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魔王の雛

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かつて昔はハンバーガーショップだったものの残骸に腰掛けて、ヘラルドは煙草をふかした。

資本主義の象徴と言われたハンバーガーショップは、繰り返された戦争と環境汚染によって、資本主義とともに心中した。

今や人類は経済を転がすよりも今日を生きることに必死で、生命に対する価値観の違いは争いへと発展していった。

「喫煙は健康リスクを損なう重篤インシデントです」

いつのまにかヘラルドの隣に来ていた巨大な狐が喫煙を嗜める。

ウィアード・テイルズと呼ばれるその狐の、曲線的で優美なフォルムは、かつて大都会だった荒涼たる荒野には不似合いだ。

「解ってないなあお前は。煙草はヴァリアントフォースの連中には味わえない、生身の特権であり自由なんだよ」

現在、人類は二分されている。

サナトに従うものと、そうでないもの。

ヴァリアントフォースは人類を導く使命をもった高度AIサナトが率いる勢力で、平たく言えば人類はデータ化すれば不老不死になれるし環境にも良いのでみんなそうするべきだと言っている連中だ。

ヘラルドとウィアード・テイルズはそんなサナトに反抗して生身のまま生き抜くことを選んだリバティー・アライアンスに属している。

「生身であることを選んだからこそ、自身の肉体のメンテナンスは重要と考えますが」

ウィアード・テイルズは無機質に語りかける。

ヘラルドの相棒たる機械の狐は、ヘラルドのあれこれにうるさく口を出してくる。

生真面目な風紀委員のような性格だ。

厳密には、ウィアード・テイルズには性格というものはない。

あくまで内に宿ったカルマと呼ばれるAIの振る舞いをヘラルドが性格と解釈しているだけである。

ヘラルドは喫った煙草を地面に落とし、ライターをポケットに仕舞って立ち上がった。

「任務中に無駄口叩いてる暇があるならターゲットをサーチしろよ」

「現在サーチを続行しています」

ウィアード・テイルズの尾が展開されていた。

ウィアード・テイルズの尾は3機のドローンになっていて、各々独立して偵察や攻撃を行うことができる。

ちなみにドローンにはそれぞれ別々のカルマが存在し、ウィアード・テイルズに仕えている。

「地表に熱源反応はありません。ただーー」

ウィアード・テイルズが告げる前に、「それ」は地面を突き破って現れた。

「ただ、小型のドローンの反応があります」

ヘラルドの上半身くらいの大きさのそれは、フリスビーを2枚合わせたような形状をしている。

ヘラルドは咄嗟に銃を構えた。

「何者だ。サナトの偵察か?」

「ドローンから所属情報が送信されました。ドローンの所属は『LORD』となっています」

「LORD......?  聞かない名だな。お前のデータベースにはないのか?」

ウィアード・テイルズも首を捻る。

「ないですね。ローカルな武装組織か何かでしょうか」

「だが、見たところこいつには武器らしい武器はないぞ。本当に『視る』ことに特化しているようだな」

ドローン自体は無害だとしても、その向こう側にいるものが無害とは限らない。

ヘラルドは照準をドローンに合わせたまま、

「やはり壊した方がいいかーー」

「きみは、だれ?」

ドローンが幼い声でヘラルドに問うた。


どこで産まれたか。

どの食べ物が好きか。

いつも何時に寝るのか。

ドローンは色々なことを訊いてきた。

それはまるでーー幼い子供が投げかける質問のようだった。

この世界に降り立って間もない子供が、世界のことを知りたくてとにかく尋ね続ける、質問。

ヘラルドはそれらに答え続けた。

真面目に答えるのと、不真面目に答えるのが半々。

内心、目の前の赤いドローンのことを信用しきっていなかった。

そうして小一時間ずっと質問責めに遭い、ヘラルドの足元には吸い殻の山が出来ていた。

「おいおい、こっちばっかり回答するのはフェアじゃないな。俺からも質問していいか?」

「ふぇあ?」

「あー、なんか、ズルいってことだ」

「ズルいのは、いやだね。なにかきいてもいいよ」

ヘラルドは思考する。

もしかしたら、ドローンが質問に答えてくれるのはこの一度きりかもしれないーー

「ーーお前は、カルマか?」

瞬間、ウィアード・テイルズが身構えた。

「急速な熱源反応ですーー地下から!」

大地を突き破り、砂煙を纏って、赤い、あかい、巨龍が現れた。

巨きな2対の翼。

白い角。

紅蓮の魔王と呼ばれるそれはーー

「やはり、な」

アグニレイジ。

かつて都市ひとつを灰塵に帰したもの。

そしてーーヘラルドの今回の任務のターゲットである。

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アグニレイジはサナトとリバティー・アライアンスのどちらにも属していない。

