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沈黙の天使とリリスの夜街 5(ナイアル×プリマデウス)

ナイアル×プリマデウス
https://nyarseries.sakura.ne.jp/primadeus/

■リリス
薬を持って。走る。

薬を持って。走る。

また、薬を持って。走る。

私達はヒルデガルトさんが生成する薬を抱え、彼女の幻視によって、虚構の街でリリスに犯された人達がどこにいるかを突き止め、一人一人に薬を飲ませて周る。

「はぁ…!はぁ…!」

「まったく… 何人いるのよ、この街…!」

息を荒げて走る。

しかし、はじめはとても手間がかかったけれども、何人かをリリスの影響から救ってからは、救った人にも協力してもらい。

「…ぁ‥‥、なんだ…アンタら…。」
「犯されてるわね。ホラ、飲んで飲んで。」

ゴブゴブゴブ…。

「ダメ… 体中が怠くて、動けない…。」
「これを飲んでください。元気になれますから!」

ゴクッ… ゴクッ…。

「これは… すごいな。さっきまで微睡んでたのがウソのようだ。」
「動ける?礼とか要らないから、助けて欲しいんだけど?」

彼ら、彼女らにも、薬を飲ませて周ってもらい。

「うそ… すごいスッキリした感じ…。ありがとうお嬢さん。」
「貴女のほかにも、この街には同じようにリリスに犯された人達が沢山います。助ける手助けをしてくれませんか?」

2人を救えば、2人が動いて4人を救い。
4人を救えば、6人が動いて12人を救い。

そんな風に、救えば救うほど、その速度は上がり、街は徐々に徐々に、まどろみから覚め、活気を取り戻していく。

「この分なら、あっという間に街を元の状態に戻せそうですね…!」

「助かるわ。流石にずっと街中走り回って、薬配るのはカンベン。」

街の雰囲気も、当初はモヤがかかった迷路のようで、薄暗く不気味な雰囲気だったけれども、次第に明るくなり始め… しかしそれは、夜が明けて朝になるのではなく、夜が巻き戻り夕焼けの明かりを取り戻すように、街は美しくエキゾチックな黄昏の情景を取り戻していく。

『二人ともありがとうございますわ。もう街の過半数は、元の様子に戻りつつある。あと、もう少しですね。よろしくお願いします。』

頭の中に幻視でサポートをしてくれているヒルデガルトさんの声が響く。テレパシーや天啓にも似ている。虚構の領域に足を踏み入れるプリマデウスの多くが為せる技だけれども、現実世界では、それは電話やネットで可能にしているため、さして驚くことではない。

科学者は枝を知るが、根を知らず。
芸術家は根を知るが、枝を知らず。

ただ、それだけのこと。

でも、私達人間は、根も枝も必要だ。

「そういえば、リリスは何もしてこないんですか?」

この虚構の街の混沌のバランスを崩し、自らの力で街を微睡む存在。ヒルデガルトさんが、幻視を使うことで、その行いがリリスに気取られ妨害されるのではないかという、懸念があった。

