないよ。君は社会人一年生を何だと思ってんの?いやね、君の気持ちもわかるよ。だが、土足で部屋の中を歩き回って床を汚されたら、たまったもんじゃない。な?頼むよ。

   北村は渋々言う。

北村  ……わかりましたよ。
筒丘   ヨォシ、いい子だ。さあ、靴を脱いでくれ。

   北村は靴を脱ぐ。
   中には右足は赤、左足は緑の靴下が履いてある。

筒丘  ねえ、北村君。どうしてそんなに派手なのかな?
北村  派手なのが好きなので。
筒丘  なるほど。では、どうして赤と緑なのかな?
北村  ビビッと(頭を指差し)来たからですね。
筒丘  よくわからないけども。どうしてクリスマスカラーなのかな?
北村  いいじゃないですか。everyday holy nightという訳で。縁起物ですよ。
筒丘  あー。はいはい。わかった、わかった。素晴らしいセンスだ。感涙を禁じ得ないよ。しかしながら、その上にスリッパを履いてしまうのだから、意味が無いね。
北村  大丈夫ですよ。僕、スリッパ持って無いんで。

少し間。

筒丘  なるほどね。期待のルーキだよ君は。
北村  いや〜、そう言ってくれるとありがたいです。
筒丘  全くだよ。まあいい。北村君。(筒丘は北村の肩を叩く)ウチの『求める職員像』を覚えているかい?
北村   ええ、もちろんですとも『アノミー病患者を一人の人間として真っ正面から向き合える心を持った職員』ッ!……ですよね?
筒丘  その通り!ここ、沈丁花荘はアノミー病のリハビリ施設だ。君は『アノミー病患者を一人の人間として真っ正面から向き合える心を持った職員』かね?
北村  ええ、もちろんですとも。でなきゃ、こんな安月給の職場に就職したりするもんですか。
筒丘   最後のが無ければ、かなり説得力があったんだけどな。じゃあ、その意気だ。
『この胸に飛び込んでこい!』(北村が筒丘の胸に飛び込む)っていう勢いでやればいいって話な訳で、本当に飛び込んでくる必要は無いからね。離しなさい、コラっ。

   離れる北村。
   筒丘は北村に担当する患者の資料が入ったファイルを渡す。

筒丘  さて、君を患者さんの所へ案内しよう。
北村  了解しました!
筒丘  あ、そうそう。北村君。
北村  はい。
筒丘  明日からはスリッパを持ってくるようにね。

   舞台暗転。
   場所は患者たちのいる共同部屋。
   椅子を模した箱が置かれている。
   照らされた舞台に北村と筒丘が入る。

筒丘  ええと、北村君が担当する患者さんは、皆高校生くらいの子だね。年も近いし、やりやすいんじゃ無いかな。
北村  うーん、どうだろ。学校とかで舐められてる先生って大抵若い人ですからね。

   舞台上に堀江辰也と大貫里沙と笠原菫が入ってくる。

筒丘  お、噂をすれば。
辰也  おはよー筒丘先生。
理沙  おはよーございまーす。

   北村は筒丘に問う。

北村  あの子達ですか?
筒丘  ああ。そうだよ。じゃあ、頑張りたまえ。

   筒丘ははける。
   各自椅子に座る三人。
   北村は手をパンパンと二度叩き、注目を集める。

北村  ええと……本日より、皆さんの担当職員になりました、北村響、23歳、独身です。ええと、今日の予定……今日の予定……。(ファイルの中を漁る)あ、これかな。

北村はファイルの中から、1日の予定が入った書類を取り出す。

北村  『午前十一時から朗読。午後零時から昼食で、午後一時半から野外運動。午後三時から映画鑑賞。午後五時から自由時間。午後七時から夕食で、午後十時に就寝。午前零時に消灯』……だってさ。
里沙  そんなに細かく言わなくてもいいでしょ。
辰也  てゆうか、前から思ってたんだけど、朗読って何の意味があるんスか?
北村  え?確か専門学校に行っていた時に『一般教養や道徳的感情を育む為』って習ったよ。
辰也  おい、聞いたかよ。『一般教養や道徳的感情を育む為』だってさ。
里沙  聞こえのいい事言うよね。そんなんで教養や道徳が身につくならこの世から犯罪も貧困もみーんな無くなっちゃうよ。
辰也  そーだ、そーだ。どうせ『洗脳』だろ。洗脳。

