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沈黙の天使とリリスの夜街 2(ナイアル×プリマデウス)

ナイアル×プリマデウス
https://nyarseries.sakura.ne.jp/primadeus/

■悪魔崇拝
「よォウこそ、フライデイ・ナイト・ショウへ。お嬢様方、二名ご案内だ。」

リデさんが、クオリア(世界感覚)の濃度を頼りに、リリスのカルトをあっさり見つけた。

それは路地裏にひっそりと。しかし、何度も道を迷路のように探求し、魔法陣を描くように歩いた先にある見知らぬ広間。

隠された敷地に佇む、秘密のモスク(イスラムの寺院)。

いかにもな黒いローブを被った連中が集うその場所に足を踏み入れても、攻撃されるどころか、止められることすらなく、あっさりと入ることが出来た。

カルトの名は“フライデイ・ナイト・ショウ”。

今日がいつかは知らないけれど、金曜の夜に集会が開かれるモスクに入り、何枚ものカーテンをくぐった先には、多くの人々がひしめいていた。

いや、組んず解れつ(くんずほぐれつ)絡み合っていた。

初めて見る、目の前の異様な光景に、私の身体は固まってしまう。

リリスに対抗するワクチンを作るための材料である精液と膣分泌液は、有り余るほどにいたるところに飛び散っていた。

「…乱パ?」

リデさんが、何でもないことのように口にするも、その表情はややしかめられている。

匂い… 匂いのせいだ。むせ返るほどの体臭と、鼻にツンとくるような、ドロッとした臭気と湿気が、充満している。

「オルギア(陶酔礼拝)ではない。無論、サバトでも、黒ミサでもない。」

目鼻立ちが鋭く、牛のような角を携え、いかにも悪魔然とした風貌の、暗黒神父的な男が、私達の前で名乗る。

「俺の名はラヴェイ。アントン・ラヴェイ、ここの代表だ。貴様達、信者ではないな。何しにここへ?」

「精液と愛液貰いに来たの。ここ、リリス崇拝してるでしょ?リリスに影響受けてる人間の、精液と愛液が欲しい。」

「ほお。何のために。」

「リリスの影響受けてるこの街を、元に戻すため。」

「それを俺に願うか。」

「別に。アンタに何かして貰おうとは思ってない。ただ、勝手に持ってかせてもらいたいだけ。」

「それは駄目だ。」

「でしょうね。何すれば良い?何でもするよ、この子が。」

…と言って、リデさんは私を指さす。

「天使… 貴様は?」

そのつもりで来たけど、ほいほい話を進めて、責任だけ背負うかたちになるのは、なんだか釈然としない…。

そう思いつつも、私は筆談で、自身の素性と経緯を、ラヴェイ氏に伝える。

「神の信仰者か… 俺を忌避するか?小娘。」

…しばし、彼をじっと見つめて考え、私はそのうえで首を左右に振る。私の信仰と反するかもしれないけれど、多くを知らない彼自身のことを、忌避する気にはならない。

「そうか、殊勝なことだ。だが、俺は神を忌避する。ヤハウェもキリストも否定する。」

そう言いながら、彼は私に鋭い視線を向ける。その視線だけで、冷や汗が大量に溢れ、地獄の業火で焼かれることが決まったような気持ちになる。

「リリスに影響を受けた人間の精液と愛液が欲しいと言ったな。いいだろう?」

彼はすっくと立ちあがり、床に飛び散って出来た半透明の白濁の水溜まりを掬い。

「だが、代わりに条件がある。」

掬った手で、そのまま私の背中に手をまわし、背中の羽を鷲掴み、むせ返る匂いをグシャグシャと擦り付けるようにして、その条件を口にする。

「この羽を寄越せ。そして、俺の羽を植え付けろ。」

見ると、彼の背中には大きくて禍々しい、悪魔の翼が雄々しく広げられていた。

私は苦々しく彼を睨み返す。

「やっぱ、悪魔ってこと?」

リデさんの言葉通りだ。

失楽園のサタンしかり、主が愛する人間をたぶらかすことで、引きずり降ろして自身を満たすことで、手を打とうというのか。

「いや。俺は神を、その考えを忌避するが、存在そのもの全てを忌避する悪魔ではない。」

「? どういうこと?」

「悪魔そのものを、全肯定するわけではないということだ。」

リデさんは、さらに顔をしかめ、私は小首をかしげる。

「いいか?貴様達は、誤解しているようだが、ここにリリスの影響を受けた者は多いが、ここはリリスのカルトではない。」

??????

