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甘エビをアテに100円BMWで探した地層を懐かしむ

<2022年11月追記 >
読み返したところ実はなかなかの自己紹介であることに気付きトップに固定。
以下は公開当時のママで掲載。

#血が青くたっていいじゃない

高校時代の生物の先生が嫌味のないひねくれ者で好きだった。

常識を常識と鵜呑みにせず、正しいとされることも疑い、
一重の目で鋭く「本当にそうか?」と射抜いて、直後にクスクス笑ったりした。

授業もカリキュラム通りではなかった。

ある日の生物を何がしかの調整をして2コマぶち抜きにした先生は、
ビデオテープを持って教室に現れた。

涼しい顔で「映画を観てもらう」とだけ言い、内容や理由は言わなかった。

『ブルークリスマス』というタイトルで始まった邦画はなかなか古そうで、
UFOを見た人の血が青くなり、青くなったことは隠し合うような話だった。

途中、真っ白なシーツの上に絡まる男女の手や足が映ったりしながら、
荒い息づかいが遮光された教室中に響いた。

直接表現でないため、確信を得て茶化すとむしろ負けという戦いを強いられる。

各々微動だにせずクールにやり過ごそうという協定が暗黙の内に結ばれる中、
映像が明らかに果てたシーンに変わると、共学高2生たちは空間丸ごと硬直した。

画面には、青い血がにじむ白いシーツが映っていた。

・・・・・

映画が終わり、先生が含み笑いをしながら話し出したのは、
よりによって白いシーツと青い血のシーンの話だった。

「なぜ行為のあとのシーツに血が着いていたかは説明しないが」と、
今なら訴えられそうな前置きをしながら、この映画を観せた趣旨に触れ始めた。

簡単に書くとこういうことだ。

人間の血にはヘモグロビンという鉄を多く含む色素があって、
鉄が酸素と結びつくと錆びて赤くなるように、
酸素を運ぶ血液の鉄が人間の血を赤くしている。

この鉄の役割を銅でやっている生物がいて、
銅の場合はヘモシアニンと言い、銅と酸素が結びつくと青くなる。
青銅器や錆びた10円玉を想像するとわかると思う。
実はみんなも青い血を見たことがある。子持ち甘エビの青い卵だ。
節足動物の血液はヘモシアニンが含まれるから卵が銅で青くなる。

お陰で僕は甘エビを見る度に、「ヘモシアニン・銅」がよぎる人生を送っている。

何年かあとに知った余談だが、
この『ブルークリスマス』は、庵野秀明 監督がとても好きな映画らしい。

(解釈を書く上での細かい間違いは目を瞑っていただけるとありがたいが、)
エヴァンゲリオンで、いわゆる敵にあたる使徒が襲ってくると、
「パターン青、使徒です」というのは、この映画から来ていると言われている。
人間は赤くて、使徒は青く、人間と使徒は同じ“ヒト”であるというテーマは、
青い血の人を敵と見なして攻撃してしまう人間の脆さの表現に似ている。
ブルークリスマスの洋題は『BLOOD TYPE:BLUE』と言うが、
エヴァンゲリオンで使徒襲来時のモニターにこの字が出るのはオマージュらしい。


#甘エビがもたらした地学愛

先生はこうも続け、それが僕の進路に影響を与えた。

同じような関係が鉱物の世界にもある。
「コランダム」という鉱物は、組成にアルミニウム原子があって無色だが、
アルミニウム原子の1%程度がクロムや鉄などの別原子に置き換わると、
赤い「ルビー」や青い「サファイア」になったりする。

ルビーとサファイアは約99%が同じと言うのだ。

お陰で僕は甘エビを見る度に、「ヘモシアニン・銅」のみならず、
「ルビー」と「サファイア」も同列でよぎる人生を送っている。

この話が頭の隅に残ったからとは言い切れないが確実に作用し、
以降の僕は、高校理系授業界の中で最も割愛されがちな、
「地学」に深い興味を持つようになっていく。

憧れが強くなった一番の理由は地球相手というスケールの大きさだったので、
進路を「地質学」か「航海学」という近いようで遠い全然絞ってない2つに絞り、
最終的に「地質学・鉱物学・岩石学」を学ぶ学部学科に入学することになった。