   わいわいと騒ぐ里沙と辰也。
   
北村  こら、そこ、うるさいぞ。ええと……(ファイルを見ながら)大貫里沙と笠原菫?
里沙  先生、菫ちゃんは(菫を指差し)あっちの子です。
辰也  オレが『菫』って顔に見えますか?
北村  見えねえな。確かに。てゆうか、お前らも自己紹介しろよ。顔と名前が一致しないんだ。

   辰也は渋々といった様子で立ち上がる。
   
辰也 しょうがねえな。オレは堀江辰也。17歳。14歳の頃からここにいるぜ。

   三人は拍手をする。

里沙  あたしは大貫里沙、18歳です。先月ここに入ってきたばかりで、あまり、沈丁花荘の生活には慣れていません。
    
   三人は拍手をする。
   二人の自己紹介が終わり、少し間が空く。
   里沙は笑いながら言う。
   
里沙  菫ちゃん。無視しないであげてよ。
菫   え、あ、はい。

   菫は慌てて自己紹介を始める。
   
菫   笠原菫、16歳です。9歳の頃からいます。よろしくおねがいします。

   三人は拍手をする。
   
北村  9歳から、か……。一番年下なのに大貫さんや堀江君よりも先輩なんだな。
辰也  それどころから、菫ちゃんは沈丁花荘で一番の古株だぜ。
里沙  だよねー菫ちゃん。
菫   う、うん。
北村  へえーそうなんだ。

   少し間。
   北村は自分の安腕時計を見る。
   
北村 で、どうすんの?この余った時間。次の朗読の時間まで三十分もあるよ。

   辰也は何かを思いつく。

辰也  ねえ、北村先生って、彼女いんの?
北村  え、どうして?
里沙  だって、独身だって言ってたし。それに、北村先生の顔って、結構いい感じだよね。
北村  ああ、そう?それね……よく言われる。
里沙  ま、嘘だけどね。
北村  ……こっちだって嘘だよ。
里沙  取り敢えず、顔は置いておいて、ファッションが最悪だからね。
北村  最悪?どこが。
辰也  最悪じゃない所を探す方が難しいよ。
里沙  まず、その腕時計、安モンでしょ?

   北村は驚く。
   
北村  ぎくっ。
辰也  靴下も無駄に派手だし。
北村  ぎくっぎくっ。
里沙  あとね……。

   里沙と辰也は同時に言う。
   
二人  社会の窓開いてるし!
北村  ぐはあぁあああ!

   北村はその場に倒れる。
     SE カンカンカン(KOの音)
     
北村  くそったれ……オレは社会人の風上にも置けない男だったのか。
辰也  それにさ、先生みたいなチャラチャラしてる奴に、そんなパリッとしたスーツ似合わないって。
里沙  そうそう。豚に真珠、北村にスーツだわ。
北村  えぇ……じゃあ、この(腕時計を見せる)安時計もいらないかな
里沙  いや、それは良いと思うよ。
辰也  もう、見るからに安モンだし、先生の身の丈に合っていると言うか……その……。

   里沙と辰也は互いに向き合い、指差し合う。
   
二人  身分相応。
辰也  そう、身分相応だ。ボロ雑巾にくっついてる埃みたいな感じ。
里沙  もっと、ラフな感じの服にしなよ。別にここはスーツ強制じゃ無いでしょ?
辰也  あとさあ、さっきからすげえフレンドリーなのもムカつく。
里沙  そんなんだからさあ。
辰也  いつまでたっても。

   辰也と里沙は同時に言う。
   
二人  独身なんだよ!
北村  うあああああああ!