しかし、幻視どころか、街のほぼ大半が元の状態に戻りつつあるのに、今のところリリスが何かしかけてくるような気配は感じられない。

『この状況に全く気付いていない… というのは、流石に楽観が過ぎますわね。嵐の前の静けさのようで不気味ですが…、気を抜かないでください。』

「どーかな?案外、街の連中から精気吸い取って、満足して、腹いっぱいで寝てたりするんじゃないの?」

「流石に、それは…。」

いや、案外その通りなのかもしれない。

神が秩序を守るために人を戒めるのならば、悪魔は動物のようにありのままに、自然に生きることなのかもしれない。

「どちらにせよ、夜は明けた。いや、黄昏を取り戻した、かな?リリスの時間は、文字通り終わりじゃんね。」

そう言いながら、リデさんが、ぐーーーっと伸びをする。

辺りは徐々に喧騒を取り戻す。

乾いた風。ふわりと舞う砂。ザッザと歩く足音と、地面に残る足跡。

ジャラジャラとした、商人やら市場の音。

シャリシャリ、シャラリとした、刀剣がこすれる音。

笛の音が聞こえる。遠くで象の鳴き声が聞こえる。

煙草だか、シーシャだかの、煙がゆらぐ。

銃を片手に、PMC風の者達が、雑談しながら、肩を並べて歩いていく。

漂ってくる、肉を焼く香ばしい匂い。

甘い紅茶の、鼻をくすぐる匂い。

アルタイルが何かを告げるかのように、飛び立ち空に舞う。

「終わり… ですかね?」

夜明けを告げる鶏のイメージと重なったのかもしれない。

一日の終わりを告げるカラスのイメージと重なったのかもしれない。

「みたいだねー。戻ろっか。教会。」

「そう… ですね。戻りましょう。」

幽霊は朝の光に弱い。

真っ赤な夕陽に、朝の光のような神聖さは無いが。

混沌を受け入れてくれるような、大きな懐と、深い安心があった。

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「おつかれさまでした。」

私達が戻った教会は、最初に見た時のような、張りつめて今にも割れそうなステンドグラスのような雰囲気は、もう無かった。

夕陽を受けて、美しい黄昏の中で、夕映えの都を象徴するかのような、優しさをもって佇んでいる。

「何か、さっきと教会の雰囲気違くない?」

「ええ、街がまどろみに包まれていた時は、リリスに犯されないよう、結界を張っていましたから。もう少し遅かったら、結界が崩れて、ここもまどろみの中に包まれていたことでしょう。本当にありがとうございます。」

ああそうか。割れそうなステンドグラスの雰囲気は、結界だったんだなと腑に落ちる。

「教会の他の方達は… 大丈夫ですか?」

気になって、教会の中を見やるも、ヒルデガルト以外には誰も居なかった。

「彼女達も、結界に守られていながら、結界を守って疲れていましたから。皆、家に帰ったり、奥で疲れて休んだりしていますわ。」

「ふーん…。そういえばゲーニャ、アンタこの世界からは、もう出られそう?」

「そう… ですね。おそらく大丈夫だと思います。けど… なんだか釈然としませんね。結局なんだったんでしょう?」

「アンタが迷い込んだ理由?」

「それもそうですが、そもそもの原因である、この街の… 混沌のバランスが崩れた理由もですかね…。」

最初に出会った、レオノール・フィニさんからは、この街はそもそもリリスの混沌の力、及びそのカルトの力による、危ういバランスによって成り立っていると聞いた。

その上で、リリスの力が強まって、人々から精気を吸ったため、街全体から活気が失われて、まどろみに墜ちたようなことは聞いたけれど…。

「そうですわね…。リリスの力が強まったのは、リリスが弱ったからかもしれませんね。」

ヒルデガルトさんが、思案気に禅問答のような事を言い出す。

「どういうことですか?」

「この街を包む混沌の力。リリスの混沌のバランスというのは、決して悪いものではありません。もちろん神聖でも無いのですが、強いて言うなら、自然のありのままの状態のことを、混沌のバランスと言い換えてもいいかもしれません。私達人間もそうですが、天気も自然も、状態が良い時もあれば、悪い時も有ります。弱っている時には、回復するために、栄養や休養をしっかり摂取しなければなりません。」

「あー…。キツイ時、チョコラBB飲むみたいなもん?」

「それは私には、よくわかりませんが…。リリスそのものが弱っているからこそ、栄養を摂取する力が、普段以上に強くなったのかもしれませんわね。」

「それじゃあ、何が原因とかじゃなくて…。」

ただの生理現象。いや、自然現象?

