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特別な人になんてならなくていい、まずは自分の想いを大事にすることから始まる。

父親が事故で言葉が話せない状態になり、いよいよお寺を継ぐ決心をして修行に出た鈴木さん。ところが、修行して気づいたのは継ぐのを辞めたいということでした。

後半は今でも耳に残っているという父の言葉。その言葉の意味は初めは受け取れなかったけど、自分が父親になって徐々に受け取れるようになってきたという。鈴木さんのお父さんはどんなことを残していったのでしょうか。続きをどうぞ。

前編はこちら


住職を体験してその大変さに気づき、
父の言葉の意味を知る。

──継がないという決断をした時、お父さんには何か言われました?

父は2年くらい前に事故で無言の存在になってしまってから、その後声を聞くことはなかったので僕がお寺を継いでいないことは知らないのですが、その無言の2年間も何か僕に伝えてくれていたと感じています。

今思えば、僕が考えていたお寺を変えることって、自分の自我と言うか欲望だったなと。自分が特別な何かになろうとしていたし、とがっていたし反発していました。新しい自分なりの何かをやらなきゃいけないと思っていて当時はすごい焦っていましたね。でも父は何もやらないからそれを見てすごいイライラしていました。その時、父からよく「お前は分かってない」と言われ、当時は「何もしてないあんたに言われたくない」と思い反発していましたね。今でもその言葉は耳に残っています。

父は30年ぐらい住職を行ってたんですけど、ある時父が怪我をして、僕が期間限定で代わりをやることがありました。やってみて、住職という仕事の大変さを感じましたね。隣で見ていていやが応でも感じてたけど、実際やってみて事の大変さと、自分が全然わかってないことに気付かされました。

住職は木とか植物みたいに、誰かに何かをするわけでもなく「ただそこに在るだけでいい」とその時気が付きました。自分は目の前のことを疎かにして、誰かに影響を与えようとか、何かを変えることばかりに意識がいっていたんです。お寺本来の役割をわかっていませんでした。

自分がやってあげることではなく、いつでも人を受け入れ人に信頼される存在や場所になることがなによりも大事で、何事も信頼を積み重ね、信用される存在になることが大事なのかなと、ようやく父が言っていた「お前は分かってない」の意味が少しわかった気がしました。

子供の頃はわからなかったけど、父親になって気づく父の愛


父には感謝しています。生きてるうちは感謝したことなかったんだけどね。

ちゃんとわかる様に教えてくれてたらよかったのに……、僕が気づくように残していったと思うとずるいなって思います。結構荒い父だったから、「僕のこと自分の子なのになんで大事にしてくれないの? もしかして、愛してくれてないのかも?」て思っていたけど、父なりの愛を僕にくれていたんだなって今更になってわかりました。自分も子供を持つ様になったのもあるかも、父は僕に気づいてもらうのを待っていたんですかね。

父が生きてるうちは嫌な思い出が強かったけど、今になってみると全てがいい思い出で、受け取ることばかりですね。生きてるうちにもっとちゃんと父から学んでおけば良かったなって思います。

自分の人生を歩む人を増やしたい

──今後、鈴木さんがやっていきたいことはありますか?

子育てしているママとかすごい昔から関心があるんですよね。なんかすごいほっとけないというか、気になっています。

──どういうところが気になっていますか?

子供ができると自分じゃなくて、子供が優先になる方が多いなと感じていて、それって当たり前のことかもしれないけど、どこか自分を大切にしていない感じがあって気になっています。昔の自分と重ね合わせて見えるからかもしれませんね。“いい母親”や“いい息子”であろうとすることって世の中の見えない誰かが決めた枠に無理やりはめようとして……でもそこに正解はないんですよね。いつまでたっても満たされない感じかな。

死ぬ前に思い出すことって楽しかったことより、後悔したことを思い出すことが多いらしいです。それもあって僕は死ぬ前に後悔したくないって思い、家業を継がないという決断ができたと思う。自分ができたから、他の人も後悔しない自分の人生を歩んでほしいと思ってしまうのかも。おせっかいかもしれませんが。(笑)

無理強いはしたくなけど、何か悩んでいるのであればそっと手を差し出すような関わりを今後やっていけるといいなと思っています。



誰もが世間の目や常識に囚われて、こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけないと枠にはめてしまいがち。
自分もそう。だけどその枠って誰が決めたのでしょうか?そろそろ誰かが決めたことを疑う時がきているのかなと思う今日この頃。

自分の違和感に耳を傾け、感じることを大事にしていきたいなと思いました。




鈴木 秀彰
1978年山梨県生まれ。山梨県にある約1500年の寺院が実家。仏教系大学卒業後、興味のあった理学療法士へ。僧侶と二足のわらじとして活動しながら、現代における僧侶並びに寺院の形についてイベントや講演を中心に活動。約2年間の代理住職を経て、実家寺院を継承しない道を選択。現在は在宅医療を携わりながら、引き継ぎ「ひとの生と死」を考えるイベントや講演などを行う。



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