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沈黙の天使とリリスの夜街 4(ナイアル×プリマデウス)

ナイアル×プリマデウス
https://nyarseries.sakura.ne.jp/primadeus/

■ヒルデガルト・フォン・ビンゲン
リリスに障った者の、精液と膣分泌液から、リリスに対抗する薬を作れる者。

ベネディクト系女子修道院長であり、作曲家であり、幻視体験をする神秘家であり、医学薬学博士でもある。

この虚構の街エラ・メロを愛する芸術家、レオノール・フィニからは、どこかに居るから探してほしいといったような口ぶりを受けたが。

「なんだ。アントン・ラヴェイに辿り着くよりも、よっぽど簡単じゃんね。」

「そう… ですね。プリマデウスでなくても、ちょっと探せば見つかったかも。」

それもそのはず。エスニックでエキゾチックな、アラビアンな中東な雰囲気を持つこの街の中で、異彩を放つ建物が、たったひとつそこにあったから。

いや、異彩を放っているのは、この街全体で、その建物だけが犯されていないというべきか。

豪華で純白。荘厳で神聖な雰囲気を漂わせるカトリック教会が、まどろみの街の中に、さも当然のように鎮座していた。

「リデさんには… どう見えますか?」

私達プリマデウスは… というか、虚構の世界は、人によって見え方が異なる。同じように見える場合もあるけれど、虚構の世界の姿形は、虚構の世界がどうあるかではなく、虚構の世界をどう見るかということに依存するため、世界を見る人がどう見るか、どういう価値観を持って捉えているかによって、世界そのものの姿形が変わるのだ。

「どうって… 教会よ。私には、この街全体が老人ホームみたいに見えるけど、それはおそらく、この街全体が、まどろんで虚ろなせい。だけどここは、街とは違って、確固たる世界感覚(クオリア)で守られてる。世界が守護されてる。そう… 結界。結界って感じ。」

「結界…。」

だから、この教会だけは、街に… リリスに侵蝕されないでいるのだろうか。

けれど。

私にはこの教会が、毅然とした神聖さを保ち、邪悪さを一切寄せ付けないというよりも…。

「なんだか… 今にも壊れてしまいそうですね。」

それは張りつめたステンドグラスのよう。

数分後、あるいは数秒後にでもガシャンと音を立てて、割られる未来が待ち受けているのを、必死で耐えているかのよう。

「アタシにもそう見える。行こ、あまり時間無いみたい。」

「はい。」

私とリデさんは教会に駆け寄り、そして大きな扉をゆっくりと開く。

「痛たっ…。」

「…ダイジョブ?」

「ええ、我慢できない痛みじゃありません。」

扉に触れた私の手が、火で炙られているかのように、ブスブスとジュウジュウと嫌な音、臭いをたてる。きっと、私の中に入ったアントン・ラヴェイの世界感覚(クオリア)。これと教会の相性が反目しあっているからなのかもしれない。

「「よいっしょお!!」」

痛みに耐えて、扉を開ける。

瞬間。

十数名の黒衣の女性達と、彼女達を背後に、その前に立つ十字架を構えた一人の女性が目に入る。

「…ヒルデガルト・フォン・ビンゲン?」

怯えるような、覚悟したような顔をする彼女達に、リデさんは躊躇することなく問いかける。

「貴女方は…?」

「わ、私はゲーニャ・スチグマティ。こちらは、リデ・イエステ。…プリマデウスです!」

私も咄嗟にリデさんに続く。プリマデウスという言葉を聞いて、彼女達の緊張が多少和らいだように見えた。

「レオノール・フィニさんから、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンさんのことを聞いて… アントン・ラヴェイさんの寺院に行ってから、ここに来ました。」

私はこれまでの経緯、薬でこの街を救うという目的、この街を出たいという意志を、彼女に伝えた。

「そういうことでしたか… 失礼しました。私がヒルデガルトですわ。貴女達、大丈夫そうだから、奥に行ってなさい。」

ヒルデガルトさんがそういうと、黒衣の女性達が、こちらにチラチラと視線を向けつつも、建物の奥に去っていく。

「彼女達は?」

「…この街は危険ですから。皆、私が保護しています。さて薬でしたね、お任せください。すぐに取り掛かりますので、材料を頂けますか?」

「どのくらいかかる?」

リデさんは、懐からアントン・ラヴェイに貰った、精液と膣分泌液をヒルデガルトさんに渡して尋ねる。

「まず、ゲーニャさん、リデさん、お二人の分からどうぞ。」

と思ったら、受け取った瞬間に、いつの間にか精液と膣分泌液の入った瓶は、別の瓶に変わり、ヒルデガルトさんから、リデさんに受け渡される。

「この街全体に行き渡る分量は、一分ほどかかりますわね。しばし、お待ちを。」

そう言いながら、まるで何も無いところから、瓶をワープで出現させているかのように、次々と薬の入った瓶があらわれる。

そんな様子を眺めていると、ほんの少し待っている間に、辺り一面 瓶でいっぱいになってしまった。

「このくらいで… 足りるでしょうか。足りなさそうでしたら、追加しますので仰ってください。」

私もリデさんも、ズラリと並べられた瓶を前に、呆気にとられていた。

「すごい… ですね。」

「そうね、思ったより多い。どう配るかなあ。」

呆気に取られてたのは、ヒルデガルトさんが薬を次々と生み出したことではない。プリマデウスになりたての者が見れば、その光景を魔法や錬金術のようだと、かなり驚くかもしれないけれど、私達はこの程度のことなら、もう慣れてしまった。