意味が分からない。

彼の話す言葉、ひとつひとつを見てもそうだが、言葉と言葉の繋がりも、見出せない。

「教えてやろう。このアントン・ラヴェイは、悪の勝利を願うのではなく、混沌のバランスを願うのだ。」

「混沌の… バランス?」

「人間は秩序であり、また混沌でもある。秩序を良しとし、混沌を忌避する神の考えは、不健全だ。人間本来の在り方を否定している。我々、人間が人間であるために、重要なことはバランスだ。善と悪のバランス。秩序と混沌のバランス。混沌と混沌のバランス。そして、今この街は、混沌のバランスがリリスによって崩されている。故にこの俺は、混沌のバランスを取り戻さなくてはならない。バランスを崩したイヴ… リリスを再び締め上げる蛇にならなくてはならない。」

まるで演説をするかのように、徐々に徐々に、力強く声を高まらせ、諸手を天に掲げていく。

「故に、この俺は。」

そして、掲げた手を、グッと握りしめ。

「悪魔の代行者であり、ここはサタンのカルトだ。」

そう、声高く発する。

「アンタの目的は… リリスの崇拝じゃなくて、リリスを締め上げること…?じゃあ… ここは… このカルトは何をしているの?」

その通りだ、てっきりリリスへの供物や祈りを捧げる場所とばかり思っていたけれど。

「無論、悪魔(サタン)崇拝だ。混沌のバランスを崩し、暴走するリリスを締め上げるために。暴走するリリスの影響を受けてしまっている人間のために。混沌のバランスを取り戻すために、悪魔(サタン)の力によって、リリスを締め上げる。」

「悪魔(サタン)の力… つまりそれは…。」

「悪魔(サタン)のクオリア(世界感覚)だ。」

「…私はリリスのクオリア(世界感覚)を辿って、ここにやって来たんだけど…。」

「嗅ぎ分ける力が未熟なのだろう。よォーく、嗅ぎ分ければ、リリスに巻き付いたサタンのクオリアということが分かるはずだ。あるいは、鼻は嗅ぎ分けられていたかもしれないが、意志が決めつけていたのかもしれないが。」

ええと… つまり、ラヴェイさんは、リリスをなんとかしたいという意味では、私達と目的は同じなのでは?

私は筆談と手ぶりで、そのことをラヴェイさんに伝える… が。

「そうだ、目的は同じだ。しかし、俺は混沌で混沌のバランスを取り戻す。しかし貴様は、神の秩序で混沌のバランスを取り戻そうとする。俺は神は忌避する。秩序では混沌を支配できない。蛇の道は蛇という事だ。」

目的には、賛同できる。けれども、やり方には賛同できない、といったところか。

「だが、貴様が天使の羽を"もいで"、悪魔の羽を受け入れようというのであれば、話は別だ。」

秩序が混沌に歩み寄ろうというのならば、混沌もまた秩序に歩み寄ろう、そんなスタンスなのかもしれない。

「ねえ… ラヴェイに任せておけば、別にこっちでリリスを解決しなくても良いんじゃないの?」

それは… 私も、思った。けど、果たしてそれで良いのだろうか?良心や倫理は別としても、それでは駄目な気が…。

「俺がリリスを制すれば、俺はリリスのクオリア(世界感覚)を制する。しかし神の信仰者、貴様がリリスのクオリア(世界感覚)を制するわけではない。街の問題は俺に任せておけば解決するが… 果たしてその後、見知らぬクオリア(世界感覚)に包まれた街から、貴様は帰ることができるのか?」

リリスのクオリア(世界感覚)を制するということは、この街を包む霧、この街から外に出るための羅針盤や海図を手に入れることに等しい…。

「まみれるのが、汁じゃなくて血になりそうだけど… アンタどうする?」

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この羽は、私がプリマデウスになった時に得た羽。プリマデウスとしての私が、私である証。虚構の世界に飛び立つための羽。神から授かったギフト。

「俺はどちらでも構わん。決めるのは貴様だ。神の声なんてのは聞こえんぜ、聞こえたとしたら貴様が“そう聞いてる”だけのことだ。神託もお告げも、全て決めているのは神ではない。人間が、自分自身が決めていることだ。」

この羽は神から授かったものではない?私が羽を生み出した?

「俺の翼は、俺が実際に生み出したかどうかは分からない。しかし、俺の思想が、言葉が、行動が、俺に翼を与える道を創り上げた。」

なればこそ。羽を生やすも。

「翼を捨てるも。」

羽を引き抜くも。

「翼を植え付けるも。」

新しい羽に生まれ変わるも。

「全ては」自分。

だということか。

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私は服の上を脱いで、彼に背中をあらわにした。

楽しい創作、豊かな想像力を広げられる記事が書けるよう頑張ります!