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GUARDIANS OF THE THINGS 6(ナイアル×プリマデウス)

ナイアル×プリマデウス
https://nyarseries.sakura.ne.jp/primadeus/


■寄生虫
ヌギル・コーラスはどうしたら眠ってくれるのか。僕達は、その強大なる宇宙的恐怖の目の前で、その方法の答えを探し求めていた。

「ちっとも変化ないねえ…。」

手持ちの眠れそうな音楽を、片っ端からぶつけるエスパシオさんの案は、一向に展開が見受けられず。

「波長が常に変化している… これはどうしたものか…。」

ティプトリーさんが、波長を分析しようとするも、その法則も掴めず。

「だめ、いうこときいてくれない…。」

ロバーツさん、もといセスが、ヌギル・コーラスと同調することで、コントロールしようとしても、上手くはいかなかった。

「ファ~~~~… いつになったら、ワガハイに悪夢のデザートを食べさせてくれるのかね?」

むしろ、ダリさんの方が眠そうだ。

「暴れ出さないかなっ?」

こんな言い方をすると、随分余裕があって楽観的にみられるかもしれないけれど、その実、この場は異様な緊張感に満たされている。

何故なら、ヌギル・コーラスが、いつまた混沌の宇宙の力を発揮し、僕達を恐怖の嵐に巻き込むか分からないからだ。

それはいうなれば、文字通り嵐のような静けさ、台風の目に入ったような不気味さ。

皆が皆、何とも言えない心地悪さと、不安に包まれている。けれども、それでも、台風の目に居るうちに、なんとかしなくてはならない緊張感。

そんな焦燥に襲われている。それはある種の一時的狂気のような怖さであるといっても、過言ではない。

「…眠らせようとしちゃダメ… なのかなっ。」

「どういうこと、でぃー君。」

ふと思ったことが口に出ていた。

「あ… えっと、そそそそんなにちゃんと説明できないんだけどどっ。」

焦りからか、つい、どもってしまう。僕に残された余裕も少ないのかもしれない。

けれど、出来ない方法で、このままやってても駄目だ。出来ないのなら、根本的なやり方を、考え方や視線を変えないと駄目だ。

「眠らせようとしちゃダメっていうのは、逆に眠らせないってことかい?」

「えっと、そうでもなくてっ…。」

何て言ったらいいのか。

「上手く言えないし、言葉にするのも難しいんだけどっ。なんとなくっていうか… この虚構の世界に来てから、ずっと感じてたことなんだけど、自分のやり方でやってても、絶対上手くいかないなってっ。上手くできても、何らかの形で、反発が起きちゃったり、軋轢が生まれちゃったりするなってことが、結構あって…。そうじゃなくするためには、相手に寄り添わなくちゃ… 相手の立場になって考えなくちゃってことが、結構あってっ…。」

やっぱり、上手く説明できない。ぞわぞわと、名状しがたい不安が、何かが一気に崩れ去ってしまう不安が、僕の心を乱して仕方がない。

「よりそうのは… せすもやってる。それは、だめなの?」

「駄目じゃないけどっ。でも、やっぱり、一番じゃない。これも上手く言えないんだけど、ロバーツさんとセスさんは、ヌギル・コーラスにとても近いから、相手に寄り添うっていうか、相手そのものだから、微妙に違うというかっ…。」

何て言ったら良いんだろう。感覚的には分かっているけれど、それが上手く言葉に出して伝えられない、自分の語彙力の無さが嫌になる。

「シンパシーとエンパシーってこと?」

「ん?わかるのかい、エスパシオ。」

「えっとね、私もそんなに詳しくないんだけど、心理学に詳しい仲間に昔聞いたことがあって、シンパシーっていうのは同情や同調。なんていうか、分かり合える近い者同士が、共鳴するような“現象”なんだって。で、エンパシーの方は、ちょっと違くて、立場が違う者が、相手の立場に立って理解したり、感じたりする“能力”なんだって聞いたことがあったかな?シンパシーは受動的で、エンパシーはより意識的というか、能動的って感じかなあ。」

「ふーむ… つまるところ、今の状況で言えば、外部から眠らせようとしたり、近しいものが同調から眠らせるのも違うってところかな。」

「ということは、近しくない者が、内部から眠らせればいいわけね! …って、つまりどういうこと?」

あまり何も考えず、ティプトリーさんの逆を、エスパシオさんが発案するも、言った本人は何も理解していないようだった。

「近しくない者が内部からって… それはつまり、ロバーツさん以外の誰かが、ヌギル・コーラスの内部から… エンパシーで働きかければいけるってことかい?それはいくらなんでも…。」

危険だ。あるいは、意味が分からない。だろうか。とにかく、ティプトリーさんは、続きの言葉を発さず、飲み込んで黙考した。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ということわざを知っておるかな?」

眠気まなこのダリさんが、ふいに口を開く。

「知ってますけどっ… それが何か?」

ふぅーーーー… と、深い溜息を吐きつつ、ダリさんは、言葉を続ける。

「よいか?ヌギル・コーラスは混沌の宇宙、変化の宇宙であるな。それに対し、外部から働きかけたり、分析を試みようとしても、不可能なのだ。変化の宇宙とは常変の世、つまりあらゆるものは変化するという、現実も虚構も含め、この世界の真理を解き明かすことに等しい。ヌギル・コーラスを外部から理解するということは、そのように困難であることを、まず理解したまえ。」

