おもいでちらほら その3「怪獣になった青年」
…いつのことだったろうか。
私が仕事を終え、線路沿いにある、
深夜の駐輪場にヘトヘトになりながらたどり着いた頃。
「うおー!!!」
近くから唸り声が聞こえた。
こんな夜中に、誰だろう。
「うおー!!!」なんてかけ声を放つのは、
往年のトレンディ俳優・吉田栄作ぐらいではないだろうか。
そう思って脇をみると…
「おぎやはぎ」の矢作に似た、スーツ姿の眼鏡の線の細い青年が…
酔いつぶれて、自転車の下敷きになっているではないか。
青年はひどく荒れているようだった。
青年は再び吠えた。
「がおー!!!」
今度は「うおー!」から「がおー!」に変わった。
サナギが蝶になるように、青年は怪獣になったのだ。
「がおー!がおーー!!!」
青年は更に叫んだ。
その声は深夜の静寂の中に、哀しくこだました。
漆黒の空の下、淡い月明かりだけが彼を優しく照らし出していた。
私はその青年に、自分の姿を投影していたのかもしれない。
きっと…人は皆、誰しも怪獣になりたいのだ。
何もかもを破壊したい、そんな衝動にかられる日があるのだ。
思う存分怪獣になるがいい。夜風は君を、優しく包んでいる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?