   北村はその場に崩れ落ちる。
   チャイムの音が流れて、北村以外ははける。
   室谷が舞台入場。

室谷  やあやあ、北村君。いい感じだったよ。
北村  ……?(間)だれ?
室谷  同じ、職員の室谷です。
北村  ややっ!申し訳ない。まだ、顔と名前が一致していないもので。
室谷  いいよ、いいよ。最初は皆そんなもんさ。ところで北村くんよ、調子はどうだい?
北村  最悪ですよ。ただいじめられただけで終わりましたからね。
筒丘  いやいや、ここの人はね、入ってきたばっかりの職員にあそこまで積極的に話しかけたりしないから。好感度は……まあまあ高いと思うよ。
北村  そ……そうなんですか?それならいいッスけど……。
室谷  それに、ここの人達は沈丁花荘に来るまでに、何らかの理由で心を閉ざしてしまっている人ばっかりだ。でも、北村君みたいなちゃらんぽらんな人間になら心を開きやすいんだよ。
北村  ちゃらんぽらんとか久しぶりに聞きましたよ。
室谷  いい?北村くん。彼らと上手に接するためのコツはただ一つ。信じること。どんなことがあっても生きている限り挽回できる。閉ざした心を無理矢理こじ開ける必要は無い。隣でずっと待ってあげればいいんだ。わかった?
北村  ええ……ありがとうございます

   室谷は舞台をはける。

北村  信じることねぇ……。第一、俺が全く信用されてない感じがするんだけど。

   ブツブツと何か言いながら舞台をはける北村。
   入れ替わりで生徒Aと生徒Bと辰也が入ってくる。
   三人は白い面をしている。
   それぞれ箱の後ろに立つ。順番は左から生徒A、辰也、生徒B。
   生徒Aと生徒Bは語り出す。

生徒A 里沙ちゃん。あなたはとっても強い子。
生徒B 真面目で曲がった事が大嫌い。
生徒A それでいて、自分が正しいと思ったことは絶対に曲げなかった。
生徒B でも、それを皆は煩わしいと思っていた。
生徒A 邪魔だと思っていた。
生徒B 鬱陶しいと思っていた。
生徒A 授業中に携帯を使ったら必ずチクっていたよね。
生徒B 私、それで親を呼び出されたことがあるんだよ。
生徒A おしゃべりしてたら、うるさいって文句言ってきたよね。
生徒B せっかく楽しかったのに、台無しだったよ。

   里沙が教室に入ってくる。
   里沙は辰也が立つ箱の所へ向かう。

里沙  ねえ、それ、あたしの席なんだけど。
生徒A 里沙ちゃん、ここにあなたの居場所はないわ。
生徒B どこかに行くべきだよ。ここじゃないどこかへ。

   里沙は頑なに退かない辰也を強引にどかす。
   辰也は隣に倒れる。
  SE 陶器が割れる音

生徒A 里沙ちゃん。あなたはとっても強い子。
生徒B でも、それ故にたくさんの人を傷つけるの。
生徒A 里沙ちゃん。人間って陶器だよ。
生徒B あなたみたいなのが触ると簡単に壊れてしまうの。
里沙  ああ、もう、うっさいなあ!

   里沙は箱を強く叩く。

里沙  これは夢でしょ?あたしが高校生の頃を回想してるんだわ。
生徒A そう。これは夢。でも、あなたの過去を回想してるわけじゃないわ。
生徒B これは正夢よ。見て、里沙ちゃん。

   生徒Bは辰也についた白い面を外す。
   辰也の顔が露わになる。

里沙  辰也?
生徒A あなたは、遠くない未来、きっと誰かを傷つけるわ。
生徒B それはあなたが強いからじゃない。あなたが生粋の気狂いだからよ。
生徒A そうよ。この気狂い!
生徒B 気狂い!
里沙  言いたいことはそれだけ?ならこっちからも言わせてもらうわ。もしも、あたしが気狂いだってんなら、それはあんた達があたしを気狂い扱いするからよ!あんた達がそう言うから、あたしはそれに相応しい人間になった。

   生徒Aと生徒Bは舞台をはけながら話す。

生徒A うふふふ。あなた、強いけど、頭は弱いのね。
生徒B 教えてあげる。気狂い扱いされるのは気狂いだけなんだよ。
    
  SE 生活音
   場所は教室。
   倒れていた辰也が体を起こす。
   菫も舞台に入場する。

里沙  ああ。おはよう。
菫   お、おはよう。里沙ちゃん、起きるの早いね。
里沙  ちょっとね、嫌な夢見てたの。
辰也  へえ。そいつはお気の毒に。嫌な夢ってなんだろう。例えば肥溜めに溺れる夢とか?
里沙  例えばで真っ先にそれが出てくるのすごいわね。
北村   ヘェェェーイ!グッモーニンッ!