「では、内部から理解する場合はどうなのかということだが、これはシンプルだ。同調できる近しい者が理解しようとしても無駄なこと。自分の事は自分が一番分かっているなどと嘯く者も居るが、客観的な反応が無ければ、自分で自分の事など理解できぬのだ。故に、ロバーツ君の同調でも、ヌギル・コーラスの波長をなんとかするのは非常に難しいと言える。」

とうとうとダリさんは語る。なるほど… 焦っていて、そこまで意識が回らなかったけど、そんな僕達を客観的に見ていたダリさんであれば、そのような答えに辿り着けるのか…。でも…。

「ありがとうダリさん、上手くいかない理由は分かった。しかしそれだけでは、解決出来ないことは変わらない。近しくない者が内部から… については、どうかな?ボクは非常に危険であると同時に、成功の要因がまるで見当がつかないのだけれども。」

「ふむ… ロイコクロリディウムや、ハリガネムシを知っておるかな?」

「? 知らないな。ちょっと待ってくれ、検索して…」

「止めた方が良いですっ!!!」

ティプトリーさんがデバイスで検索して、見てしまうであろう画像が表示される前に、僕はその手を止める。

「少年は知っておるようだな。」

「グロテスクな… 寄生虫ですよねっ!」

「そう、寄生虫だ。近しくない者、姿形の異なる者が、内部に入り込み、内側からエンパシーで働きかけるというのは、この寄生虫に近い。体内に入り込んだ寄生虫は、繁殖のために宿主を操ることがある。それと同じように、ヌギル・コーラスの内部から、特定の波長を出させるように仕向ける。そして、その内部から出させてる波長に対し、同調、分析、外からの波長を投げかければ、外からの波長と、内からの波長を近づけて、ヌギル・コーラスを眠りに誘うことが可能となるだろう。」

ダリさんが語ってくれたその方法に、納得するとともに、あることに気づいてしまう。

ダリさんには、悪夢を食すという一番重要な役割があり。

同調はロバーツさん、分析はティプトリーさん。

つまり…。

「でぃー君…。」

僕。あるいは、エスパシオさんのどちらかが、寄生虫にならなくては、ならないことに。

いや、そうじゃない。

恐れからか誤魔化しそうになってしまったけど、寄生虫は僕だ。これはなにも、自己犠牲とかいう話じゃない。

何故なら、既にここに辿り着く前の時点で分かってしまったように、エスパシオさんでは、ヌギル・コーラスの世界感覚(クオリア)には耐えられない。きっと、すぐに呑み込まれてしまう。

だから、仮想現実… Vの身体という、仮想現実世界のクオリアを纏える、僕が寄生虫にならなくてはならないんだ。

「少年。」

僕が行きます と、覚悟を決めて発しようとした瞬間に、ダリさんの声が割って入る。

「な… なんですかっ!分かってますよ、僕が行くしか…。」

「いや、それは止めんよ。その通りだ、君が行きたまえ。」

「えっ。」

てっきり止められるかと思った。止められても行きますと言い返すつもりだった僕は、拍子抜けして、一瞬思考が停止してしまっていた。

「少年、君のような若い世代は、感情的に追いつめられると、自棄に走る傾向がある。だが、自棄に走られては困るのだ。なにせ、君がロストしてしまったら、我々全員がロストすることになってしまうのでな?」

「えっ… えっ… どういうことですか?」

「君が寄生虫となって、中からヌギル・コーラスの波長を出させる。それを、同調・分析し、外部からの波長で眠らせる。ここまでは良いな?だがその後に、ワガハイが眠ったヌギル・コーラスの悪夢を食さねばならんのだ。無論、その間に、ヌギル・コーラスが起きてしまっては困る。内部からの波長が途切れて、ヌギル・コーラスが起きてしまっては困るのだよ。わかるかね?」

「えっと… それはつまり。」

「どんなに苦しくても、君がロストすることは許されぬ。」

…僕は絶句した。自分の想像は甘く、それ以上に想像を絶する負荷が僕に圧し掛かってくるという事実に、ショックを隠せなかった。

「だが、安心したまえ。それはなにも、少年に限った話ではない。」

「え?」

その言葉に、再び言葉を取り戻す。

「ちーむぷれい…。」

ロバーツさんが、ボソリと言葉を漏らす。

「そうだね、その通りだ。内部からの波長、同調、分析、外部からの波長、そしてヌギル・コーラスが眠りにつき、悪夢が食べ終えるまで、誰一人ロストするわけにはいかない。」

「でぃー君だけじゃない、皆大変、皆で頑張ろうってことだね!」

「その通り、誰か一人でもロストしたら、皆がロストする。ゆえに、自分だけ犠牲になればいい、などといったような、ヒロイックな自棄は持たれては困るということだな。」

ポンと僕の方に、ダリさんの手が置かれる。

「故に、君は一人ではない。しかし、君は勿論、皆が皆の運命を背負っているということを、忘れてはならない。」

「バラバラの僕達が… バラバラのまま繋がるっ…。」

「そのとおり、そういうこと…。」

「私のクオリアは弱いけど、今度はもうのまれないよ!」

「分析は任せてくれ!一刻も早く、ヌギル・コーラスが眠る波長を導き出して見せる!」

「美味しいデザートをいつでも食べられるよう…。待っておるぞ、少年。」

「…はい、行ってきます!」

こうして。

強大な宇宙的恐怖に、ちっぽけな寄生虫は飛び込んでいった。

楽しい創作、豊かな想像力を広げられる記事が書けるよう頑張ります!