「古来より、人智を超えた現象は、しばしば擬人化された神や悪魔が起こしたものと捉えられることも少なくありません。それがリリスの場合は、生理現象の乱れが、街を乱れさせる現象として現れていたのでしょう。」

「あの、ヒルデガルトさん。」

「なんでしょうか?」

「リリスは、“存在するんですか”?」

この街のどこかに、リリスという邪悪な存在が潜んでいると思っていた。けれど、もしかしたら、それはこの街が、あるいは、この街に住む人々が勝手に想像して創り上げられた…。

「虚構。」

リデさんが、まるで私の考えを読み取ったかのように、その先の答えを言葉にする。

「あるいは妄想?だとしたら、まどろみの症状も、まさに病は気から。配った薬もプラセボ?もし、そうだっていうんなら、本当にこの街は、虚構の街って名前がピッタリすぎる。」

流石に、笑えんわ。怒ったような、呆れたような、疲れたような、苦み笑いを浮かべて、リデさんは、そんな言葉を吐き捨てる。

「貴女は神を信じますか?いえ、悪魔でも良いです。信じますか?」

「あー… そういうこと。そうくるかあ… そっかぁ、それじゃあ、何とも言えんわ。それは自由だし。」

「そうですわね。リリスが存在しようがしまいが、この街がまどろみの状態に陥ったのは事実。その事実を解決するために、リリスという存在が人々にとって虚構の原因として必要であり、それを解決するために、虚構であろうと手段が必要だった。そういうことでしょうか。」

「…ということは、あの薬は偽薬で、精液と愛液も別に必要なかったってことですか!?ラヴェイさんとか、私の羽はなんだったんですか!?」

今までしてきたことは、実は全部嘘で、必要の無いことでした。そんな風に聞こえて、私はつい声を荒げてしまう。

「落ち着いてくださいゲーニャさん、貴女達の行いは、決して無駄ではありません。」

「でも…。」

何故だか納得できない。出来事が虚構なら、私達のしてきたことじゃなくても、もっと適切な解決方法があった気がしてしまう。

何より…、大事だと思ってきたことが、大事じゃなかったみたいになってしまうことが、凄く嫌だった。

「ゲーニャ、無駄じゃないって。むしろ、私達の方法じゃなきゃ絶対駄目だったハズ。」

「…どうしてですか?」

「そうだなー。例えば、例えばさ、私は基本的に死にたいんだけど、この死にたいって気持ちは、身体の中の成分がそうさせているだけであって、だからその死にたい成分を抑える薬を打てば、この死にたいって気持ちは万事解決!って医者に言われたらどう?ふざけんなって思わない?医学的に正しいとかそういうことは置いといてさ。」

「お医者様が正しいっていうんですから、それじゃダメなんですか?」

「少なくとも、私は余計死にたくなった。薬は絶対飲まないか、死ぬほど飲んでやろうとか思った。まあ… 結局最終的には、ちゃんと薬を飲んだんだけど。」

「…? ええと、今回の件と、どう関係があるんですか?」

「いやそこは、何で飲む気になったんですか?でしょ。私はその時は、この現実の世界は終わってるし、私も終わってるし、生きててもしょうがないって思ってたんだけどさ。そしたら今度は別の先生が来て、死んでもいいとか言い出すわけよ。意味わかんないでしょ。君が死ぬ手助けをしてあげるから、先生にお話を聞かせてくれとか言い出すから、死にたくなった時に見える幻覚とか、死んだあとの世界の話とかしたワケ。」

「それで… どうしたんですか?」

「ある程度、話したら、なんかどうでも良くなってさ。死ねる薬打って、って言った。で、打ってもらった。先生は、これで君は楽になれる、とか言ってた。」

「…でも、リデさん生きてますよね?」

「そう。薬打って、これで楽になれる― って目閉じたら、何時間か後に、目 覚めてさ。しかも、なんか気分が清々しいワケ。私思ったよ、やられた!死にたい成分抑える薬打たれた!って。そのまま、腹立って、先生のとこ行って、問い詰めた。死にたくなくなってるから、薬打ったに違いないって。」

「それで…?」

「言われたわ。君は死んだんだよ、だから満足したんだってね。その時は、どういうことかサッパリわからなかった。今も正直わからないけどさ。色々説明された。自分が死んだという精神的な実感を得たかったんだとか、死ぬことについて受け入れて欲しかったんだとか、色々。」

かなりネガティブな話なのに、リデさんはいつになく流暢に話す。

「それでさ、私も今のアンタみたいに、納得しかねて、先生にブチブチ愚痴ってたら言われたわ。」

クックと笑い。

「君に打ったのは“偽薬”だって。もう覚えてないけど、薬の証拠?も見せてもらった。でも、そんなことはどうでも良かった。私はもう、その頃には心の中でわかっちゃってたんだと思う。私に必要だったのは、本物の薬じゃなかった。いや、本物の薬じゃ私を治せなかった。」