   先日よりもかなりラフな格好の北村が舞台入場。

辰也  北村先生!?何その格好。
北村  うへへへ。どう?似合ってるでしょ?
理沙  あのね、もう、信じられない位似合ってない。

   表情が一気に固まる北村。

北村  マジで?
理沙  うん、マジで。
北村   いやいやいやいや、だってさ、お前らがラフな格好の方が良いって言ったんじゃん。
辰也   あのさ、先生。(北村の肩を叩く)物事には限度ってモンがあるんだよ。
理沙  もうね、恐ろしい程センスが無い。そんなんだから。
辰也  いつまでたっても。
北村   独身で悪かったな。
辰也  まだ何も言ってねえよ。
里沙  北村先生、そういうのもう良いからさ、今日の予定教えてよ。
北村  へいへい。少々お待ちを(ファイルを漁る)ええとですねえ……本日のご予定は……まあ、大体昨日と同じですね。
辰也  えらい大雑把になったな。
北村  ああ、でも、午後の自由時間潰して、なんか『合同レクリエーション』?の打ち合わせをするらしいので、覚えておいてください。
里沙  合同レクリエーション?
北村  んー……俺もよく分からないンだけど……堀江君と笠原さん、これ分かる?
辰也  ああ。一昨年くらいからやるようになった奴だね。
里沙  へえ。何すんの?
辰也  何か、神奈川県にこことは別にもうひとつ、アノミー病の隔離施設があるんだけど。
北村  おいおい。リハビリ施設だろ?
辰也  うるうせえな、無理して体の良い言い方をしなくたっていいだろう?どんなに取り繕おうとも、沈丁花荘は犯罪者予備軍を隔離するための体の良い刑務所なんだから。
里沙  ちょっと、そんな言い方しなくてもいいじゃない。
北村  はいはい。喧嘩しない。で、何をするわけ?
辰也  そこと一緒に出し物をしたりして、他の施設の人たちと交友を図るんだ。
北村  へえ、面白そうじゃん。
辰也  はあ?全然面白くねえっつの、去年なんか、俺と菫ちゃんしかいないから、すげえグッダグダだったからね。

   大きな笑い声を上げる北村。
   
辰也  何笑ってんだよ。
北村  そいつは大変だったな。でも(立ち上がる)今年は大丈夫だぜ。大貫さんもいるし、それに加えて俺様もいる。百人力さ。
里沙  えっ!先生も参加してくれんの?
北村  あたぼーよ

   北村は舞台中央に立ち、辰也里沙菫の方を向く。

北村   俺はアノミー病患者を一人の人間として真っ正面から向き合える心を持った職員だ。今は違うかもしれないけど、いつかはそうなりたいと思っている。いいか、病気なら治るんだ。辰也、里沙、菫!おまえ達を社会の不穏分子だと定義した要因もただの個性だと言える時が必ず来る。俺はおまえ達を信じるよ。まあ、今はただの生意気なガキだけどな。
    
   里沙と辰也が北村の足元に抱きつく。
   
里沙  北村先生が担当職員で良かった。最後の一言は余計だったけど。
辰也  オレ、先生に一生ついていくぜ。最後の一言は余計だったけど。
北村  はははっ(笑い)そうかそうか……さぁて、俺様の可愛い生徒たちよ。

   北村は上手側を指差して叫ぶ。
   
北村 あの夕陽に向かって走るぞ!

   辰也と里沙は同時に足を離れる。

里沙  いや、そういうのはいいかな。
辰也  北村先生、そう言う所、キモいと思うぜ。

   辰也と里沙は舞台をはける。

北村  え?ちょ、ちょっと、どこ行くの?

