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教皇フラグ[前編]

あらすじ

生まれた時から特異体質をもって生まれた少年は、老若男女問わず人を洗脳してしまう能力を持っていた。人と深く関ることも許されず、友人を作ることもできず、人と違うことの意味を探す日々。
果たして彼の恋は成就するのか。
少年の青春奇譚が始まる。


第一章

物心ついた時から、
自分が他の人とは少し違うこと、
違うというよりも、奇妙なことに気がついていた。

それを確信したのは、小学4年生のころ。

小4といえば、ちょうど世の中の流行りや、男と女という性別の違いを理解し始めて、クラスでは誰々が誰々を好きだのゴシップネタが蔓延しがちな年頃だった。

例に漏れず、おれにも気になる子がいた。
同じクラスメイトだが、それほど話をした覚えはない。
ただ、関わりのないという事実が、秘匿性というミステリアスで物知りたい欲求を刺激して、それはいつしか好意に変わった。

彼女はユミちゃんと言った。
小動物のようにか細くて、いかにも守ってあげたい象徴のような女の子だった。

そんな彼女と絶対に一緒になれる行事が学校にはあった。
掃除当番だ。
当時は、座席の列ごとに掃除当番が決まっていたため、幸運にも彼女と同じ列に座っていた俺は彼女と近づける機会を得たのだった。
彼女と一緒に掃除をしながら、少しずつ距離を詰めていく。
時にそれとなく、「めんどうだなぁ。」とかこぼしながら、「そう思わない?」などと、彼女に意見を求めては近づこうとていた。
内心は、早く掃除の時間が来いと願ってやまなかったくせに。

事件は、その掃除の時間に起きた。
いつもどおり、掃除をしながら、それとなく彼女に近づいていく。

突然、閉め切っていたはずの教室のドアがバタンと音を立てて開いた。
おれもユミちゃんもその破裂音に近い突然の騒音に驚いて、肩が上がった。

中に入ってきたのは、学年イチ大柄で、ガキ大将みたいな風貌をした隣の生徒だった。

彼は、教室に入るやいなや、あたりを見渡してから狙いを定め、俺に向かって真っ直ぐに突進してきた。

まだ片付け途中だった机やら椅子やらが崩れていくのもお構いなく、おれの方にグウッと太い大根のような腕を伸ばしてきた。

「ユミちゃんに馴れ馴れしく近づくんじゃねぇよ!!」

そう叫んで、おれの胸ぐらを掴み、積まれた机の方にぶん投げた。

ゴゴンッ。

鈍い音が教室に響いた。
後頭部がズキンと痛んで、視界はサイケデリックに回る。焦点が定まらない。
まるで、右目と左目が別の生き物として動き回っているかのようだった。

「お前がユミちゃんのことを好きなのも、掃除の時間にちょくちょく近づこうとしてるのも学年中から聞こえてきてんだよ!!」

彼はツバを散らしながら叫んだ。

そう言われて、なぜか脳だけはスッキリと冷静に機能した。
視界は依然としてフラフラしていたけれど、それよりも自分のひた隠しにしていた好意が学年中に響いていたことがあまりにも恥ずかしくて、意識が遠のくどころか鮮明になっていった。

身体中が恥ずかしさと痛みで燃えるように熱くなる。

オレはぶつかった机の端をなんとか掴んで立ち上がった。

ガキ大将は、フーフーと煙が出るような勢いで鼻息を荒げている。

おれは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
そして、学年中に響き渡るような大声で叫んだ。

「だれがこんなブス好きなもんか!掃除の時間にひとりなのが、可哀想だから付き合ってただけだわ!!」

教室の空気が震える音が聞こえるほど、あたりは静かになった。、

プツン。

たぶん、自分にだけその音は聞こえた気がする。

「あぁ・・・。あぁ・・・。」

喉が渇ききって干からびたような声をあげながら涙を浮かべたガキ大将と、白んだ目をしたユミちゃんがこちらを見ていた。

言いすぎた。と思って、おれは「い、いまのは違う」と口に出した瞬間、彼らはおれの前にひざまづいて、頭を埃が残る床に擦り付けた。

先に口を開いたのは、ガキ大将だった。
「ももも申し訳ございません。私めは、なんと酷いことをしてしまったのでしょうか!なんと愚かなことを!!どうか私めに同じ、いやそれ以上に何十倍も厳しい仕打ちをお与えください!」

「あぁ、この愚体がいけないのです、こんな、こんな・・・」

彼は難しい言葉を並べて、自分の頭を何度も床にぶつけて、額から血を噴き出していた。
そんな様子を釘付けになって見ていると、その隣にいたユミちゃんが目をトロトロにして這い寄ってきた。