「リデさんに必要だったのは…、虚構だったわけですね。今回と同じように。」

「わかってくれた?最適な例えかどうかはわかんないけど。」

「大丈夫です、納得出来た気がします。ありがとうございます、リデさん。」

「そりゃ良かった。けどゲーニャ、虚構にも気を付けないとね。それから先生は私の主治医になってくれたけど、実は最近、無免許のヤブ医者ってことが判明したから。」

その事に、思わず吹き出してしまう。

「え!それで… どうしたんですか?」

「そのままだよ。勿論、現実の医者も必要だけれど、私には虚構の医者も必要だから。」

なんだか、楽しくなって私も笑ってしまう。

声を出せるようになって、前より動揺することが多くなった気がするけれど、良いのかもしれない。

良い意味で、混沌に一歩近づけた気がする。

「ていうか、アンタいつまでもここに居て良いの?迷い込んだんでしょ?誰かとはぐれたりしてない?」

「あっ!」

そうだった。

そもそも、この街に来る前の話になるけれど、私には常に一緒に居るパートナーがいる。色んな虚構の世界へ迷い込んで、はぐれることがしょっちゅうだけれど、流石に心配してるかもしれない。

「私、帰りますね。ありがとうございます、リデさん、ヒルデガルトさん。あと、レオノール・フィニさんや、アントン・ラヴェイさんに会ったらよろしくお伝えください。」

「こちらこそ、改めてありがとうございますわ。また近くまで来ましたら、お立ち寄りください。」

「それ、また迷い込むダメなやつじゃん。ゲーニャ、また変なとこ迷い込まないように、気をつけなさいね。」

「気をつけても無駄かもしれませんが… 善処します。それでは。」

私は踵を返し、二人の元を離れ、まどろみに迷わされることなく、街をあとにする。

街を出て、砂漠を歩き、いくつかの商隊や旅人とすれ違い、星の王子様に手を振ったあたりで、この世界の出口が見えてくる。

水平線に沈みかけて、永遠にとどまった夕陽。

その夕陽は、白く輝く大きな穴で、それは別の世界へと繋がるゲート。

一歩、また一歩と足を進め、私はこの世界を離れた。

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「…今回は随分大人しかったですわね、どういう風の吹き回しですか?」

「んー?あの子が白濁にまみれるのは見れなかったけど、秩序から混沌に寄せれたし、その姿も愉しめたし、結果的に手を貸してくれたわけだし、そこからさらに妨害するのはね。」

「そもそも、貴女が私の薬を毎回ちゃんと飲んでくだされば、こんなことにはならないのですが。」

「えー、だってヒルデガルト、アンタの薬、ゲロ不味いんだもん。」

「良薬は口に苦しというものです。それに困りますわね、定期的に死にたくなるのは勝手ですが、街全体を巻き込むのは。」

「そう?ラヴェイはむしろ喜んでた気がするけど。」

「彼は貴女に対し、独自の方法をとろうとしていたようですが?」

「だから、ゲーニャちゃんになってもらったワケじゃんか。」

「虚構の医者に?」

「そうそう。」

「…まったく。彼女が偶然、この世界に迷い込まなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「ぬかりはないよ。だって、そのためにフィニに協力してもらったんだし。」

「呆れた… フィニの絵画を通じて、彼女がこの世界にやって来たのだとしたら、大方 美術館でも巡っている時にはぐれたのでしょうね…。」

「まあ… 美術館から異世界に迷い込んだり、絵画に飛び込んで別の世界に行くって、よくあることだから。」

「それは、プリマデウスに限った話でしょう…。まったく、今回は大目に見ますが、次はちゃんと薬を飲んでもらいますからね。」

絶対飲まない。

「聞いていますか、リデ・イエステ!いえ…。」

だって。

「リリス!」

私に薬は必要ないから。

楽しい創作、豊かな想像力を広げられる記事が書けるよう頑張ります!