   北村は大きくため息をつく。
   北村は菫の方を見る。

北村  逃げられちゃった……。
菫   あはは……あの二人、自由だから。
北村  そういえば、菫とこうして腰を据えて話すのは初めてだ。
菫    あ、そういえばそうですね。
北村    菫はあまり、人と話すのが得意じゃないみたいだけど、ひょっとして辰也と里沙のこと、苦手?
菫   ち……違います!ただ……辰也君が言っていたじゃないですか、『沈丁花荘は犯罪者予備軍を隔離するための体の良い刑務所』だって。
北村  言ってたなぁ……。
菫   辰也君はあの言い回しを多用するんですけど、毎回あの話を聞く時、自分が悪者扱いをされているような気がするんです。
北村  まあ……確かにあまり良い言い方じゃないよな。
菫   うん。でも、辰也君だって、きっとここに来る前にいろいろあって傷ついてるんだと思います。
北村  そりゃあ、そうだろうな。ああ、もちろん、辰也を責めようなんて気は微塵も無いよ。

   菫はほっとしたような仕草を見せる。
   
菫   わたしも、アノミー病予備軍に指定された時、腫れ物みたいに扱われましたから。そこにいるだけで悪いみたいな言い方をされて、自分以外全員が敵に見えてきて、じゃあ、誰が一番悪いのかって考えると、やっぱり一番悪いのはわたし……みたいな感じで。
結局、アノミー病にかかったのはわたし自身の責任なんですよ。他人を思いやる気持ちが無いから、アノミー病なんかになっちゃうんです。

   少し間。

菫   だから、初めから誰とも関わらなきゃいい。火のないところに煙は立たないんだから。
里沙  ちょっと待ったぁ!

   里沙と辰也が舞台に入場する。
   里沙は菫の両手を取る。

北村  うわあ!おまえら、いったいいつからいたんだ。
辰也  逃げられちゃった……の辺りから。
北村  比較的序盤だな。
里沙   菫ちゃん!あたし達は絶対にあんたを腫れ物扱いなんかしないよ。
辰也   me too
里沙    悪人がなるべくして悪人になるってんなら、あたしは絶対にあんたを悪人呼ばわりなんかしない。そんな奴いたら、あたしがぶっこ……わしてやる!
辰也   me too。ん?しないしない。me tooしない。ぶっ壊さない。

   興奮している生徒達を制止する北村。

北村  ええと……俺はさ、別にアノミー病って訳じゃ無いから、笠原さんの気持ちを理解する事は難しいけれど、これからたっぷり時間をかけて理解しようと思う。
あと、誰が一番悪いのかって話が出たけれど、もしも笠原さんが一番悪かったとしても、それを自覚して、責任を感じている。それは簡単に出来る事じゃないよ。特に俺みたいな、なかなか自分の非を認めようとしない奴にはね。
    
   菫は何も言わない。
   
北村  ああ。あとね、『北村先生』ってのやめようぜ。『響先生』でいいから。フレンドリーに行こうぜ。
    
   少し間が空く。
   
菫   わかった。これからもよろしくね、響先生。
北村  ヨォーシ!じゃあ、この胸に(自分の胸を思い切り叩く)飛び込んでこい!

   静寂が訪れる。
   
辰也  だから響先生、そう言う所が……。
北村  キモいってんだろ?いよいよ自覚し始めたよ。

   北村は咳払いをして、腕時計のついていない右手を顔の前に持ってくる。
   
北村  おやおや。もう、こんな時間ですか。
菫   響先生、そっちに腕時計はないよ。

   北村は菫を一瞥する。
   右手を降ろし、左手を顔の前に持ってくる。
   北村は無駄に大声で言う。
   
北村  もう朗読の時間始まっちゃうんじゃ無いかなあ!?
菫   あっ、いけない。早く行かないと。
北村  うん。いってらっしゃい。
菫   はーい。また後でね。

   菫は舞台をはける。
   北村はその場に立ち尽くす。
   
北村  あーあ。恥ずかしい。

   筒丘と職員の佐藤が入ってくる。
   
筒丘  やあや、やあや、北村君。順調かね。
北村  ええ。絶好調ですよ。皆いい子ばかりで。ええと……(佐藤の方を向き)そちらの方は……。

   北村の視線に気付いた佐藤は自己紹介を始める。
   
佐藤  ああ。高齢者担当の佐藤です。以後、お見知りおきを。
北村  へえ。高齢者担当。大変じゃないんですか?
佐藤  大変ですよ。あまり大声では言えませんけどね、皆さん誰も彼もが脳みその腐った老害ばっかり。そんなんだからアノミー病なんかになってしまうんですよ。
    