「そうですよね、私なんか貴方様には全くもって相応しくありません。あぁ、そんな簡単なこともわからず、気づかせて頂いた御礼をどのようにしてお返しすれば良いでしょうか?なんなりと、この汚く醜い私に命令をくださいませ。」

まわりのクラスメイトは、ドン引きしていた。そんな渦中のオレも、一体なにが起きているかもわからず、「いや、もうやめてよ。」「頭をあげて、もう大丈夫だから。」と声をかけるのだが、彼らは一切取り合わない。
まるでオレが主人であるかのように、姿勢を低く構え卑屈がエスカレートしていった。

結局、担任の先生が騒ぎを聞きつけ、どうにか彼らの頭を床から剥がし、俺は一旦保健室へ、彼らは別の部屋に連行された。

しばらく呆然としたまま天井を見上げていた。

保健室のベッドで横たわっていると、先生が両親を連れてやってきた。

「ひとまず今日のところは、帰ってゆっくり休んでね。頭の傷も心配だから、ちゃんとお医者さんに診てもらうようにね。」

先生はことの真相を聞くこともなく、優しい口調でそう言って退席した。

母は、ベッドの横に置いてあった丸椅子に腰掛けて、おれの後頭部を覗き込んだ。

「少し切れてるね・・・。」

頭を撫でた後に、「帰ろっか。」と言った母の手は、震えていた。
父はおれを支えるように起こしてくれて、両親に連れられて保健室を出た。

窓から差し込む夕焼けが恐ろしいほどに煌々と光っていた。

第二章

翌日、俺は両親に連れられて大学病院で検査を受けた。

念密に、入念に、色んな機械に身体を通して、お昼を挟んでも検査は続いた。

怪我をしたところの検査だけじゃないな。と幼心ながら勘づいた。

ひと通りの検査を終えると、父は、
「久しぶりに家族旅行にでも行こうか。」と不自然に言った。

それから、暫く学校を休んで、家族揃って遠出した。

滅多に仕事を休まない父が連休をとってまで、家族旅行に出かけるのは余程のことだった。

病院から電話がかかってきたのは、家族でキャンプをしている夜だった。

父は、話し声が聞こえないように席を外し、母はそんな父を心配そうに見つめていたせいで、ソーセージを焦がしてしまった。

キャンプの翌日には、再度大学病院へ連れてかれ、そこで診断結果の報告を受けた。

仰々しくだだっ広い会議室のくせに、やけにじめっとしていた。

「検査へのご協力有難うございました。短兵急に結論を急かしても良くないので、順を追ってご説明します。」

どうぞどうぞと、おれと両親に腰掛けるように勧めてから、その先生はゆっくりと話し始めた。

「まず、息子さんが遭遇した、あるいは引き起こした当該の件については、世界中を探しても症例がありませんでした。」

敢えて回りくどく難しい話し方にしたのは、恐らくおれに気を遣ったのだろう。

「しかしながら、息子さんの精密検査の結果、ひとつの推論に辿り着きました。」

そこで、医師は一旦話をきって、両親のほうに目をギョロリと動かした。

「まだ断定ができません。しかしながら、そういった状況を発生させてしまう素養を息子さんはお持ちであると言えるでしょう。」

そう言って、先生は手のひらをこちらに見せるような手振りをした。

「先生、そういった状況と言うのをもっと分かりやすく教えてくれませんか?」
母は苛立ちを抑えられず、結論を急かした。

「そうですね。簡単に言えば、洗脳状態を作り出すと言えばわかりやすいでしょうか?」

先生は、そう言うや否や、いくつかのデータを会議室の壁に投影してみせた。

「息子さんの声帯をグラフにしてみたところ、人を夢見心地にさせる倍音成分が一般的な人よりも多く含んでいることが伺えます。さらに・・・。」

エビデンスとなる資料を次々に投影しては、唾液に含まれる成分やら、手相がどうとか、これまでの医学的統計データやら、胡散臭いものまで取り出して、ペラペラと喋ってみせた。

被害者?となったガキ大将とユミちゃんのMRI検査も実施したとかで、先生はこの線を確信している様子だった。

「仮に名付けるなら、突発性EN教皇シンドロームでしょうか。世界でも初めての症例ですので、定期的に検査をすることは必要でしょう。」

科学的な立証データを持ち出せば持ち出すほど、胡散臭さが増して、おれは後半の話は聞きもせず指遊びをしていた。

「先生、原因について色々と話をしてくれてありがとう。ですが、肝心のどうすればそうなることを防げるのか教えてもらえますか?」

父は理解を示すような素振りを見せながら、母の気持ちを察知して先生に尋ねた。

両親は、半信半疑ながら我が子の身に降りかかるその奇病への対処法を知りたがった。

先生は、その質問に対して、先の饒舌さから一転して、押し黙り資料を読み返しながら目を泳がせた。

「えー、これはあくまでも憶測に過ぎないのですが、中学を卒業すれば発症しないのではないかと。」

「と言うと?」

「つまり、今は複合的な要因が全て揃った状態、いわば完全な洗脳体質だからこそ、他人に影響を及ぼしているのだと推察します。例えば、この特質性がひとつでも失われれば、発症はしないだろうと。」