気まぐれに現れては破壊を撒き散らす災害のような存在で、そこにどんな意志が働いているのかは定かではない。

「そのアグニレイジと見られる存在が補給基地付近で目撃されたらしい。貴様にはその真贋を確かめてもらう」

ーーアグニレイジとの遭遇から数時間前、リバティー・アライアンスの施設内。

ヘラルドは上官に呼び出され、そういう指示を受けた。

「偵察、ですか」

上官は首肯した。

「アグニレイジを発見した場合、直ちに信号を送れ。まかり間違っても交戦は考えるな。あれは真正面から太刀打ちできるヤツではない」

「そんなに」

「5年前、都市一つを数分で壊滅させたという報告がある。数時間ではない、数分だ」

話に多少の尾鰭は付いているかもしれんがな、と上官は顰め面を浮かべた。

ヘラルドの上官アシュリーはなかなかの美貌を持つ女性だ。バストも豊満である。

だが、その見た目に騙されてはいけない。

ヘキサギア研究の一線を走る科学者であり、一度戦場に出れば苛烈に戦うまさに鋼鉄の女傑だ。

ヘラルドはそんなアシュリーに敬意を払っている。

リバティー・アライアンスの誇り高き戦士は、性別を問わず尊敬に値する。

「仮に発見して、信号を送った後はどうしますか?」

「逃げろ。以上だ」


ヘラルドはウィアード・テイルズに飛び乗った。

「信号は送ったか!?」

「既に送信してあります」

「よくやった。安心して退却できるぜ」

ウィアード・テイルズは加速してその場を離脱する。

元々偵察用にチューンナップされているので、機動性には優れている。

多分基地内でレースをしたらぶっちぎりで1位だろう。

しかし。

「バカな! あんな図体しときながら!」

アグニレイジはそこへ追い縋ってくる。

敵意があると見做したのか、ウィアード・テイルズの尻尾のドローンがそれぞれ攻撃を開始する。

アグニレイジはドローンの電磁絨毯爆撃を翼で弾き飛ばして猛進すり。

「マジかよ」

ヘラルドはウィアード・テイルズに格納してあるバズーカを取り出しーー地面に目掛けて撃った。

ドォン、という音とともに砂塵が舞い上がり、煙幕になる。

「これで多少は時間を稼げるか。基地まで急げ」

だがウィアード・テイルズは何も言わず、基地とは真逆の方向へ走り出した。

「おい!」

「基地の戦力とアグニレイジの戦力を比較計算しました。基地の戦力では状況の打開は不能です」

「じゃあどうするっていうんだよ!」

「基地への接近を阻止し、討伐します。それが唯一の勝算です」

ヘラルドはコンソールに拳を打ちつけた。

「ついにおかしくなったか!?」

「私は正常です」

ウィアード・テイルズは平然と答えた。

「私の戦力ではアグニレイジに叶わないのは承知しております。その上で、勝算があるのです」

「まさかーー」

ゾアテックス、というものがウィアード・テイルズにはある。

ゾアテックス。

それは、カルマに宿りし獣性とでも言うべきもの。

それは、大いなる混沌にして不確定要素。

戦場を覆しかねない、未知の力。


ウィアード・テイルズはアグニレイジの銃撃をかわしながら走り続ける。

身体に相当なGがのし掛かる。