   北村は佐藤に食って掛かる。
   
北村  ちょっと、アノミー病患者の方を侮蔑するような言い方は控えてください。彼らだって俺達と同じ人間なんだ。
    
   今にも佐藤に襲いかかりそうな北村を筒丘が抑える。
   
筒丘  北村君……ちょっといいかな。
北村  あ、すみません。
佐藤  いえ、いいですよ。じゃあ、私はこの後の仕事がございますので。

   と、言って佐藤は、はける。
   
筒丘  北村君。君は人に言われたことを真に受けてそのまま突っ走ってしまう所がある。それは決して悪いことでは無い。だが、物事には限度があるんだ。
    
   筒丘は北村に顔を近づけて言う。
   
筒丘  戻ってこれなくなるぞ。

   不穏な空気になり、舞台暗転。
  SE 時の流れを感じさせるもの。
   舞台が照らされる。
   里沙と辰也は出し物の話し合いをしている。
   菫はノートに何かを書いている。 
  
辰也   いやいや、里沙の案はダメだ。絶対ダメ。面白味が無い。平凡、人並み、ありきたり。
里沙  じゃあさ、辰也はいい案あるの?
辰也  ないよ。

   菫はノートに目を向けたまま言う。

菫   ないのに、あんなにひどくあたれるのすごいね。
辰也  ん?菫ちゃん、何書いてんの?

   菫は、はっとして、ノートを隠す。
   北村が舞台に入ってくる。

北村  ん?おまえ達、何やってんだ?
辰也  いや、菫ちゃんが何か隠してるんだよ。
菫   隠してないよ。
里沙  うっそだあ。ねえ、何隠してんの?里沙姐様に教えてよ〜。

   菫はようやく、重い口を開く。
   
菫   絵本。
里沙  絵本?だって、明らかにノートだったじゃん。
菫   ええと、わたしが自分で書いてるんだよ。

   びっくりする里沙と辰也。
   
辰也  ええー!マジで?スッゲー!
里沙  ちょっと見せて見せて見せて。

   里沙は菫からノートを奪う。
   里沙はノートを開き、辰也はそれを後ろから覗く。
   里沙はノートをパラパラとめくりながら聞く。
   
里沙  はえ〜すっごい。タイトルは?

   菫は恥ずかしそうに答える。
   
菫   ……『隅に咲く花』
里沙  はひー。なんか良さげ。んーとどれどれ?

   里沙と辰也は『隅花』を読む。
   
里沙  ふんふん、なるほど。えっ!?うんあん、うそっ、え、そこからどうなるの!?あ、あ、あ、あー!……ふぅ……なるほど。
菫   そんなスペクタルだったかな。
    
   そこまで読んだ所で里沙は菫に向かって言う。
   
里沙  良い!良い!良いよこれ!
菫   うん、ありがとう。

   北村が後ろからひょいとノートを摘まみ上げる。

北村  何何?もしかして、絵本作家とか目指してんの?

   菫は頷く。
   
里沙  行ける行ける行けるって!いやあ……菫ちゃんにこんな才能があるとは……。つーか、これも普通に商業用として使えるよな……そうだ!
菫   どうしたの?
里沙  今度の合同レクリエーション、これを皆で朗読するってのはどうですか?
北村  nice idea!

   ハイタッチをする理沙と北村。

北村  菫〜。マジでありがとう!
菫   うん。どういたしまして。
辰也    今年の合同レクリエーションのMVPは菫ちゃんだな。よし、皆で胴上げしようぜ。

   菫の周りに群がる三人。
   静寂が訪れる。

理沙   ……三人で胴上げはキツくない?
辰也   確かに。死ぬな、こりゃ。
北村   特に菫が。
菫    円陣組むぐらいにしようよ。
辰也  そうだな。

   北村・辰也・理沙・菫の四人は円陣を組む。

北村  ヨォオオオシ!皆で大賞取るぞ!
三人  オオオオオオオオ!
辰也  そんなの無いけどな!

