お兄さんが死んだはなし

兄の歳を越えた。
越える事のない歳を。
兄が過ごす事のなかった時間を生きる節目に、兄が亡くなった時の事を振り返ってみる事にする。

兄は双極性障害、いわゆる躁うつ病を患い、34歳で自ら命を絶った。

私が厄年に入ったため、母とお気に入りの神社でお祓いをしてもらった日に自宅で首を吊ったのだ。
神社からの帰り道、妙に清々しい朝の日差しを感じ、これで厄年も乗り越えられる!と心がとても穏やかだった事を今でも鮮明に覚えている。

自宅に帰り、玄関の鍵を開けてもチェーンが掛かっていて開かない。
兄を大声で呼ぶ。
「おにいさーん、開けてー」
応答は無い。
すると、車を停めて裏口から入った母の聞いたことのないような叫び声と、私の名前を呼ぶ声が。
急いで裏口に回ると、兄が首を吊っていた。
「おにいさんっっっ」
ドアの間に懸垂用の突っ張り棒のようなポールを2本支えにして、簡単には解く事のできない特殊な結び方で結んである綱に、兄は力無くぶら下がっていた。
首吊りの知識が多少なりともあった私がまず感じた事は、失禁も無く舌も出ておらず、首も伸びていなかった為、まだ吊ってそんなに時間が経っていないのではないかという事だった。
とにかく救急車を!と119に電話をしながらも、何故か私の頭には何かのマンガで見た「こういう時に先に警察を呼ぶと怪しまれる」という謎の知識が浮かんでいた。
電話口から「脈はありますか」と聞かれ、母に脈は!?と尋ね、「無い」と言われる。
「もしかしてお兄さんは死んだのか」と足の先がツーンとして寒くなった。
やっと実感が湧いてきた。
その後警察にも電話で状況を伝えていると「ドン!」という大きな音。
後ろで母が椅子に登って、兄を一人で下ろしていた。
その時はどう下ろしたのか何も思わなかったが、あとから警察の人と母とが話をしている時に出刃包丁でロープを切ったと聞き、すげぇ力だな…と驚いた記憶がある。

警察が来るまでの間、ほんの数分だったけれど、母も私も取り乱す事なく冷静になんで今日なんだろう…と呆然としていた。
弟と父に連絡をし、すぐに帰宅するように伝えるも、2人とも同じように冷静に聞いていた。
兄が床に下りて、通報も連絡も終わり冷静に周りを見ると、ルーズリーフに書かれた父と母に宛てた遺書が椅子に置いてある事に気づく。
ほんの2、3行。
死ぬ事を詫びる内容だった。
私と弟に宛てたものは無かった。
そして、飼い犬はゲージに入れてくれていて、飼い猫は隣の部屋に入れて扉を閉めてくれていた。
あぁ、一体兄はどんな思いでこの子たちに最後に触れてくれたのだろうかと、兄の優しさを感じた。
そして救急車、パトカーがやってきた。

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