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ミシェル・オバマを「サル」~メディアを読まない医師・教師・町長 ~ヒューマン・バラク・オバマ第10回

2017/1/1


■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

 「ヒューマン・バラク・オバマ」シリーズの一環として、今回はミシェル・オバマの人生について書くつもりだった。ファーストレディとなる前は錚々たるビジネス・キャリアを築き、ホワイトハウス入り後は外交的でフレンドリーなキャラクターを披露し、数々の重要な社会貢献を行い、同時にファッション・アイコンにもなったミシェル。なにより夫バラク・オバマ大統領とこれ以上はないほどの見事なパートナーシップを発揮。ミシェルは万人に愛され、昨年の大統領選で米国史上初の女性大統領になると思われていたヒラリー・クリントンが破れるや、たちまち「ミシェルを次期大統領に!」の声が巻き起こった。

 それほどの人気を持つミシェルゆえに、逆にレイシストのターゲットになり続けている。大統領選後、ミシェルへの誹謗中傷事件が大きく報じられただけで4件ある。いずれもミシェルを黒人への典型的な差別表現である「サル」呼ばわりしたものだ。驚くべきは4件ともトランプのコアな支持層とされた貧しい労働者ではなく、団体幹部と町長、医師、政治家志望で教育委員会メンバーのビジネスパーソン、そして教師によって為されたという部分だ。大統領選中からトランプ支持者の多くが主流メディアを嫌い、偽ニュースに翻弄されたと報じられていたが、今回の4件はそれが高学歴者にも広がっていることを示す出来事なのである。

■「ヒールを履いたサル」

 ウェストバージニア州の小さな町、クレイ郡。昨年11月の大統領選直後、パメラ(パム)・テイラーという女性がフェイスブックに以下のコメントを書き込んだ。

「ホワイトハウスに上品で、美しくて、凛としたファーストレディを迎えることにワクワクする。ヒールを履いたサルを見るのにウンザリなのよ」

 テイラーは政府からの基金を郡内の高齢者と低所得者に配分するNPOの所長だった。この書き込みを見た同郡の町長、ビバリー・ウェイリングは「パム、よくぞ言ってくれた」とリプライした。

 たちまち大きな非難が巻き起こり、全米のメディアで報じられた。二人を解雇するためのオンライン署名は20万人を超えた。町長は即、辞任。テイラーはいったん停職となった後、12月に解雇された。二人とも謝罪コメントの中で「私はレイシストではない」と主張している。さらにテイラーは「脅迫を受け取った」、激しい批判は「私へのヘイトクライムだ」と語ったとも伝えられている。

 クレイ郡の人口は8,900人。白人が98%を占めている。黒人はわずか0.02%とあり、換算すると2人未満となる。

■「モンキー・フェイス」

 12月初頭、コロラド州の小児麻酔専門医ミシェル・ヘレンはフェイスブックでミシェル・オバマを称賛する書き込みを読んだ後、以下の書き込みを行った。

「サル顔で、ずさんな黒人英語!!! ホラ!!! (これを書いて)気分がいいけれど、私はレイシストじゃない!!」

 これも瞬く間に非難囂々となり、ヘレンはメディアに対して「“モンキー・フェイス”が侮辱的だとは思わなかった」と苦しい言い訳をしている。

 ヘレンは病院を解雇され、教鞭を取っていたデンバー・メディカル・スクールも学生からの苦情により解雇された。

■「ゴリラと洞穴で暮せ」

 カール・パラディノはニューヨーク州北西部のバッファローという都市の不動産業者であり、同市の教育委員会のメンバー。トランプの友人であり、昨年の大統領選ではニューヨーク州のトランプ選挙キャンペーン共同委員長を務めた人物だ。前回のニューヨーク州知事選に立候補もしているが、民主党の現職知事に破れている。

 パラディノはクリスマス直前に地元の週刊新聞社からメールによるアンケートを受け取り、以下の内容を返信した。

Q:2017年に起こって欲しいことは?

A:バラク・オバマがウシとヤってるところを見つかって狂牛病に罹ること。裁判の前に死に、国家への叛乱煽動と背信で有罪になり、ジハーディストの同房囚人に最初は善人と思われた後に首を切断されて一週間前に死に、牧草地に埋葬されたバレリー・ジャレットの隣りに埋められること。

※バレリー・ジャレットはホワイトハウス上級アドバイザーでオバマ大統領の親しい友人

Q:2017年にうっちゃってしまいたいことは?

A:ミシェル・オバマ。男に戻してジンバブエの奥地に放ったら、ゴリラのマキシーと洞穴で快適に暮らせるだろう。

 現在、パラディノは激しく非難されているが、今回の事件以前からレイシストとして知られる人物だけに当初は「これくらい、なんだ」という態度を取った。だが、教育委員会辞任要求の声が高まると、長文の謝罪文を出した。

 謝罪はあくまで「貧困のサイクルに捉えられたマイノリティの子どもたち」に向けられ、同時に自分がいかに貧者と子どもたちに尽くしているかを長々と綴っている。ミシェルとオバマ大統領への謝罪はなく、逆に「エリート集団」を率い、「アメリカの価値観に対する裏切り者」であるにもかかわらず、「主流のメディア」が称賛するため、自分が「ユーモア」で貶めたとある。

 「ユーモア」を込めたアンケート回答は友人たちにジョークとしてメールするつもりだったが、うっかり新聞社に返信してしまったと釈明にならない釈明をしている。さらに、この件で自分を非難する層を「今は進歩的な活動家と呼ばれている寄生虫」と表し、「トランプによる教育改革をせねばならない」ので、「教育委員会を辞任はしない」とある。最後は「私はもちろんレイシストではない」で締められている。

