#マシュマロ課題
窓の外を見たら、地面が濡れていた。
それが『透明』なら、ああ、雨でも降ったか、誰かが水打ちをしたのだろうと考える。黒い液体ならば、タールか何かだろう。緑なら、汚い川の防波堤でも決壊したのかもしれない。真っ青ならたぶん、空の色だ。大抵の色の液体では驚かない自信があった。
その俺が、窓の外を凝視した。
“濃い紫色”の液体で濡れた、茶色かったはずの砂利道を。
一瞬見るだけのつもりで頬杖から浮かせた顎が、半端な浮き方をしたまま硬直してしまった。
記憶へ『紫色の液体』と検索をかけるが、『紫キャベツの煮汁』しかヒットしなかった。
それも正しいが、今の正解ではないとだけはわかる。
紫キャベツの煮汁が、『窓から見える周囲一体』に広がるもんか。
「――多喜乃」
「はい……?」
先生に名指しされて、漸く我に返った。いけない。今日は日付からして俺が指名される日だ。
「聞いてたか?」
「……問二ですか?」
「もう問四だ」
「√11です」
「……途中式は?」
答える前に、もう一度窓の外をチラリと横目で盗み見してみたら――狸に化かされていたのだろうか、俺は。非現実的な色に染っていた景色は、何事も無かったようにいつも通りの色に戻っていた。
疲れ目か何かかもしれないな。
眉間をギュッと摘んでから、途中式を発表すると、先生は少し不満そうに「ん。いいでしょう」と言った。
再び頬杖をついた俺の椅子が蹴られたのは、それからすぐ。
「森明ッ!」
声は最大限潜めて、しかし隠し切れない高揚を含んだ声が、背後から聞こえた。返事の代わりに軽く後ろを振り向くと、背後の友人は目を見開いて窓の外を指差している。
野生の犬か何かがやってきたのだろうかと、首をまた百八十度回転させて、もう一度窓の外を見た。
――今し方付いたのであろう紫色の液体が、窓からドロリと滴っていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?