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邦ロックとカルト宗教と『みるならなるみ/シラナイカナコ』

 食い入るように読んでしまった、というのが正直な感想だ。
 限界研の誌舞澤沙衣さんが絶賛していたのを見て気になっていた本だったが、なかなか手に入れることができず、先日ようやく入手して、一気に読んだ。
 本書は「みるならなるみ」と「シラナイカナコ」の2つの短編が収録されている。このうち「シラナイカナコ」は2021年のノベル大賞を受賞している。
 この2編は世界観や登場人物を共有しているが、二作読むとなにか衝撃の事実が出てくるようなものではないのでどちらから先に読んでもいいと思う。
 
 「みるならなるみ」は青春を全てバンドに捧げたバンギャルの話である。
 名前が同じメンバーが偶然出逢い、音楽の道を進んでいくという大筋の話は「NANA」を彷彿とさせるが、「いつまでもバンドなんてやっていられない」とメンバーが突然抜けたり全国ライブ進出をかけた投票企画で票を買収していたりガールズバンドにいきなりカルト宗教から脱走してきた男(ものすごい才能がある)が加入したりと波乱すぎる展開が待ち受けている。
 山あり谷ありの展開を経ながら、それでも歌い弾き続けようという一見爽やかな終わり方をするのだが、後半はカルト宗教から脱走してきた男が宗教に戻るかバンドを続けるかの二択を迫られる。
 当然、主人公としてはバンドメンバーが得体のしれない宗教なんかに靡くのは嫌だし、それに彼に恋愛感情を抱いているからバンドに留まらせようとするのだが、その手段は宗教に負けず劣らず強引なものだった。
 瑞々しい青春小説としての体裁を取っている一方で、社会的な印象がマシなだけで彼女らにとっての邦ロックとカルト宗教は本質的にそう変わらないのではないか、という問いかけが読後残されるテクニカルな一作である。

 残る「シラナイカナコ」だが、これは本当にすごいので絶対絶対絶対に読んでほしい。
 これを高校時代に書いてノベル大賞を獲ったのはすごすぎるし、これでノベル大賞が獲れなかったらおかしいと思わされる作品だ。
 ドゥームズデイカルトの二世信者として生まれ落ちた主人公は「生まれた日に世界各地で大地震が起きたから」という理由だけで「幸福の子」としてカルトの信者から崇められる。
 この時点で異様にキレキレである。
 本人の自由意志とは一切関係なく、本当に偶然の理由で「幸福の子」に選ばれて人生を歩まされてしまう恐怖がある。あるのだが、そう一筋縄ではいかないのがこの小説である。
 信者だけで共同生活を送り、奇妙なルールを破れば体罰が降りかかる異様な環境に息苦しさを感じていた主人公が逃れられるのは学校の、どんくさいいじめられっ子の加子との交流だけだったが、加子の秘密を知った時二人の関係性は大きく変わってしまう。
 普通の人間なら加子との交流で主人公がカルト宗教から脱出する話になるだろうが、実際は「なにもない」と見下していた加子に意外な才能があったことで主人公が「なにもないのは自分の方だった」と気付いてしまい、関係を滅茶苦茶に壊してしまう。
 それと同時にカルトの教えに疑問を抱く信者を目の当たりにして、主人公も偶然街で出逢って恋に落ちた男子高校生と駆け落ちるように宗教だから脱出し、幸福な家庭を築き上げる。しかしバラ色の生活は次第に錆びついていき、加子が復讐を遂げるために近づいてくるのだった……。
 自身の虚無性に気付いてしまい凶行に及ぶ主人公、GLのような世界観から繰り出されるあまりにも唐突で壮絶な暴力、ただの水を30000円で売って炎上したり「幸福の子の骨」という謎の粉末を飲み続けたりする信者達、そんな宗教を弾圧し正義のヒーローのように振る舞う男。
 登場人物のクズ性がものの見事に友情コンボを引き起こして最悪を呼んでくるような嫌な話なのだが、これも読後感はやはり爽やかなものになっている。なんでだよ、と思うかもしれないが本当に爽やかだったんだよ!
 限られた紙幅で善悪のつけようがない人間たちの入り乱れた様相とカルト宗教と「かみさま」、信者、そしてそれを取り巻く社会の問題に肉薄していく筆致は凄まじく、チャック・パラニュークの『サバイバー』や江波光則の『パニッシュメント』を彷彿とさせる。

 「シラナイカナコ」があまりにも凄すぎてそればかり語ってしまいそうになるが、「みるならなるみ」と「シラナイカナコ」を併せて読むとこの2つは見事なまでに相互補完を果たしており、一つのテーマ性として「怪しいカルト宗教と、それよりも社会的に認められているロックバンドや学校はそれほど変わらないものではないか?」という問いが浮かび上がってくる。
 だから買ったからには2つとも読み通してほしいというのが正直なところなのだが、「シラナイカナコ」は本当にすごいのでこれだけでもいいから読んでほしい。

 あと、特筆すべき点としては「めんどくさい男」を書くのが異様にうまい。
 「みるならなるみ」の性別を偽ってガールズバンドに入り、品行方正なふりをするがその実粗野な男だとか、「シラナイカナコ」の主人公と駆け落ちるが演奏者としての夢が破れて最終的に仏壇の営業マンになる歪んだエゴイズムの塊である夫だとか、女主体の話なのに異常に擦れてしまう男を描くのがおそろしくうまい。
 特に後者は自身の正義感に陶酔してカルト宗教に所属していた主人公をいきなり攻撃しだす嫌さが本当に気持ち悪い(暴力を振るうとかそういう直接的な手段ではないのがキモい)。
 ちなみにこの男が主人公と初めて出逢ったときにやった行為がジャンプを渡して金未来杯の話をすることなのだが、そんなことはインターネットの人間でしかやらないだろ!と読んでいてツッコミを入れた。
 しかし、読み終わった後だとこのリアリティのない言動がかえって彼の気持ち悪さに思えて、これも意図的なのかな……と感じた。

 とにかく、ノベル大賞の底力を見せつける本なので読んでほしいです。
 それしか言えないです。

 

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