 長文であることを別にすると、思考があちこちに飛ぶ様が驚くほどトランプを思い起こさせる手紙だが、トランプ派の考えを知る手がかりになる。

 バッファローはニューヨーク州だが、工業が衰退した中西部エリアを指す“ラストベルト”に含まれる。1960年代以降に経済が急降下し、今では住人の3人に1人が貧困。衰退に伴い、白人が減ってマイノリティが増え、現在は白人46%、黒人39%、ヒスパニック11%、アジア系3%の比率。全米の人口25万人以上の都市の中ではマイアミ、クリーブランドに次いで3番目に貧しいとデータが出ている。パラディノが言うように「エリート」「主流派メディア」「プログレッシブ(進歩派)」が嫌われる土壌なのである。

 それでもパラディノの言葉を教育者にふさわしくないと考える住人は年末ギリギリまでパラディノの辞任要求デモを続けた。教育委員会は12月29日にパラディノに辞任を求める採決を行った。パラディノが辞任しない場合は州の教育庁に訴えるとのこと。

■「ファースト・チンパンジー」

 アーカンソー州の公立高校の科学教師、トレント・ベネットはクリスマス・イブに「ミシェル・オバマはアメリカのファースト・チンパンジー」とフェイスブックに書き込み、年内に解雇された。

 オバマを "Obummer" と綴っているのは、"bummer"(嫌なこと、不愉快なこと)との掛け合わせと思われる。そのコメントを批判されると、「あの嫌らしいチンパンジーと、ダンナのクモザルが永久に居なくなるのはいい気分だ」と返信。別の書き込みでは独立戦争時の英国に対する暴動(叛乱)と、近年の黒人への警察暴力から派生した暴動を比較している。

 「これらの暴動の違いは……1776年は課税と抑圧の象徴を打ち壊すことだった。(メディアによる伏せ字)なサルどもはゴロツキ(伏せ字)みたいに、それを略奪と窃盗の言い訳にしている。『オレがどれほど(伏せ字)なロクデナシか見てみろ』以外のメッセージはない」

 この教師が勤務していた高校はアーカンソー州ホットスプリング郡にある。人口3万人。人種構成は白人87%、黒人10%で、他の人種はほとんどいない。

■ニュースを読まない高学歴者

 黒人がいつまでたっても「サル」と呼ばれ続けることに驚きを隠せないが、これがアメリカの実態なのである。同様の差別は一般の黒人にも起こっているが、ミシェル・オバマのような成功者は「黒人のくせに」と妬みの対象となり、さらには大統領夫人という立場から「自国が黒人に統治された」ことへの激しい怒りが含まれる。

 それよりも驚かされるのは、全員大卒または院卒でまともな職に就いていながら、メディアに目を通していないことだ。大統領選直後にトランプ当選に興奮して「ヒールを履いたサル」と書いた団体幹部と町長の件を知っていれば、同じようにフェイスブックに「サル」の書き込みはしなかっただろう。高校教師はいまだに「オバマはケニア生まれ」とも書いていたという。オバマ=ケニア生まれ説を延々と唱えてきたトランプでさえ選挙戦終盤には嫌々ながらも「オバマはアメリカ人」と認めたが、それを知らなかったのか。または「選挙戦略上、仕方なく認めただけ」と思っているのか。医師は「リベラル」嫌悪も見せていた。狂牛病、斬首など身内のジョークとしても度の過ぎたことを書いたパラディノははっきりと「主流メディア」を嫌っていることを示している。

 極度の黒人差別主義者は保守派でもあり、「リベラル」な主流メディアを嫌って意図的に無視しているのである。しかし、上記の件は各地域のローカル・メディアも報じているはずだ。上記の5人はそれすら無視することにより自身の生活を破滅させてしまったわけだが、ことは個々の憎悪者に留まらない。教師や教授を含め、他者に強い影響力を持つ高学歴者が報道に目を通さない社会が出来上がりつつあるのだ。これまで以上に相手の人格や能力を鑑みず、肌の色によって見下すことが「普通」になる可能性がある。何をどう頑張っても「サル」と呼ばれるマイノリティは快復不可能なまでに傷付き、社会にも歪みが生じる。

 常に凛と背筋を伸ばし、その表情から強い精神力が伺いしれるミシェルにしても、度重なる暴言を聞き流がせているとは到底思えない。深く傷付いているに違いない。

 退任後のプランを聞かれたオバマ大統領が「妻を労う」ためにも一年間は自宅に留まって本を書くと言った理由はここにある。

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ヒューマン・バラク・オバマ

第1回:父親としてのオバマ大統領~「私はフェミニスト」
第2回:バラク・オバマは「黒人」なのか~人種ミックスの孤独
第3回:マイ・ブラザーズ・キーパー~黒人少年の未来のために
第4回:二重国籍疑惑の大統領候補たち~「生まれつきのアメリカ人」とは?
第5回:ドナルド・トランプを大統領にしてはいけない理由
第6回:大統領はクリスチャン~米国大統領選と宗教
第7回:不法滞在者となってしまった子どもたち~合法化の道を開いたオバマ、閉ざそうとするトランプ
第8回:不当長期刑のドラッグディーラー1,300人を恩赦~法の不平等を正す
第9回:マイ・ブラザーズ・キーパー~黒人少年の未来のために(全文掲載)

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