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悪夢監獄(ヒプノス・ヘヴン)1(ナイアル×プリマデウス)

ナイアル×プリマデウス
https://nyarseries.sakura.ne.jp/primadeus/

■予想外の神罰
かつてドリームランドと覚醒の世界で悪行を働き、夢を見る探索者の活躍と、セレファイスのクラネス王の審判によって、その夢の魂を、神殿の地下深くに幽閉された男がいた。

その男の子孫である、ネフュー・ジョナサンJr.に、何の罪も無い。しかし、彼は虚構の世界への素質を持ちながら、先祖が犯した悪行の影響を危惧され、夢への扉は閉ざされてしまっていた。

「…で、それを抉じ開けてしまったわけか。」

眉間に皺を寄せて、こめかみをコツコツと叩き、カール・グスタフ・ユングは、神経質そうに眼鏡を真ん中で、クイっと上げた。

「若いうちの方が、感受性が高いからなあ。このタイミングの逃しちまったら、折角の素質を逃しちまうかもしれねえ。」

「写楽君。敢えて言う必要は無いと思うが…。」

「わかってる。わかってるって。クラネス王も、タイミングを考慮していたとか、ドリームランド全体の事を考えてとか、そういう話だろ?」

「では何故?全く合理的ではない。」

「いやいや… その質問も分かっててしてるんだろ、ユングさん。つまりは、そういうことだよ。」

彼… 分析心理学の創始者であるユングにとって。夢想世界の高い虚構技能を持つユングにとって、全てが合理的に説明づけられるわけではないということは、最早 説明するまでもないことは、自明の理だ。

「そこまで分かってるのなら、これ以上は言うまいが…。」

フゥー… と溜息をつきながら。

「ヒプノスの逆鱗に触れることまでは、予測出来なかったという解釈で良いかな?」

ヒプノスの逆鱗。

そう。俺は、ネフュー・ジョナサンJr.という少年の素質が、先祖のせいで閉ざされてしまうことを危惧し、クラネス王の懸念を承知した上で、Jr.をこちら側の世界へ招いた。

それは必要な事だと、感覚と直感が訴えたし、物事は全てが正解や合理的に従えば上手くいくわけじゃないことも、理解していたからだ。

その俺の行動に対して、クラネス王から何らかの罰が下る可能性もあったが、それを受けることを考慮した上でも、すべきだと判断した。

…が、しかしだ。

「クラネス王の判断だけじゃなくて、まさか眠りの神様のとこまで、報告が行ってるなんて思いもしなかったねー。ばーか、ばーか。」

猫になったリデ・イエステ、ニャアニャアと俺に訴える。

「普段は辛辣なお前の声も、その姿だと、こう癒されるから不思議だよな。」

…と、俺は艶やかで色気のある声で応える。

「君達の事情は大体分かった。…で、どうしたいんだい?」

神経質そうに、コメカミを叩き、再びフゥー… と溜息をつきながら、ユングが俺とリデに問う。

「女体化した俺と。」

「猫になった私を。」

「「元に戻してほしい。」」

フゥー…。

「僕には無理ですね。」

「なんで!?夢のスペシャリストじゃないの!?!?」

ニャアニャアと発情期の猫みたいな声で、リデが吠える。うるさい。

「無理なものは無理です。ズーラ姫程度であれば、多少は何とか出来たかもしれませんが、大帝ヒプノス相手では無理ですよ。」

まあ… 流石に、ユングでも、そうだよな。

つまるところ、ネフュー・ジョナサンJr.の素質を開いた俺。そしてその行いに、暇なら来ないかと誘って、付いてきてしまったリデは、運悪くヒプノスの逆鱗に触れ、その姿を変えられてしまったというわけだ。

それだけなら、まだいいが、さらに夢から出られない。むしろ、こっちの方が深刻で、精神病院とやらで管理されてる現実の世界のリデはともかく、最悪俺は、現実の世界で眠ったまま衰弱して死ぬ。

「夢の世界で、一生 女の身体ってのも悪くないんだがねえ。生憎、まだ現実の世界でやらにゃいかんこともある。なんとかならねえかい、ユングさんよお。」

「なりません。」

バッサリと言い切った後、トン、トンと、今度は眉間をゆっくり叩き…。

「直接…。謝りに行くしかないですね。」

トン。と、額に指を置く。

「ま… そういうことになるかねえ…。」

「直接?このコロナ時代に?リモートワーク時代に?マジ?ヒプノスだか、なんだか知らないけど、もうちょっと時代読んで欲しいよね。」

「それは、現実の世界の話だから。」

まあ、それはそれとしてだ。

「ヒプノスは… どこに行けば会える?レン高原とかロマールみたいなとこまで、行くハメになりそう?」

「いえ、それは“ラヴクラフトの”幻夢境ですから、その地理は使えないです。」

「…どういうこと?」

「レン高原やロマールといった地名や位置関係は、“ラヴクラフトの”視点の夢の話ですから、私達の視点とは、また違うということです。ラヴクラフトの夢と、ウォルト・ディズニーの夢は全く同じですか?おそらく違いますよね。そういうことです。」

「でも、現実の世界の探索者が、ドリームランドに来た時は、みんな“ラヴクラフトの”幻夢境で認識するよね?」

「それはゲームの世界の話です。ゲームを遊ぶ参加者達が、“ラヴクラフトの”幻夢境という世界で遊ぶという認識を合わせているから、共通認識を持てているだけであって、現実の… 超現実の夢は、複数人が同じ認識をするということは、認識合わせをするという前提が無い限り、そうそう起こるものではありませんよ。」