おそらく、戦闘機並みの速度で走っているのだろう。

地平線の果てまで広がる荒野には人影はもちろん、建造物すらない。

さっきまでいた基地の周辺がもう豆粒のようになっていた。

ウィアード・テイルズは速度を落とし、アグニレイジに悠然と向き合った。

アグニレイジは怪訝そうに首を傾げる。

「な、ぜーー」

ウィアード・テイルズのコンソール越しに幼い声が響く。

「奴さん、こっちに干渉してきているのか!?」

「そのようです」

今度はウィアード・テイルズの冷静な声。

「しかし、音声データの再生の強制以外に実害はないようです」

「なぜ、にげる?」

アグニレイジは問うた。

「話は知ってるぞ。あんた、街を一つ焼き尽くしたんだってな」

答えるヘラルドの声色は震えていた、と思う。

アグニレイジの表情のない貌と向き合うと、精神を吸い取られていくような感覚がある。

「まちを、ひとつ、やく? まちとはなに?」

「憶えていないのか? こう、建物が沢山あって、人だってーー」

「わたしはうまれて3年だから......なにもしていない」

アグニレイジが都市を焼いたのは確か5年前だったか。

となると、目の前にいるアグニレイジは都市を焼いた個体とは別なのか。

「わたしはこのせかいをまだしらない。でも、わたしのまえにたつものはにげるか、たたかうか、そのどちらかーーただそれだけはしっている」

「そりゃそうだろうな。なにせあんたはとんでもなく悪い魔王なんだから」

「なにもしていないのに、わるい?」

「......そうか。正確には、ずっと前にいる悪い魔王があんたによく似ているんだ。だから、あんたは恐れられ憎まれている」

「よく、にている......」

「何を問答している」

その時、一台のジープが間に入ってきた。

「紅蓮の魔王の落胤、ようやく見つけた」

車両から降りてきたのはアシュリーであった。


「どういうことです」

「ああヘラルド、狐が位置情報を送信してくれた。おかげで辿り着くことが出来た」

「辿り着くって......上官、ここは危険ですよ。並みの武装では太刀打ちできないと言ったのは上官じゃないですか」

アシュリーは微かに笑った。

「いや、こいつは無害さ」

鋼鉄の女はパンパン、と手を2回叩く。

「こいつの正体を教えてやろう。こいつはアグニレイジによって作られたアグニレイジーー言わば、魔王の雛だ」

「それではまるでーー」

自己複製を行う機械ーーフォン・ノイマンマシンではないか。

呆然とするヘラルドを前に、アシュリーは悠然と煙草を吸い始める。

「ヒトならざるものが獣性を手にしたというならば、自己の存在を複製し生きた証を繋ぎたいという考えに至るのは何もおかしくはない」

沈黙の荒野にただ紫煙だけが上がる。

「生物の本能は自己に繋がるものを少しでも長く保存するものだ。最も、そこに至ったのはアグニレイジが初めてだろうがな」

「それでーー上官がここに来た目的はなんなんですか?」

「魔王の雛を捕らえる」

「捕らえて、どうするんですか」

「フォン・ノイマンに至ったヘキサギアを解析研究しろとサナトは命じた」

ヘラルド、生身の肉体を捨てサナトに仕えるお前なら理解るだろう?

