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鼻の手術直前と必然

 明日、ついに鼻の手術をします。運が良ければ嗅覚が手に入る。とはいえ、生命力によってまた塞がる可能性も高い。先生の認識では「一応やってみよう」である。僕も納得している。

 便宜上は『先天性後鼻孔閉鎖症』と名前がつきました。要するに「生まれつき鼻の奥が塞がっていて鼻呼吸ができない、それに伴い嗅覚がない」。漢字で示されるとわかりやすいものの、激レアな病気のため前例もほぼなく、成功する可能性の方が薄いと自覚しています。まあ元から嗅覚が無いのだから、今回の手術で失うモノ自体はなく、ガッカリする以外のリスクもありません。
 この話を投稿した際、「ニディガの原作者な上で珍しい病気も持っていることあるんだ」と驚かれることも多い。たしかに客観的には、なんとなく見たことあるゲームの作者が生まれつき嗅覚が無いなんて偶然を感じるでしょう。しかし、主観で言えばむしろ必然なのです。


 生まれた時点で鼻呼吸ができず、弊害により発達も遅れ身体も弱かった僕は小学校の途中までは何度も入退院を繰り返していた。教室に馴染む機会も減り、次第に登校する回数の方が少なくなっていく。学校へ行っても勉強や話題についていけないのだ。それも、特に虐められているわけでもなく、ただ「登校してるのを久々に見た」からみんな触れないだけで誰も悪くない。
 逆にこれ幸いと、母と二人のアパートにて、本やアニメ、ゲームに耽る日々を過ごす。母は僕を不完全に生んだ負い目を感じており、不登校で漫画やゲームに熱中することを一切咎めなかった。オマケに最初から父親も居ない。このタイミングで恐らく僕は後天的に自閉症が加速する。母親以外と接することが稀で、部屋には本とゲームだらけなのだからそりゃそうだ。ニチアサが生涯の楽しみとなり、別に学校に興味や未練もないのでどうでも良かった。


 そんな状況が高校の途中まで続いたわけで、気づけば立派な「女手一つで育てられた女性寄りの感性を持つ自閉症」の完成である。もちろん学力も底辺。母が再婚したので知らない男が家にいることが嫌となり、上京して縁を切る。僕はお母さんしか知らないのに、母は新たなパートナーを選んだ。今思えばそれでいいけれど、思春期のナヨナヨしたオタクボーイには耐えきれなかった!
 学力もない、社会性もない、そんな自閉症が都内に一人。知っていることは本やアニメ、あとはインターネットの世界。ルームシェアやシェアハウスなどで貧乏暮らしを維持しつつも、ここから生き延びるには何かを作るしかない。ならば得意分野をまとめて作品にするのは当たり前で、僕は一般的な常識や倫理観と無縁の人生なのだから、そのような人たちへ向けてのゲームを製作した。そうしないと生きる価値はなく、誰も僕なんて認識しないから。
 なので、主観では「鼻呼吸ができず、併せて味覚が薄くて眠りの浅いガキ」が学校や社会に馴染めるはずもなく、ならば自分で創作するしか生きていけないし、いずれそれを実行することは半ば必然だと信じ込んでいた。時代はそんな紆余曲折を経て誕生した超てんちゃんを選び、初めて僕はまとまったお金が入ったので、このたびようやく鼻の手術をする。こう書くとすべて繋がっているのです。
 それを踏まえたうえで手術の成功はどちらでもいいんだ。鼻が使えないせいですぐに息があがり、食事も楽しめない。だからこそ人一倍、嗅覚の関係ないサブカルチャーにのめり込み、眠れない人間たちと寂しさを分かち合うことができた。不完全だからこそ、ぽっかり開いた穴を変なモノたちで埋めてこれたわけで、今の僕はこの『先天性後鼻孔閉鎖症』へ生まれたことに一片たりとも後悔はない。
 長らくたらい回しにされたぶん、いま巡り会えた執行医の技術は本物。ならば、それでも鼻が治らないのは天がそう選んだけだ。神は僕から鼻呼吸を奪った代わりにサブカルチャーを与え、何かを創作しなければ生きる価値がないという使命も背負わせた。それだけである。治ったらグルメやスポーツとやらを堪能してみるのもいいし、治らなくとも本や映画を楽しむことに大きな問題もない。どちらに転んでもいいんだ。
 惜しむらくは、自力で手術まで辿り着いた息子の姿を母に見せてやりたかったことだけか。僕が「もはやどっちでもいい」と感じている分、障害を抱えた子を産んだ申し訳無さから最も手術の成功を願っているのはお母さんでしょう。息子の鼻が治れば彼女が出産時に刻んだ罪から解放される。僕自身はそんなこと一ミリも恨んでいないし、片親だろうが、自閉症の障害者だろうが、高校生まで育ててくれたことへの恩しか感じてないけれど。敢えて言うなら、もし義父と別れたなら再び会うこともあるかもしれない、だけかな。僕は義父の顔は二度と見たくないから。
 何にせよ、看護師に渡されたマイスリーを飲んで寝て起きたら、そのまま全身麻酔からの手術だ。それ以上はどうしようもない。そこから先は神のみぞ知る。実は、ついさっきまでニディガ展2(ツー)のテキストを急ぎで書かされていた。手術直前でなお自ら生んだ超てんちゃんに振り回された。なんと因果なモノだが、結局生んだからには無条件で死ぬまで愛してしまうものなんだ。


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