見出し画像

真夏の決戦

 今から20年前の平成16年8月の始め、私は夏休みを迎えていた、と同時に勝たねばならない試験もあった。兵庫県立大学環境人間学部編入学試験である。前回の長崎大学環境科学部の編入学試験では試験当日のミスが続きあえなく不合格となった。
そのため、今回の試験で合格を勝ち取らなければならない。帰省ついでということで地元の大学を受験することになったのである。
8月最初に関東からバスで三ノ宮まで来たときはさすが地元に帰ってきたという感覚がした。姫路の試験会場を下見してから淡路島に帰る。
8月2日、試験前日のこの日は近所の愛宕神社まで行って合格祈願をした、神様という概念がよくわかっていない二十歳の夏のことだった、周りはずっと緑でセミがうるさかった。ふと、子供の頃、ここで遊んだ懐かしさがよぎった。
夜になった、明日は試験だというのに夜更かししてカウントダウンTVを観ている。ほんとに試験をやる気があるのだろうか、織田信長は今川義元を奇襲する前日もやる気がないように振る舞っていたらしいが。
翌朝になった、平成16年8月3日、試験当日、早朝6時の淡路交通始発に乗る。
兵庫県立大学姫路新在家キャンパスに向かうため、西明石まで普通電車、西明石駅の売店で缶コーヒーを買って緊張をほぐす。西明石駅から姫路駅までは新快速電車で行った。姫路から路線バスを乗り、早朝8時代に兵庫県立大学前のバス停で降りて試験会場に到着した。
新緑の森の中のようなところだった。まず最初に受験番号を確認、受験者が18人と予想外の人数だった。推定合格者は2~3名と考えて勝ち目はなく無理だという感覚になった。
ちなみに自分は受験番号3番、とりあえず高倍率になりそうなので合格できないかもしれないとの趣旨を携帯電話で母親に伝えた。
試験時間までは時間があった、1人だけ受験生の短大生と見られる女の子がいた、受験番号1番の彼女は『読むだけ小論文』という参考書を読んでいた(ちなみに合格発表では彼女も合格したことが判明する)。
試験教室から外のベランダのようなとこで1人でいた、もはやここは真夏の森、近くに巨大な大木があり、すごい勢いでセミの声が聞こえる。
ふと用務員の男性が話しかけてきた、「おや、スーツ姿とは今日は入学試験かな、どこから来たのかい?」「淡路島です…」「ほう…淡路島とはなかなかいいとこじゃないか」
そうして用務員の男性と試験時間まで話した。
着々と受験生は集まってきて午前科目である英語の試験が行われる。受験番号が16、17、18番は欠席、いわゆる試合放棄か、さすがに番号が後ろだと受けにくる気力も萎える。受験者は15人!
そうしてついに午前科目試験開始!
まず、とりあえず問題冊子をめくる。
長文読解が4題、それぞれ、論文・通常文・説明文・日常会話文と把握、英作文は予想通り出題されていないからラッキーだ。この年の6月の英語検定2級の筆記試験は合格できているため、英語検定2級の実力なら英語はできるはずだ!
しかし、とにかく問題量が多い。
さっそく下線部を説明せよというのが出たがどうも思考力が必要な問題より知識で解ける問題を先に片付けないと制限時間までにクリアできない。一題目の長文は医療系の論文なので内容は難しい。専門用語のような箇所にも線があり日本語で何という意味か答えよとある。もちろん、受験者が知らない単語の意味なのでこういう問題には次のパラグラフあたりを見て意味がわかるようになっている。
答えは骨粗鬆症だと思うが、漢字で全部書けるような字ではなかった。
二題目の長文は兵庫県立大学学生の留学での志望理由書だった、内容は一般文だったから読み取りはしやすいがとにかく長い。
三題目はTOEIC型の出題、内容はインターネットについてで簡単だったので読めばすぐ理解できた。ただ、問題はおかしかった、明らかに本文そのまま写しの設問がある。編入試験なんて怪しいって時代だったから手抜き問題もおかしくはない。解答番号がABCABCと何故か異様に秩序のある答えになってしまった、じゃ、最後くらいAじゃない番号が来るはずがA以外に適切なのがなかった。
四題目は看護師と患者との会話文だった、dignosis(診察)みたいな医療単語があった以外は普通の会話の穴埋めとみえる。
最後の問題がthank you.
you are ( ).で、えっ?となった。
welcomeが空欄には入るだろうと推測できるけど、それはそれで簡単すぎである。
何がともあれ時間以内の試験の全解答はできた。
内容的には正解率は7割程度あると思った。
試験終了で周りを見たら意外と白紙の箇所がある受験者が目立った。
とにかく数が多い問題は判断力が大事、できない問題は後回しにしなきゃ制限時間オーバーする。
今回は最初から順に難易度を下げていって受験者の試験における判断力を試したか。
昼休みを挟んで午後の試験に移る。
午後の試験は小論文、英語はできても小論文はやはり苦手な感じがした。
昼休みは茶髪の女子大生が二人、座って何か食べているのを見かけた。
ここの学生も不良みたいな子が多いのかなとか思った。
とりあえず、弁当を食べて図書館に行った。図書館で赤本があったので過去の一般入試の小論文の試験から何かヒントが得られるんじゃないかと思ったが過去問が難しすぎた。一般入試と同じような問題なら解けない気がすると私は泣け寝入りをした。
姫路のキャンパスは炎天下の昼になっていた、そんな中、午後からの試験は開始された。
出題はいたってスタンダードな形式だった、まず新書から抜粋されたような文章を200字要約、これは一瞬で処理した。日頃から社説の要約でのトレーニングが役に立つことになる。全受験者の中で一番最初に解答を作成、実はこの手の文章の要約問題は配点が低いので時間はかけないで瞬殺させるのがベストだ。
次がいよいよ本題、「豊さについてあなたの意見を800字程度で述べよ」
解答用紙は850字、800字程度なら解答に必要な文章量はだいたい800字を少し超える程度の文章量か、それにしても出題テーマが豊さとは、なんとなくどこかでかじった内容、私はメモも取り始めた、メモをとるにつれてとてつもない速さで手を動かすようになった。頭が冴え覚醒状態になったのである。
真夏にやるような手抜き試験だから試験監督の教授は寝ている、外からはセミの鳴き声がひたすら伝わってくる。
21世紀になってお金次第では豊さはいくらでも手に入る、しかし、逆のパラダイムで環境問題は深刻化した、淡路島の由良の成ケ島では大阪からのゴミが大量に漂流しているのをテレビで見た、豊さとの弊害である環境問題をいかに解決するべきか…。
私は人間の倫理観に力点を置き、それを専門的に教育する機関が必要だと主張した。
制限時間内に825字で私は解答用紙に自分の思いをぶつけた。
全部書けた…。
やればできるという感覚ともしかしたら合格しているかもしれないという手応えを感じた。
試験から3日後の8月6日、つまり20年前の真夏の日。合格発表を姫路まで見に行った。
合格者番号が5つ、掲示板に張り出されている。
私の番号があった…。合格したのだ。
待ちに待った最初の大学合格の日である。
二十歳の真夏、ここに来てようやく掴んだ勝利。
この日は私の人生で一番栄光のあった日であったように思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?