鋼鉄の女ーーアシュリーは微笑んだ。


アシュリーとヘラルドはリバティー・アライアンスへの潜入工作を命じられたヴァリアントフォースの工作員である。

二人の人格はデータ化されているから、リバティー・アライアンスの構成員を模した肉体にそのデータをダウンロードして、基地に潜り込んだ。

ただ、表向きはリバティー・アライアンスの任務をこなしつつ、裏では内部情報をヴァリアントフォースへ密かに流していた。

そもそもヘラルドは物心付いたときから、データ化こそが美徳であり人類の目指すべきところと教わり、何の疑問も抱かなかった。

抱かないままデータ化され、アシュリーの下で働き、今に至る。

幼い頃のデータ化への憧憬はもう枯れ果てた。

待っていたのは、サナトの犬として何の主義主張も持たぬまま目的のよく解らない任務をこなす日々であった。

喫煙も飲食も、生身の人間に「擬態」するための演技に過ぎなかった。

だがそうであっても、ただ煙が昇っていくのを見るのは暇潰しにはなるが。

「アグニレイジへの対処はリバティー・アライアンスから正式に依頼されている。対処した後は好きにさせてもらうがな」

音もなく、浮遊する蛸が現れ、鋼鉄の触手でアシュリーを撫でた。

ハイドストーム。

アシュリーの愛機にして、透明化能力を持つ静かなるアサシネ。

ハイドストームはネットを発射してアグニレイジを拘束した。

「からだが、うごかない」

「アミアブラ」

アシュリーは呟いてハイドストームへと搭乗する。

「それがお前を拘束している武器さ」

ハイドストームは電磁パイルバンカーを展開し、アグニレイジの胴体に向かって射出ーーウィアード・テイルズはそれを尾で弾き飛ばした。

「何故妨害する!」

「よくわからんがーー何も知らないこいつをバラすのは胸糞悪く思ったからだな」

そのまま返す刀でハイドストームへ射撃する。

「たとえヒトでなくとも、自由に生きていいはずだ」

「ヒトの肉体を捨てサナトに頭を垂れた貴様の言う言葉か!」

ハイドストームの触手が唸る。

それは弾幕のような、不可避の一撃。

しなる鞭のような打撃が何度もウィアード・テイルズを襲う。

「ーー活動維持限界まで、あと3分です」

「もちろん、勝ち目はあるな?」

狐がニヤリと笑った、気がした。

横殴りの紅蓮の暴風がハイドストームを押し流す。

見れば、アミアブラを突き破りアグニレイジが天に飛翔していた。

ウィアード・テイルズは2機のドローンをアミアブラ破壊のために使ったのだ。

「ゆるされるならーーわたしはもっとしりたい」

ハイドストームは天に向かって何本も何本も触手を伸ばす。

アグニレイジの顎が展開しーー

ーーウィアード・テイルズのドローン全機が光線を放射し

それを追うようにしてアグニレイジの顎から焔が放たれるーー

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「私だって! お前のことを知りたい! 狂おしいほどに!」

アシュリーの叫びは、欲しいものを眼前にした子供のようであった。

焔は地上を覆い尽くし、あらゆるものを燃やし尽くし、アグニレイジは天高く飛び去った。

アグニレイジの対処は、基地周辺から追い出したということで一応達成ということになった。

そこまでの記録ーー主にアシュリーとヘラルドの所業は、編集加工され基地に提出された。

アシュリーは戦死扱いとなったが、その人格はデータ化されているため「本当に」死んだわけではない。

彼女が今何処で何をしているのかは知れない。

その後ヘラルドはリバティー・アライアンスの基地を離れることにした。

アグニレイジを眼前に上司を殺されてPTSDになったと解釈されたのか、すんなり受理された。

これはサナトの命令ではない。

自由意志だった。

これでリバティー・アライアンスからもヴァリアントフォースからも離れることになったが、結局完全に自由にはなれない。

生きていくには、残念ながら自分の自由をどこかで切り売りしなければならない。

自由傭兵をやるにしろ、そうでないにしろ、生きていくのに必要なものはこの時代無条件には与えられない。

地上を這いずり回るしか能のない自分では、天高く心のままに飛んでいったアグニレイジのようにはなれないのだ。

それは世界が荒れ果てる前ーー資本主義が息をしていた頃も同じなのだろうか。

「この選択に、悔いはないのですか」

ウィアード・テイルズはいつものように、何の感情も入れずにそう問うた。

「他の誰かの尖兵として生きることをやめたのには誇りを感じているよ」

ヘラルドは去り際に基地からくすねてきたハンバーガーを一口齧るふりをして、未だ燃え続ける荒野に投げ捨てた。

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Fin.

この作品は株式会社コトブキヤ様から発売されているヘキサギアの二次創作小説です。

一部公式設定を借用しておりますが、本作は株式会社コトブキヤ様とは関係はありませんのでご理解ください。







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