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僕はまだあの汚部屋の中で生きている

学生時代、母は自分のテリトリー以外の部屋を片付けることはせず、一緒に片付けてくれることも無く、ただひたすらに「片付けろ」とだけ言い続け、そして片付けをしたことに対して「あれが出来ていない」「これが出来ていない」とダメ出しを重ねした事自体を一切褒めなかった。

そこから僕は片付けるのを辞めた

僕の家族はコミュニケーションが下手だ。理不尽に振り回され自己完結型に育て上げられ諦めの中で息をしていた。皆余裕が無い。誰一人として他人の事を考える余裕がなかった。自分一人の心の整理も出来ていなかったのだから。

ゴミがゴミと認識出来ない。まだ使える、捨てるのはもったいない。そんなことはない。ないというのに。要らないものを勿体ないからと持ち続けて家はミチミチになる。

賞味期限切れたけど、まだ食べられる。を、続けに続け、冷蔵庫にヘドロを形成した。いったい何本の要らない液体が出ただろう。降り積もる過去の面倒、せっかく買ってきた、いらないけど貰ってしまった。

食べ物があると安心する。すぐ食べられるものが僕の栄養源。加工が必要なものは、面倒くさくていつの間にか腐っている。

冷凍庫は死体の山。冷凍してあれば食べられる。1番下に転がる物すら何かわからないのに。誰かが食べるかもしれないからと、誰も食べるはずなど無いものに。

あの家から出た時、僕は8割のゴミの荷物をそのまま新居に持ち込んだ。そこから多分もうすぐ9年。やっと、あと一部屋なんだ。

人の振りを見ている場合ではなく、僕を何とかしなければならない。僕がどうにかしなければならないんだ。過去と向き合って、今を変えられるのは、僕しかいない。だれも

調味料を捨てた。学生時代の服を捨てた。本を捨てた。書類を捨てた。冷凍庫の氷の塊になった謎のものを出した。20袋以上のゴミを、全部。

あれもそれも今の僕には、もう必要が無いものだった。

誰も僕を勝手に救ってくれることは無い。誰も褒めてくれることなど無い。当たり前が出来ない人間に世間は冷たい。過去を妬んでも、誰かのせいにしても仕方がないと他人に言われても納得が出来ていなければ向き合う事など出来ないんだ。

だから、僕らは向き合うんだ思い出を孕んだゴミと。

1月末までに、ゴミを捨てる。
埃の臭いと湿った空気から抜け出したい。
僕しか、やれる人いないんだ。
頑張れ

猫缶代、いつでも待ってます。