見出し画像

神なき時代と推し文化

 神なき時代をどう生きるか。
 前回の日記で、配信者を「神」とし、海外配信者の言葉をイカした翻訳して切り抜く者を「信者」と書いきました。その行為自体は「布教」であるとする。海外配信者を対象としたので翻訳が間に入ったものの、好きな配信者の発言を解釈して「ここ好き」「このやりとりがエモい」と共有すること自体は、現代の若者では珍しいことではないでしょう。神の教えを他者へ分かりやすく伝える布教です。

 実際には、神や布教ほど重々しいものではなく、彼ら彼女らは数ヶ月でまた別の対象を追うことだって全然あるカジュアルなものですが、なんにせよ自身の信じる、信仰する対象の言葉や振る舞いを解釈して救われる/仲間と共有し合うことは、楽しく、そして幸せな時間です。もちろん一人で抱えてひっそりと整理できない感情を愛するのも良し。
 僕らの時代は、まだ配信者やアイドルとの距離が遠く、多くのオタクたちはアニメキャラクターを信じていた。声優に向かった人も少なくなかったですね。僕の思春期時代は水銀燈のドレスに刻まれた逆十字を見つめ続けているうちに終わった。現代はネットを介して推しという「神」に比較的近い距離で接することができ、その功罪は日々問われ続けています。まあ、その是非なんて興味が無いのでそれはどうでもいい。


 日本人は宗教観が薄い。土着信仰や神道がうっすらと身についており、おかげで「たぶんやっちゃいけない罰当たりっぽいこと」が前提として認識されている。それは良いことに思えますが、それはそれとして「信ずる対象」が無いと人間はなかなか幸福に辿り着けない。
 『ジャンケットバンク』に、神を信仰する敬虔なギャンブラーが登場する。彼は賭け事で相手をハメることよりも「導く」ような戦い方をする。

 しかし、彼の指す「神」は自分自身のことなのである。なので彼の言う「神を信じろ」は「私を信じろ」であり、「神の言葉を聞く」は「自分自身の考えに従う」といった意味である。神である彼は神ゆえに反省もできるし、そのうえ意志が揺らぐことはない。彼の言葉は抽象的かつ独善的であるが、けっして彼の中で間違ったことは言っておらず、おかげで現在の試合では相棒へ「神の言葉」として助言を行い、それが的確に成長を促している。要するに、最近のジャンケットバンク面白すぎる!!!!(布教)


 閑話休題。戦国時代から続く宗教弾圧、カルト宗教の暴走によるテロを経た日本人は宗教自体に怪しさを感じていることが多く、ネットのシニカルな文化が余計に加速させた。代わりにネットによって新興宗教とは別種の新たなカルト、陰謀論者界隈が出来上がりつつあるのですが、それは別の話。『チ。』の作者の新作を読もう。


 誰だって何かを信じて従っていた方が楽である。ジャンケットバンクの登場人物のように「己こそが神で己のみを信じる」と断言できるほど強くない。けれども宗教に馴染みはなく、一歩間違えれば危うい悪の巣窟へと飛び込むことになる。その反動かはしりませんが、ここ数年で一気に「推し」文化が育った。スマホの向こうで輝く男女を推し、布教し、信仰して多幸感を得る。
 よく議論に挙がる「スパチャ」は相手のためではない。神や仏の足しになるからとお布施をする程みんな立派じゃない。慣例として何となくありがたい気持ちになるから賽銭箱へ小銭を投げ込む。そうすることで少しでも救われた、何かに与した気持ちになって「自分が気持ちいい」からである。もちろん、それで良いのでしょう。結局は自分が満たされていることが一番である。
 なのでスパチャも「相手のため」でなく、「神へ自分の信仰心を形で示す」自己満足だと解釈している。……が、配信者やアイドルは神でなく「生きた人間」であり、だからこそ面白い。投げ銭に対して反応やお礼をするため、「接触するため」多額を払う行為が成立する。これは信仰でなく執着だと僕は思うが、執着のおかげで相手は明確に収入を得ているので、その善悪を無関係の人間が推し量るべきでは無い。グッズを買ってアクリルやぬいぐるみを目の前に置いた方が互いの心理的負担も少なくていいんじゃないかと思うものの、まあ推し方、生き方はそれぞれですからね。一神教は偶像崇拝(ここではグッズなどを指す)を禁じていることが多いですが、細かいことはいいでしょう。
 で。日本の成り立ちや事件が特殊なせいで見えづらいものの、結局はみんなそれぞれ「導いてくれる神」がいて、それらによって救わらている現状はあまり変わりがなく、さらに現代には神が毎月何十何百も登場するものだから、次々と棄教を繰り返すこともある。肝心なのは「自分が幸福になる」ことですから、神の言葉や行動に違和感を覚えて「解釈違い」が起きたのなら仕方がない。
 この世界に神や仏は居ないかもしれないが、少なくとも「神に近い扱いをされる偶像(アイドル)」は掃いて捨てるほど溢れかえっている。僕は、そんな混沌とした時代が嫌いではない。
 

サポートされるとうれしい。