フラメンコショーを見て考えてること

志摩スペイン村パルケエスパーニャ

今作のフラメンコショーこと『Clásicos』のおかげで
思うことがいっぱいある( ˇωˇ )

良い意味でね!!


今はもう令和の時代で、昭和も平成も終わった
良いところは受け継ぐべきだけど、
悪いところは断つべきで、

それは性別の文化的差別とか、
イメージからくる決めつけ、
人種での差別、
厳しさ険しさだけの規則……

そういうの、もう、とっぱらおうよってハナシ。


男女では肉体的な構造に差があるから、フラメンコの衣装として、
女性はスカートのあの衣装、
男性は足が長く見える衣装とか、
そういう差は出てきてしまうけど

でもそれは、あくまで『芸術的観点』であって、
個人に押し付けたり決めつけたりするものじゃないなって


パルケのショー、今作ね、
キャラクターショーのフリオのシーンもそうだし、クラシコスの最後のシーンもそうだけど、
『雨のシーンを楽しんでる』のね

雨ってヤじゃん
ジメジメして、傘さすのは面倒で、
大人になればなるほど好きになれない天気だと思ってる

でもそういうのも、『全部楽しんじゃえ!』って肯定して、みんなで笑って前を向いて生きていく感じ
わたしはとっても好き( ˇωˇ )



わたしね、今日誕生日なんだけど
がっつり雨なのよね☔

雨なんて、普段のパルケなら
「パレードないとか最悪(´TωT`)」ってなってたんだけど、
今はなんか違って
これはこれでいいや! 雨だって楽しいもん!
と思えたのね、不思議と

それって、ショーからの『楽しい』ってイメージの刷り込みかなーとか、思ったり( ˙꒳​˙ ).。oO


フラメンコショー『クラシコス』は、
クラシックとフラメンコの垣根、
英語とスペイン語の境、
女性のみ男性のみが使う道具をなくして、
そして最後には男女で衣装が揃って、雨の中踊って笑ってる


みんな一緒に踊って笑えるの(●︎´▽︎`●︎)


大人なんだから涙なんてこらえる『べき』

女の子だから人形で遊ぶ『べき』

男性だから重いものを持つ『べき』

受験は戦争だからスパルタで頭に叩き込む『べき』


そんな『べき』は、

自分が勝手に「そういうものだ」と納得してしまった、

納得「させられて」育ってしまった、

過程に理由のない『べき』です。


「なんでダメなの?」と聞いた時

「そういうものなの!」「そういう場所なの!」と返ってくる方が

雨の日より、よっぽど、ヤです。

歯向かいたいわけじゃなくて、過程を省いた納得は、

差別の始まりだと思うから。



そういうのが、無くなる時代になればいいなぁ…


って、フラメンコショー見ながらジーンと感動しつつ考えてた( ˇωˇ )
すごく素敵で大好きな演出( ˇωˇ )︎💕︎


パルケエスパーニャの中では、

というか、テーマパークの中では、そういう無意識の差別ってまずほぼなくて(一般のゲストからの視線は除く)

自分が自分らしくいても大丈夫な場所なのね

これからは、外の世界もそうなればいいな( ˇωˇ )

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