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保存用(文集投稿予定の小論文2題)

心の問題と豊かさ
 現代において、「豊かさ」というものの定義とは何であるだろうか。豊かさを二つの要素にわけると「精神的な豊かさ」と「物質的な豊かさ」に分けられることができると思う。では、精神的な豊かさと物質的な豊かさは違う概念なのであろうか。両者は一見違うようで実は似ている概念だと私は考えている。
 私は現代では精神的な豊かさも物質的な豊かさもお金で買えるようになっていると思う。しかしながらその反面で精神的な豊かさというのは現代社会では精神科疾患に代表されるような問題を生み出しているのではないだろうか。精神的な豊かさをお金により買うことは可能であるが、その反面において、精神的な疲れもまた顕著なものとなってきたのではないだろうか。その結果、逆に豊かさの弊害として人々の心の問題となって来たのではないだろうか。また、物質的な豊かさを追い求めるあまり、高度経済成長期以降、環境問題は深刻化していったのである。
 では、私たちはどのようにすればそれらの豊かさの弊害である、心の問題や環境問題を解決することができるであろうか。私たちの心の問題もまた環境問題と繋がっているのではないだろうか。例えば、私は淡路島に住んでいるが、淡路島にある成ヶ島という離島には大量のゴミが流れ着いている。人々が大量に廃棄したものが海の向こうから流れ着いているのである。私は漂流ゴミの問題というのは人々の心の問題であるのかも知れないと思った。そこで、人々の心の問題をうまく解決して環境問題の解決に繋げることのできる方法として、人々の環境問題に関して倫理的な側面を教育していくような機関が必要になっていっていると私は思う。環境問題を解決するのにあたり、人々の倫理的側面の充実は必要になってくるのではないだろうか。精神的な豊かさと物質的な豊かさを総合して考えるとき、心の問題と環境問題は繋がってくると思う。
 環境科学は総合的な学問である、それゆえ近代的な自然科学や社会経済的な側面だけでなく人間の心に対するアプローチもまた必要となるのである。(800字程度)

科学技術と環境問題
 哲学者デカルト以降の近代という時代は合理主義により自然を対象化することで自然を分析的に見るようになった時代であった。その結果として現代における自然科学や科学技術が発展してきたのである。そしてそれらの発展により、我々、人間の社会生活はより一層豊かなものになってきたのである。
 今日の環境問題とは私たちの社会生活が豊かになったが故に生じた負のパラダイムであることは言うまでもないが、それらをどのように解決していくかが今後の課題となっている。当然のことながら私たちの生産活動をやめてしまうことはできないので、現代的な生活を生きている中でどのようにして環境問題と向き合っていくかが焦点となってくるであろう。また、自然を対象と見なしていく近代自然科学の力も環境問題を解決していくためには重要になってくるのではないだろうか。人間はこれまでの自然を支配して開発していくことが善だという考え方を改めないといけない、その一方で自然を尊重し、自然と共に生きていくという考え方を持たなければならないが、一方で自然を対象とみなし、それを改善していくための自然科学的な方法論としての科学技術は重要であるのではないだろうか。自然環境とはすべての生物にとって共有されるものである。私たち人間もまた自然環境の中に含まれているものである。私たち人間を含めて考えた自然環境という理念の中でいかに近代自然科学や科学技術を活用していくかが今後の環境問題解決の方法となっていくのではないだろうか。すなわち、人間には科学技術の発展と共に自然とどのように向き合いそして共に生きていくための方法を考えていかなければならないのである。そこに共生の理念というものが生じると思う。
 自然との共生の理念を確かなものにして、それと共に自然環境を改善するための分析を行うことによりこれからの科学技術のあり方が決められてくるものと考えられるのである。(800字程度)

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