「…なんだか、よくわかんないんだけど。」

「私と貴方は、同じ夢を見ませんよね?そういうことです。」

「あー… なんか、分かった気がする。で?」

「ヒプノスに会うには、私が案内しますよ。現実の世界のGoogleMapのように出来れば良いのですが、生憎この世界は、そういうわけでにいかないので。」

「何か、菓子折りでも持ってった方が良いかい?」

「いえ、そういったものは特に要りません。その代わり、ヒプノスに辿り着く過程で、“悪夢”を味わうことになるので、その覚悟は必要でしょう。」

「悪夢って?どんな悪夢?」

「さあ… それも人によるのでしょう。その人物が想像しうる限り、最悪の悪夢が現れて狂気に陥れるらしいです。もっとも、私はヒプノスの悪夢は見たことはありませんが。」

悪夢… 悪夢か。俺の悪夢といえば、混沌の邪神ナイアーラトテップに他ならないが、それが最悪の形で現れるということか…?

軽く想像して、背筋に嫌な汗が流れる。

「それ、“まんじゅうこわい”で、なんとかなるやつ?」

「いえ、ヒプノスにそんなごまかしは通じないでしょう。」

「私… マジで嫌な巻き添え喰ったかも。なんかあったら、恨むかんね写楽さん。」

リデ… リデ・イエステは、自殺未遂の百戦錬磨で、絶賛サナトリウムの常連客だ。その悪夢が、どのようなものとして現れるか、想像もつかないし、想像するだに恐ろしい。

「幻覚世界の悪夢に、混沌の邪神の悪夢… これは、相当手強そうですね。必要以上に、恐れ、想像を膨らませないよう、お手柔らかに頼みますよ。」

ユングが、クイと再び眼鏡を中央で直して、服とズボンの皺を払う。

「? 悪夢を見るのは、俺達だけじゃないのか?」

ユングさんは、直接 ネフュー・ジョナサンJr.の件には、関わってないわけだし。

「クオリア(世界感覚)の性質を忘れたんですか?」

「あっ…と、そうだったな。スマン、迷惑をかける。」

クオリア(世界感覚)。これは、虚構の世界をどのように感じているか、どのように見ているかをあらわすようなもののことで、例えば怪異世界のクオリア(世界感覚)を持つ俺が、正体不明の存在を幽霊や妖怪と見るかもしれないが、幻覚世界のクオリア(世界感覚)を持つリデが見れば、それこそ幻覚として捉える。そして、夢想世界のクオリア(世界感覚)を持つユングさんが見れば、夢のシンボルとして見るかもしれない。

要はそれを“どう見るか”“どう見ているか”の指標のようなものなんだが、困ったことに、このクオリア(世界感覚)は、他者に影響を与えることもあるってところだ。

例えば、霊感ゼロの人が、霊感の高い人と一緒に行動すると、普段は幽霊なんて見ないのに、幽霊を見たり遭遇してしまったりすることがある。

虚構の世界の見え方や、その存在の捉え方は、基本的には人それぞれバラバラだが、強いクオリア(世界感覚)を持っていたり、発生する場合、それは他者の世界の見え方にも、影響を与えてしまうんだ。

つまり、俺やリデが、強烈すぎる悪夢を見てしまうと、その悪夢がどのように見えているか、ユングさんにも影響を与えてしまうということだ。創作物などにも、よくあることだが、強い世界観は、他者に影響を与える。そういうことだ。

「ところで、なんで私は猫になって、写楽さんは女になったんだろね?」

「…さあ?そこは、それこそ夢分析の先生の出番じゃないか?どう、ユング先生。」

「そう…ですね。文脈や状況にも拠るので、深い分析ではなく、この場で分かる限りの、浅い普遍的な想定しかできませんが…」

うーん… と上を見上げたかと思うと、周囲のそこかしこから、突然 膨大な無数の本棚が現れ、四方八方にと機械的に動き出す。ユングお得意の、無意識の宇宙庫だ。彼は、このように、脳内の膨大な知識を、書架として具現化させ、それを頭の中で整理している動きも具現化させながら、論理的に考えをまとめていく… ということを、たまにする。

「これかな。」

そう言って、無数の本棚の中から、一つの本棚を選び出し、そしてさらに、その中から一冊の本を手に取り、パラパラと捲る。

「なあ、いつも思うんだけど、この無数の本棚、どこから来てるんだ?脳内で創造しているのか?」

「まさか。人間の脳は優秀ですが、膨大な情報はコンピューター等には敵いませんよ。」

といって、本を書架に戻し、無数の書架は、また再び四方八方に動きながら、虚空へと消える。

「大元は、ボルヘスや混沌の司書が愛好する、バベルの図書館にあります。僕は、そこから必要なデータをインデックスしてるだけですよ。」

ほへーーーー… と、リデが間抜けな猫面をさらす。かわいい。

「で、猫と女ですがね。適当な事を言いますが、理想か恐怖ですね。」

「また、ざっくりだなぁ。」

「もう少し深く知るには、いくつかの問答と、ヒプノスに直接会わねばわかりませんよ。」

「女… 女ねえ…。確かに、女は怖いかもねえ。猫はどうよ?」

「私は、サナトリウムで拘束されてるから、自由になりたいのは必然じゃないかなあ。」

ま、その辺りが落としどころだろう。

「急がなくて良いんですか?リデさんはともかく、写楽さんは現実の身体が危ないのでは?」

「おっと…そうだった、じゃあ世話をかけるが、案内頼むぜ。」

「いえ、虚構の世界のプリマデウスは、助け合いが利益ですから。」

楽しい創作、豊かな想像力を広げられる記事が書けるよう頑張ります!