以前、電脳世界や仮想世界の世界感覚(クオリア)を持つプリマデウスに会ったことがあったけど、彼はダヴィンチの精巧なモナリザを、何千枚も瞬時に複製することが出来た。

それに驚いた私が彼に問うと、彼は平然とした顔で、なんのことはない、ただコピー&ペーストしただけだと言ったのだ。

その電脳世界のプリマデウスに倣えば、私達はこれから、目の前に広がるビンを、メールにでも添付して、この街の人々全員に行き渡らせなければならないのだけれど…。

「この街の全員の居場所が特定出来てればねえ…。」

「誰が… どの程度、リリスに犯されているかも… ですね。」

虚構の街エラ・メロ。

まどろみの中にあるこの街は、ある種 迷いの森や、エッシャーの迷路のようでもあり、どういう構造になっていて、誰がどこにどの程度居るのかも判然としない。

「この教会の子達に協力させることも出来ますが… あまり危険な真似はさせたくないですわね…。彼女たちは、貴女方のように優れたプリマデウスではないのです。」

ヒルデガルトさんも、私達の悩みに思い至ったのか、提案を投げかけてくれるも、あまり根本的な解決にはならなさそうだ。

「んーーーーー!どうしよっかなあ…!アンタの世界感覚(クオリア)で、何か良い案無い?」

「私、悪魔の世界感覚(クオリア)入ったばかりで、まだ慣れてないので、なんとも言えません…。リデさんこそ、何かありませんか?」

「無いなー。私の世界感覚(クオリア)は幻覚だからさ。そういうのに馴染んだり、耐性はあるけど、こう暴いたり解き明かすみたいなのは、ちょっと苦手。」

「アントン・ラヴェイさんは、そもそも捉え方自体が違うスタンスですし、フィニさんも創造力は凄そうですが、解析だとか分析って感じではないですよね…。」

「…あの、よろしいですか?」

私達がウダウダと考えあぐねていると、ヒルデガルトさんが声をかけてくる。

「二つほど提案がありまして。」

「何か、良い案が?」

「ありますが、どちらもそれなりにリスクが。」

「やるかどうかはともかく、教えて。聞いてから判断するから。」

「…そうですね。では、まず一つ“幻視”を使うことです。これは私達のような主を信じるプリマデウスが扱うことのできるもので、神託や天啓にも近しく、真実や見るべきものを見通すようなことが出来ます。これにより、薬を与えるべき方達を見通すことが可能となるのですが、見分けるために、街全体を見通してから選別するため、リリスに気づかれてしまう可能性が高いということですね。そうなった場合、なんらかの攻撃や妨害があるかもしれません。」

「なるほど…。危険に身を晒すリスクを冒して、目的を達成する感じか…。」

「もうひとつはなんですか?」

「貴女達のように、この世界の外から、リリスに気づかれずに、選別することのできるプリマデウスを引き入れるか。こっちは単純に時間がどの程度かかるのか分からないというところと… 見つかったとして、ちゃんと協力を得られるか、実際やってみて能力が適切かどうか… などの懸念がありますわね…。」

「…リデさん、どなたか心当たりあります?」

「んーーーーーーー… 浮浪者みたいな怪奇探偵のおっさんと、引き籠りVtuberと、盲目の彼と、心理学博士と、奇天烈眠りの神様と、江戸時代の絵描きと、ゴシックホラーのお姉さんと、ネガティブ系心理女子と、多重人格者と… あと誰かいたっけ?どれも違うな―って感じ。アンタは?」

「私も… あまり心当たりは無いです。式神使役したり、使い魔放ったり、電脳のドローン操作できる方が居ればいいのですが、生憎そういう方も居なくて…。」

虚構の世界のプリマデウスは、現実の世界と比べて、想像力すらあれば、なんでも出来るように見える部分もあるかもしれない。しかしそれは、どちらかといえば、無から有を生み出す創造の部分において発揮されるもので、選別したり分析したり、削り落としたりといったことが得意な人物はあまり多くないのかもしれない。

強いてあげるなら、曖昧なものを見定める能力だったり、あるいは人工的な虚構と現実の境界に居る、超物理領域の世界のプリマデウスくらいだ。

「…それでは前者の、幻視をしてみますか?」

致し方ない。

「わかった、頼むわヒルデガルト。で、具体的にどうなって、私達はどうすればいいわけ?」

「幻視を行うことで、 …そうですね、この街全体を犯すリリスの範疇、影響、どの程度人々に侵蝕しているかを、私が見れるようになります。この情報を、意識を通じて貴女方に随時共有いたしますので、それを頼りに薬を人々に提供してください。」

「リリスに気づかれるかどうかも分かるんですか?」

「ええ、察することができるかと、こちらも都度共有いたします。おそらく… 気づかれたら、この街でリリスの影響を重度に受けている方達のような症状が、貴女達を襲うことになるでしょう。薬を服用することで、多少は抵抗することができますが、流石に限りがあります。危険な状態に陥る前に、街の人々に提供し終えるか、ここに一度戻ってくるようにしてください。」

誰にどの程度薬を提供するか、リリスが気づくかどうかは、ヒルデガルトさんが伝えてくれる。

私達は、彼女の情報を頼りに、なんとか薬を街全体に提供する。

「分かった。じゃあゲーニャ、さっさとすませちゃおっか。」

「ええ、リリスに気づかれる前に。」

「私はここで引き続き薬を生成し、貴女達が戻ってこられる場所を守っています。…どうか、お気をつけて。」

私とリデさんは、ひとまず持てる限りの薬を抱え、教会の扉を開いて、再びまどろみの街に足を進めた。

楽しい創作、豊かな想像力を広げられる記事が書けるよう頑張ります!