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台詞回しの残響に耽る

#誘導

例年とは違う場所へ、胃がん・肺がん検診に出かけた。

何年も家の近所に来てくれる検診車で受けていたが、
コロナ禍で受診枠を大幅に減らしていたらしく、
うかうかしていたら12月中旬には定員オーバーになってしまった。

仕方ないので区に相談し、まだ受診できる大きな所を紹介してもらっていた。

・・・・・

しばらく電車に揺られ、駅を出て3分の施設に入る。

階段を上がるとマスクとフェイスガードで完全防備の男性が言う。

「青い封筒の方はこちらへどうぞ」
「左手奥のロッカーに荷物を入れ右のソファーでお待ちください」

好きな数字が付いたロッカーを選び、脱いだコートと手提げ鞄をしまう。

健康ランドみたいな鍵を手首にはめる。
ポケットでもいいのになぜ手首に着けてしまうのかとニヤけ、ソファーに座る。


#重唱

階段のあたりから「青い封筒の方はこちらへどうぞ」の声が続く中、
5分ほど待っていると名前を呼ばれた。

「お食事は12時間以上摂られていませんか」
用紙の上で構えていた手が、チェックマークを食い気味に入れる。

「胸のレントゲンから始めますので左に進んだ先の男性用入口に入ってください」

歩き出すと背中の方から「お食事は12時間以上摂られていませんか」が聞こえる。

各担当が発する説明は、工程を経るごとに重ねて認識できるようになり、
独唱、二重唱、三重唱と重厚感を増していく。


#台詞

「顎を乗せて腰に手をあて肩をグッと前に出し大きく息を吸って止めてください」

撮影されながら、句読点なしで言うなぁと台詞のような説明を思い起こす。

受診者の行動に合わせて伝えなくてはならない手順。
無駄が削ぎ落とされ、磨き上げられる内に、必要十分な“台詞”になったのだろう。

流れ作業のように次の胃がん検診に進む。

検査着を受け取りながら、
「スリッパに履き替え上下肌着になり上からこちらの検査着を着てください」
と指示があり、言い終わりに合わせてカーテンが“シャッ”とひかれる。

またもや句読点なしの一息台詞。

受付の人もそうだったような気がする。


#改造

「マークのところにスリッパを脱いでそちらの台に立ち…
 こちらの粉を口に含んでこれで一気に流し込み…
 少し口に残っても気にせず最後までリズムをつけながらゴクンゴクンと…
 ゲップが出そうになったら少しずつ唾を飲み込むように我慢して…
 カップを前に挿したら両手でバーを逆手に持って立っていただき…」

長台詞。この人が主役か。
恐らく一言一句、抑揚すら変えず、毎日何十回と言ってきたのだろう。
ポスターやパンフレットに大きく載るのはこの人か。

「そのまま私の方を向くように3回まわってください」の指示で我に返る。

何度受けてもバリウムを飲んでゲップを我慢しながらぐるぐる動くのは慣れない。
胃を発泡で風船のように膨らまし、重力でバリウムを内壁に行き渡らせる技法。
こんなに技術が進んでも、やはりこれがベストという結論なんだろうか。
それにしても自力でドタドタ動く様が滑稽で、言ってしまえばなんともダサい。笑
なぜか涼しい顔で台の上を回るGACKTの姿を想像した。

撮り終えて、検査着も脱いでカーテンを開けると、
「お通じは毎日ありますかあれば1袋なければ2袋をそちらで飲んでください」
と一息に浴び、そして黄色い包みの下剤を渡される。

右の方から「スリッパに履き替え上下肌着になり…」がハモってくる。
少し離れた所では“主役”の長台詞がデジャヴュのように再生されている。

紙コップになみなみと水を注ぎ、下剤を口に含む。

もう僕の脳は台詞の多重唱を求めるようすっかりと改造されてしまった。

水を口に運びゆっくりと流し込んでいく。

頭を後ろに傾けながらも意識は聴覚に集中させ、
今まで聞いてきた説明の数々を施設の端々まで探しに行く。

もう一度紙コップを満たし、今度は喉を潤すための水を飲む。

各台詞を雑音の中から聞き分け、際立たせ、重ねてみる。

各役者から幾度となく繰り返し発せられ、
頭蓋骨の内側でグワングワンと残響する台詞の重唱を堪能する。

頭を元に戻し、水飲み場の鏡越しに施設の奥を見通す。

意識をこちら側に戻し、一息つく。
12時間ぶりに飲む冷たい水っておいしいもんだなぁ...と思った。

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