先生はとても回りくどい言い方をしていて、父は先生の言わんとしていることを理解した。

「もしかして、声変わりですか?」

先生は深くゆっくり頷いた。

「じゃあ、この子はそれまでに、また他の子を傷つける可能性があるって言うんですか!?なんの対処法もないと!?」

母はいても立ってもいられずに声を荒げた。

「いまのところは、症例もなく、その点についてはお力添えできず、すみません。」

「ただ、ひとつ未然に防ぐという意味で言うならば、人と深い関わりを持たないようにするということでしょうか。」

「具体的に?」

「例えば、クラスメイトを好きになったり好かれたり、目立つような行為をしない等。」

父も母も一斉におれの方に目を向けた。
なんだか凄く悪いことをしたようで、無垢な恋心が大人にバレてしまったようなバツの悪さを感じて、おれは顔が熱くなった。

「べ、べつに、目立つようなことなんかしてないよ!」

好きという言葉は、小学四年生にとってはまだ得体の知れない、知ってはいけない恥ずかしさの塊のようなものだった。

結局、具体的な解決策はわからないまま、ひとまず帰宅することとなった。

病院から自宅へ帰る道中、車内は静まり返り、ラジオから流れる落語混じりのCMが耳について、余計にイラつかせた。

それから、数日が経ったある日、家族会議が開かれて、おれと両親の間で約束というかあるルールを決めた。

①病気のことは他言しないこと。
②相手が嫌なことを言ってきても否定しないこと。
③怪しいと感じたら絶対に逃げること。

両親は、普通に過ごして欲しいと思っていたに違いない。本当なら友達を作るなとか、無口になれとか、そう言いたいことを我慢して、誠心誠意おれに寄り添ってくれたと思う。

それでも、イラッとして何か言い返したりすることだってあると思う。だって、小学生なんだから、やりたいことと出来ないことの数がほとんど同じぐらいの年齢からしたら、難しいに決まっている。

それでも、おれは両親の気持ちも汲んで、ちゃんと言いつけを守って過ごしてきた。

あのルールから、6年経ってなんの問題も起こさず、深い友人も作らず、無事に声変わりもして、中学を卒業した。

そりゃ、ルールの弊害としては、思春期の悩みを打ち明ける深い友人を持つことはできなかったし、遊びに誘われてもあまり多くは出向かなかったりしたから、中学の思い出は人よりも少ないと思う。

でも、そんな苦労からようやく解放されて、高校生として、いわゆる青春というやつを味わえる。そう思えば、心が軽くなった。

定期的に通っていた大学病院からも、声質にヒプノボイス(洗脳声質)的要素は見当たらないと診断を受け、ようやく普通の高校生として暮らしていけるんだと実感が湧いた。

だからこそ、高校は、あえて地元から少し離れた場所を選んで受験した。(本当の意味で高校デビューだったのだが、病気のことを知らない知人に知れたら恥ずかしいと思ったから。)

高校に入学すると、他のクラスメイトもイチからの交友関係に戸惑っているように見えて、少し安堵した。

これまで我慢していた分、かえって自分から声をかけることができたし、何より今までできなかった事ができる嬉しさが慣れない環境の緊張を吹き飛ばしていた。

高校生活は順調にスタートした。
すべてが新鮮で、クラスメイトとも打ち解けて、毎日が充実していた。
それから、半年が経って、小学校以来、好きな人もできた。

同じクラスメイトで、幼少期から茶道に打ち込んでいる清純な女の子だった。名前は佐藤あかりさんと言った。

好みのタイプは、昔から変わっていなかったらしく、お淑やかで可愛らしい女の子だった。

これまで我慢してきた鎖がすべて断ち切れたかのように、おれは彼女に猛アタックしていった。
ただし、時間はかけて、ゆっくりと。
周りの友人たちも凄くいい奴等で、そんなおれを茶化す訳でもなく、本気で応援してくれていた。

そんな友人の協力の甲斐もあって、彼女との距離は次第に近づいていって、初めてデートに出かける約束まで取り付けた。

年柄でもなく、その前日はスキップして家まで帰り、帰ってからもにやけ顔が収まらなかったのか、母からは「もう少しシャンとしないとフラれるわよ」と釘を刺された。

デートの日がやってきて、おれはもう既に勝ったような気になっていた。
つまり、もう付き合っている気分に浸っていたのだ。

これまでに、女の子とふたりで出かける事ができなかった自分にとって、デートと言うのは、それだけで神聖で尊いものだと思っていたのだった。

第三章

*物語は、音楽に続く。

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