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手術後と血

 予定通り、鼻の手術をしました。

 結果から述べると、嗅覚が取り戻せたかはまだ判明しません。が、少なくとも一旦鼻と口の間に大きな穴を開ける手術には成功しました。お医者さんがた、本当にありがとうございます。「可能性があるならここしかない」と紹介された通りの名医と病院でした。窓から東京タワーの内部が見えるので、こちらがベッドの上で狂い悶えている最中も展望台ではしゃいでいる楽しそう人たちが目に入ること以外は完璧です。
 さて、僕の障害はなぜか生まれつき鼻と口が繋がっておらず、そのため鼻から空気が通りません。普通は鼻と口を繋ぐ通路が存在しています。それを無理やり開通させるわけです。言葉だけでも痛そうですね。術後の今も死ぬほど痛いですよ。死ぬほど痛いぞ。
 鼻の中からも器具を入れるものの、細さ的に十分でないため、喉からも器具を挿入します。呼吸器の手術が大変と言われる理由は、おそらく切る箇所の難易度が複雑だからでしょう。僕も喉奥、口の天井のような箇所を切り開いてから縫われている。これがありえないほど痛いし、喋るたびに血を吐きだす。なので僕はしばらく言葉もままならない。こうして文を紡ぐことでしか皆さんと交流ができない。


 そんな苦労の末、名医の手によりみごと開通は成功したようで、子供の頃の度重なる手術失敗によりギチギチに硬くなっていた鼻奥の肉を切り裂き、鼻腔内の粘膜を掻き集めて再び塞がらぬようにガード、そのうえで数日鼻に管を挿す。
 起きてからはもう、鼻も口も24時間血まみれ。それだけ肉と骨を裂くのは人体に影響を及ぼすのだ。なにせ、今回僕はふさがっていた肉に人差し指2本分貫通させたのだから。唾を飲み込むたびにガラスを飲み込むような痛みが走るので、唾を溜めては洗面台に吐き捨てる。そこには大量の血が混じっており、シャワー室がみるみる血に染まっていく。
 血の処理と痛みで一日目は終わった。
 まずは、広がった穴を固定するためしばらく安静にする他ない。鼻奥は大量の出血で詰まっている。今のところ「匂い」を感じることも、その余裕もない。管が刺さっているしね。
 久々の全身麻酔はやはり心地よかった。マスクと静脈に直接麻酔が流され、気づけば強制的に眠りにつく。できれば僕はずっと眠っていたい。無理やりにでも眠らされてしまう、擬似的な死を体感するあの心地が小気味良い。麻酔係の女性が手を握ってくれて「こんなおばちゃんの手を握ってもねえ」と笑って和ませてくれる。そんなことはない。心の底から嬉しかったので「暖かいですよ」と返す。次第に意識が遠のく。これが本日、もしかしたら数日後までの僕が発した最後の言葉となる。朦朧する意識の中でなぜか手を握っているのは聖園ミカになっていた(たぶん直前にタイムラインとかで見たのだろう)。ミカに握られているなら大丈夫だなと思いつつ、「ブルアカやってないのに申し訳ないな……」とも感じた。イラストでしか知らない……。急に無関係なオタクの手を握らせてしまって申し訳ない。しかし、あなたの慈愛の表情は手術への恐怖など一瞬で忘れさせるほど綺麗に映った。
 手術直前とはいえ、考えることなんてそんなものである。きっと死ぬ時もそうなのだろう。どんな人生であれ、死ぬ直前に好きなキャラクターの幻覚が見えたら幸福でしょう。それでいいんだ。
 起きると激痛。痛みが手術の結果を物語る。
 喉奥が縫われているので言葉はでない。でも、執行医は僕の挑戦を褒め、今後の説明をしてくれる。「ありがとうございます」すら声に出ないし、下半身が固定されて動きも不自由。が、とにかくお礼を言いたい。脳内が感謝で溢れかえり、アドレナリンとなって痛みすら掻き消す。頭を下げるのもただの頷きと混同されるだろう。筆談の余裕もない。僕は半ば無意識に深く目を閉じ、両手を合わせて深くお辞儀をする。祈りのポーズである。僕の救世主となった先生に多くの幸が訪れることを願い、生まれて初めて尊敬する人間へと祈りを捧げたのです。

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