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がうる・ぐらの詩的な言葉で見る翻訳の侘び寂び

 数日前に書いた英文の日本語訳のセンスについて具体例を並べてみよう。
 「翻訳」なんて書き方をすると、「まあ!なんと高尚なお話ですこと。ゴミクズ高卒野郎が気取りやがって!」と敬遠するかもしれません。が、僕は海外の配信者を垂れ流していてカートゥーンのキャラクターのように楽しんでいるだけなので、実のところそんな大それた話でもない。『ライ麦畑でつかまえて』はどの訳者のバージョンで読むべきか、なんて真面目なスケールでは全然ない。だからこそ一部の人間にとっては重大な話とも言える。さっさと本題に入りましょう。
 ホロライブENの配信者『がうる・ぐら』のあるワンシーンからの引用です。
 「ぐらがイベントで日本へ訪れた際、配信者の先輩たちと控え室で初めて対面し、先輩への愛が昂りすぎてじっと見つめ続けてしまった!」というなんとも可愛らしいお話の日本語訳を二つ紹介します。「じろじろ見てしまった。怖がらせたかもだけど悪気は無いよ〜!」くらいの流れですが、切り抜いた人間のセンスが如実に違うことが面白く、英語原文の切れ味と日本語訳による味つけの変化が分かりやすい例となるはず。ぐだぐだと文章を並べても仕方ない。まずは、一つ目のぐらを見て欲しい。

 かわいい人喰いサメが登場。
 先述した通りの文脈で先輩たちに「たくさん見つめちゃうけどごめんね」って伝えています。人の目を通して魂を覗こうとする、guraの詩的な表現が光る。そのうえで「可愛くて我慢できないの。ごめんなさい(笑)」と女の子らしくキュートに締める。まったく申し分のない日本語訳。原文も載せましょう。耳コピでごめん。
" if if if I met you stand by and I stared into your eyes and I made you uncomfortable by staring into your eyes. I'm very sorry but
I I love staring into the eyes of a window into the soul and  they're so shiny and  they're so cute. I can't help it  I'm so sorry"

 ぐらの喋り方は早口寄りかつ文と文が矢継ぎ早に続くため(僕調べ)、区切りが変だったり細部が違ったりしたら申し訳ない。単語自体はそんなに難しくないのでニュアンスは英文時点で伝わるのではないでしょうか。「uncomfortable(不快)」がちょっと聴き慣れないかな。
 で、上の方に貼った日本語訳でも十分に翻訳は果たせていることはわかると思いますが、これを極限まで詩的に訳したらどうなるか引用してみよう。この日本語訳にはたいへん衝撃を受けた。


 素晴らしい。あまりに少女らしく純粋で、彼女の言葉そのものが美しい光を放ち、こちらがぐらの瞳から目を離せなくなってしまう。寺山修司か澁澤龍彦が切り抜いたのかと思った。

 大前提としてわざわざ訳してくれる時点でありがたいので、どちらかを貶しているのではないことは留意してもらいたい。というか癖のなさでは前者も正解であり、受け手の好みの問題である。それを踏まえた上で後者は僕にとって「生の言葉を翻訳すること」の意義が脳に刻まれるほど驚いた。二つを比べてみると後者は原文のcuteが消えている。「可愛くて我慢できない(笑)」の言い回しの方が合っているとも言えるし、無邪気な女の子らしいぐらの一般的なイメージと合致する。が、後者は「美しく光り輝いて私は目を離せなくなってしまうのです」と、シリアスに心情を切り抜くことで、ぐらからの先輩たちへの愛、瞳と言う名の窓を通して覗く魂に惹かれた「少女性」を真摯に伝えることを選択したのです。
 後者は後者で癖が強すぎるわけですが、僕はこの詩的なぐらの姿に想いを馳せた。翻訳者の感性によって言葉はここまで印象が変わるのだ。同じ原文からでも「先輩大好きな無邪気な悪戯っ子」と「先輩の瞳の奥にある魂に心惹かれた詩的な少女」の複数のぐらが存在する。商業でなくオタクが勝手に訳しているからこそ生まれたインディーな差異の妙。各々がぐらをどう解釈しているかがわかる。僕はそこに関心を持っている。
 最後に寺山修司の詩を引用しましょう。

 "つきのひかりにてらされて てがみはあおくなるでしょう  ひとがさかなとよぶものは みんなだれかのてがみです"


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