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30年後の冒険生活

この6月は引越しで忙しくて忘れていたけれど、振り返って書かねばと思っていたことを書く。

1

少し自分語りをしなくてはならない。

 初めて関西に来たのはいつだったろうか。
1993年の3月、20歳、大学3年生だった。
京都、神戸、大阪を旅した。当時神戸三宮に母の知人がいたのだ。
京都では寺社を中心に回った。

 同じ年の6月に、卵巣嚢腫という病気をした。両方の卵巣に大きめの腫瘍ができた。即日入院とはならず、現在の天皇陛下が皇太子であった頃の成婚記念パレード(6月9日)を、疼痛を抱えながら下宿先の狭い6畳で横になりながら見ていた記憶がある。

 手術日は忘れてしまった。
多分6月23日だったと思う。

 手術が終わってホルモン剤を飲んだ。いわば人工的に生理をなくすので、気分の落ち込みはそれはそれはひどいものだった。毎日が憂鬱で体重も恐ろしく増えた。
 その後運の悪いことに、就職して一年目に卵巣周りの病気が再発し、卵巣は摘出した。
完全に閉経したのは30代の初めである。
2度の手術と閉経によって擬似更年期障害のようなものを3回経験することになった。

 最初の手術をした私は、かわいそうなくらい落ち込んでいた。
何せ一番美しい時期であろう20代の初めに、腹に大きな手術痕が残ったのだ。

 口の悪い人は「もう嫁にもいけないだろう」とも言った。「子のない未来はかわいそうだね」とも言われた。

 何かにつけて、自分が「傷モノになったのだ」ということを恥じていたように思う。大学3年の1年間は、手術の傷の痛みと精神的な痛みに苦しんだ。今考えてみれば、ちゃんと精神科の世話になった方が良かったのではないか。


 自分が病気をしたことで、つまり「傷モノになった」と思い込んだことで、できなかったことがたくさんある。

 例えば若い頃の冒険。
  遠方への旅行や、恋や、大きな公募展への挑戦や、個展や発表などだ。
これをしなかったことに対しては今も本当に後悔をしている。

 4年生に上がる頃に美術史と彫刻科のゼミで「イタリアに美術館への研修旅行をするので、他学科でも行きたい学生がいれば同行されたし」という楽しげなツアーが企画された。私はとても行きたかったのだが、「手術したばかりで体調が悪い」だの、「気分が乗らない」だの、「卒業制作で金がかかるから貯金をしなければ」だの、「弟が受験だから」だの、と言って、結局は行かなかった。


「傷モノだと思い込んでしまう」メンタリティというのは大変に厄介である
自分でもそんなことで卑下してはいけない、ということは理屈ではわかる。
しかし、なかなか止められない。
 おそらくホルモンのせいで、動物的なことろに根源があるのだと思う。

 2007年に、アメリカで4ヶ月暮らす事になった時もそうだ。
英語がわからないから、話せないから、時差ぼけでだるいから、直前までの仕事がきつくて疲れが取れないから、などと、うだうだ言って、4ヶ月のうち最初の1ヶ月はなんとなく引きこもっていたような気がする。

 とはいえ、結果的には、アメリカ暮らしはまあまあ冒険だった。
滞在2日目からは車も運転したしスケッチだけは続けた。誰にも見せていないけど。

 英語があまり話せなくても私がノートに絵を描けば、「ここに行きたい」が伝わる。そうか、「できなくても、自分でできることを工夫すればなんとかなる」のかもしれない。

 当地にはいろんな人がいた。移民として働きにきた人、学生、駐在、中には難民としてやむなく国を離れた人もいた。その中には当然ながらいろいろな環境や背景がある。
まあ、いずれ、その人なりに、なんとかなる(する)しかないのだ。



2

時間を経て思うことは、今後何かを選択するとき過去に抱いたような後悔の数を減らす、ということに尽きる。
 京都に引っ越すことも、正直面倒だしお金もかかった。仕事も辞めねばなかったし、単身赴任だって良かったのだ。
でも、知らない場所で暮らすのは代え難い冒険になると思う。

 「もう嫁にもいけないだろう」「子のない未来はかわいそうだね」と、若いわたしに放たれた言葉は呪いの言葉であったとともに、「自分の新たな指針を作るべきだ」と教える言葉でもあったのだ。

 その言葉をエネルギーに、私は生きているのだと思う。

 子のない未来ではあるが今のところとても快適だ。
 多分今の私だけを見る人の多くは「いつも楽しそうで、羨ましい。」と言う。
「引きが強い」とも言われる。

そりゃそうだ。20代ー30代で地獄のような時間を耐えたのだ。あんな時間を過ごすくらいなら楽しいことをした方がいいに決まっている。

京都の引越しの6月下旬、段ボールの荷造りをしながら、20歳の頃の私を思った。

「若いって、視野が狭いんだな」、と思うと同時に、世界が終わったような気持ちでいた私を、今なら抱きしめてあげられる、と思った。


今は、冒険の勇者だ。

旅先で死んでもいいから、毎日後悔をしないで生きたい。貯金崩しても大切だと思えることをしたい。



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