   舞台暗転。
   場所は職員達の部屋。
   舞台が照らされる。
   北村だけがいる。
   職務を終えた職員達が次々と入ってくる。
   
北村  お疲れ様です。
室谷  おつかれさん。

   筒丘が北村の元に来る。
   
筒丘  はてさて、北村君が来て一ヶ月になるけど、職場には慣れたかい?
北村  はい。これも皆、筒丘さんを始めとする職員の皆様のおかげです。ありがとうございました。
佐藤  夜勤の人たち以外はこれで上がるけど、北村君はどうするの?
北村  ああ。少しやることが残っているので、皆さん、お先にどうぞ
室谷  真面目だねえ。

   北村と筒丘と室谷は笑う。
   
佐藤  じゃあ、戸締まりお願いね。
  
   佐藤は北村に鍵を渡す。
   
北村  はい。

   筒丘、室谷、佐藤は帰る支度を始める。

筒丘  北村君、北村君よ。患者の皆さんとは上手くやっているのかい?
北村  ええ。まあ、皆、いい子達ですよ。変な奴ばっかだけど。てゆうか、彼らを病気だって言う事がナンセンスだと俺は思うんですよね。
筒丘  何?
北村  だから、アノミー病とかそういうの無しで、皆普通に暮らせる事が出来たら最高なのに。そう思いませんか?
    
   不穏な空気。
   ホリは赤っぽい感じの色に。
   筒丘は後悔しているような言い方で言う。
   
筒丘  北村君。言ったじゃないか。戻ってこれなくなると。

   筒丘や佐藤、室谷は北村から距離を置く。
   
北村  え?筒丘さん?おっしゃっている意味が良く……。

   筒丘、佐藤、室谷は諭すように言う。
   
筒丘  いいかい、北村君。人というのはひとつの独立した生命体ではないんだ。
佐藤  何千何万何億人と集まって、ようやくひとつの生命体となるのよ。
室谷  いわば、人とは生物の中の細胞。
佐藤  ひとつひとつが各々の役割を持ち、
室谷  社会という生命を維持しているんだ。
筒丘  しかし、中には決められた働きをしようとしない癌細胞がいる。
全員  それがアノミー病。
佐藤  我々はその癌細胞を、
室谷  正常な働きをする細胞に変える義務がある。

   北村は叫ぶ。
   
北村  じゃあ、治る見込みが見られない時はどうするんだ?

   北村の質問に佐藤は淡々と答える。
   
佐藤  確かに、すべての癌細胞が元に戻るとは限らないわ。
室谷  では、その癌細胞を我々はどうするべきか。
佐藤  他の正常な細胞に危害を加える前に、
全員  排除する。
筒丘  しかし、我々には法律という、しがらみがある。
室谷  だから、リハビリや特別保護といった、
佐藤  大義名分を掲げ癌細胞の動きを、
筒丘  抑制するんだ。
全員  生涯を通して。

   北村はその場に崩れ落ちる。
   
北村  あんた達はそれが正しいと思っているのか?常識の逸脱者を塀の中に閉じ込めておくことが。
室谷さん。あんた、言いましたよね?この仕事で大事なのは相手を信じることだって。
俺は言われた通りにした。俺は彼らを信じると決めた。彼らの未来の可能性を。
そんな彼らを塀の中に閉じ込めておくこと。それは未来の可能性を殺すことに他ならないんだ!

   筒丘は北村に歩み寄る。
   他の職員たちは舞台をはける。

筒丘   北村くん。確かにそうかもしれない。だが、その可能性とやらは、将来、社会に不安と混乱を招く恐れがある不穏分子でもあるんだ。
北村  そんな訳ない。
筒丘   そんな訳あるんだよ。仕事も私生活も充実した人間が盗みを働くか?殺人を犯すか?しないだろう。なぜなら、犯罪者とは社会のはぐれものがなるべくしてなるものなのだから。
北村  そんなの、問題の単純化だ。例外はいくらでもある。
筒丘  確かにそうだろう。だが、事前に抑えておくことに越したことはない。それに、君の生徒たちはその例外じゃないという保証はどこにあるのかね?
堀江辰也は協調性の無い糞餓鬼だ。大貫里沙は喧嘩っ早い独善者だ。笠原菫は俗に言うコミュニケーション障害という奴だろう。他者との関わりを持たないものは必ず常軌を逸したことをする。
北村   辰也は、ユーモラスな奴だ。皆を笑顔にしてくれる。里沙は確かに喧嘩っ早いけど、曲がったことが大嫌いなだけだ。菫は今まさに他者に心を開こうとしている。それにあいつには他には無い才能があるんだ。
一個人の一面だけを見て、気狂いみたいに言うんじゃねえ!
筒丘   ほう!気狂いみたいに言うな、とな?なら、北村くん、いいことを教えてあげよう。気狂い扱いされるのは気狂いだけなんだ。