#地質巡検はBMWでもどうにかなる

地質学という学問はかなりアクティブなアウトドア派にならざるを得なく、
顕微鏡で石を見たりもするが、それを見るためには取ってこなくてはならない。

なぜ見るか、なぜ取ってくるかというと、それが何かを知りたいからで、
ルビーやサファイアなどと既にわかっている鉱物を見るのではなく、
わからない“何か”が、“どうやってできたか”を見極める学問だと痛感する。

どうやってできたかを探るために有効なのは地層を調べることであり、
できた環境や時代背景を把握しに現地へ出向く「地質巡検」が基となる。
地層の露出面は雑木林の奥だったり、崖の中腹だったり、沼の縁だったり。

< どんなことを調べるかの例 >
ある場所で下から“A→B→C”と層を成していた地層が、
ある場所では下から“C→B→A”となっていれば、
2点の間に地形が逆転する火山活動の痕跡がないとおかしいので探したり、
ある場所で下から“A→火山灰→B”と層を成している地層がって、
離れたところに“D→火山灰→E”と層を成していれば、
火山灰は同じ時の噴火で同じように降り積もるものなので“鍵層”と言われ、
AとD、BとEはそれぞれ同じ時代の地層だとわかったり...。

とにかく与えられた地域の中で地層が露出しているところを探し回るが、
学生一人当たりに割り振られるフィールドは東京都くらいの広さがあるので、
地方の山間地域だとなおさら車が必要になってくる。

父を伝い、自動車関係者を伝い、僕は100円の中古車を入手できることになった。
諸々の手数料や何とか料は、しれっと父のスネを骨まで丸かじりした。

1つ上手く伝わらなかったというか間違えたのは、車種選びを任せたことで、
「どうせならかっこいい方が良いですね?」との質問に、
「そりゃかっこいい方が良い」と答えたのが間違いだった。

本当に伝えるべきは使用目的だった。

大学3年生当時、僕が住んでいた学生寮の入口に、
親切な中古車ディーラーの人がニコニコと運転して車を届けてくれたが、
その車こそが、BMWの735iというやたらデカい左ハンドル車だった。
それが100円だというのだから、古さやボロさは想像に難くないだろう。

どこまで父が関与してこうなったのかはわからないが、
色々と大人の力を頼った結果ここに車があるわけで、
今更「大学生が地質巡検で使うので替えて」とも言い出せず、
僕はその車で舗装されていない砂利道や、軽トラ向けの細道や、
半分沼地のようなぬかるんだ道を、最悪の燃費で走り回ることになった。

因みにクーラーからは風が出るだけで、もう冷やす力は備えておらず、
左ハンドルの窓を開け、信号待ち毎にうちわで仰ぎながら運転した。


#はやぶさだって帰って来れたことだし

大学4年生になる頃、若い先生が来て、惑星鉱物に興味のある学生を募った。
僕は飛びつき、以後、大学院に行ってまで月面鉱物を研究することになる。

月面鉱物の研究では、JAXAにも通って共同研究をさせてもらっていた。

・・・・・

昨日、映画『はやぶさ』を観ながら、甘エビをアテに焼酎を飲んでいた。

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研究に生きる人の話し方や振舞いや生活事情などがリアルに再現されていた。

口に運ぶアテは青い子持ちではなかったけど、
ヘモシアニンとルビーとサファイアを思い出させるには十分で、
惑星鉱物と甘エビの偶然の重なりに、自ずと記憶を辿ってしまうことになった。

甘エビから鉱物に行って広告業界に就職し、今はライター。

今までがそうであったように、
これから先がどうなるかなんて、わかるようで全然わからない。

画面のJAXAと手元の甘エビに共通項を見出す人生の不思議を思った。

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