   生徒ABと佐藤、室谷が舞台に入場する。
   生徒A以外は白い面をつけている。

筒丘   その思考が、行動が、存在が、社会にとって邪魔だから、そういう扱いを受けるんだよ。いいかい、北村くん。社会とは先人たちの知恵と勇気と努力、そして幾多の屍の上に成り立っているんだ。さあ、見たまえ。

   白い面の集団は舞台後方に座り込む。
  BGM 感動的な曲
   白い面の集団はおいおいと涙を拭う動作をする。
   しかし、生徒Aは戸惑うばかりで泣く様子はない。

筒丘   彼らは映画を見ているんだ。映画鑑賞の時間があったろう?その意味が今にわかるよ。

   感動的な曲が一番盛り上がる部分に差しかかる。

筒丘   さあ、クライマックスだ。

   生徒Aは表情を変えずに静かに涙を拭う。
   やがて、涙を拭うペースは速くなり、ついには顔全体を手で覆ってしまう。

筒丘   あそこにいる人々は皆一つの方向を向いて感動している。あれこそが我々が望む世界だ。
北村くん。わかっただろう?彼はアノミー病が治ったんだ。

   生徒Aは周囲の白い面の集団から白い面を受け取り、身につける。

筒丘   人類が誕生し、役七百万年。先人達が願ってやまなかったのは、悠久の安寧だ。
幾度となくバトンタッチを繰り返してきて、ついにゴールが見えてきたんだ。
やがて七十億人がひとつになる。七十億人が同じ方向を向いて、七十億人が同じことに感動するんだ!
さあ、北村くん。君は選ばなくてはならない。我々と共に社会の安寧を守る防人となるか、得てして社会の理から外れようとする知恵遅れの白痴となるか。

   筒丘は北村に顔を近づける。

筒丘  選べ。

  BGM 打楽器が一定のリズムを刻んでいる。
   北村はたっぷり間を開けて答える。

北村  俺は、考えを変えない。俺はあいつらを信じる。間違ってるのはあんた達の方だ。
筒丘  そうか。それもいいだろう。

   筒丘は北村から背を向け、舞台から立ち去ろうとする。

筒丘  すまない、北村くん。これは私たちの責任でもあるんだ。
なにせ、君の心はとても綺麗だから。美しく透き通った水槽の中に小さな泥の塊が落ちればすぐに濁ってしまうように、君もあちら側にけがされてしまったのだろう。だから、わかってくれ。北村くん、君はアノミー病だ。

   舞台には北村が一人。
   北村が語り始めると同時に里沙、辰也、そして菫が舞台に入場する。

北村  これは病気だ。重度のアレルギー症状だ。筒丘さん、あんたは何もわかってないよ。人間が悠久の安寧を求めて進化し続けてきたのは変化を恐れなかったからだ。
いいや、きっと筒丘さんもわかっていたに違いない。手にしかけた安寧を決して手放したくなかったんだ。だから、不穏分子になり得る可能性を抑制すると決めた。
    (背後にいる生徒達に語りかけるように)すまない。俺は何もできなかった。
辰也  響先生。あんたは言ったよな。病気なら治るって。
里沙  なら、こんなことおかしいって、いつかきっと気づいてくれる。
菫   響先生が、わたし達のはぐれ者たる所以を個性だと肯定してくれたように。
辰也  人間が悠久の安寧を求めて進化してきたように。
里沙  だから、今あたし達にできることは一つだけ。
菫   それは信じること。

   菫は北村の元に駆け寄る。

菫   響先生。沈丁花の花言葉は知ってる?栄光不滅永遠。筒丘さんがここを沈丁花荘って名付けたのは、栄光を手にする為に諦めないぞっていう気持ちがあったからだと思うんだ。
だから、信じよう。今はそれしかできないよ。可能性を殺すのが人間なら、可能性を生かすのも人間なんだ。
北村  信じるしかないのか……俺たちの声が届くその時まで。

   幕が下りる。
   カーテンコールは北村、辰也、里沙、菫以外のキャストで行う。
   カーテンコールが終わるまで、打楽器のBGMは止まない。
    了

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