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友人の万引きと母の思い出

 ちいかわのシーサーが「ユニオンですから♫」と歌うことがある。これは『ユニオン』なる沖縄の地元スーパーのCMソングです。これを聴くと二つのなんとも言えない記憶が蘇る。
 一つはちょっと明るい記憶。
 母親が再婚したことを機に義父と喧嘩し、一週間ほど家出高校生として夜の沖縄を彷徨った。その際、24時間営業がウリのユニオンは夜風を凌ぐ休憩所としてお世話になったし、店員からデカいダンボールをもらい、それをベッドや掛け布団にして公園で眠っていた。ユニオンに関する暖かな思い出。
 二つ目はなんとも奇妙な出来事です。
 中学の頃、友人と二人でユニオンに入店し、適当にぶらついて店を出たところ、友人が万引きGメンらしき男に捕まった。
 その場で裏手へ連行されると、なんと友人はちゃっかりライターをポケットに入れていたのだ!
 お金が無かったとかではない。中高生のバカガキが危ないことをしないように、コンビニやスーパーはなかなかライターを売ってくれないからで、なんなら友人は正しくタバコを吸うために万引きしていたのです。沖縄の荒れた土地の中学生にとって珍しくもなく、彼が特別不良とかでもない(真面目なやつでもない)。
 友人はさすがにばつが悪そうにしているが、僕としてはどうでもよかった。何故なら僕は生来の病気で鼻が機能しないため、タバコなんか吸えない体質だからだ。というか万引きをしてない側なのだから、これから友人が死ぬほど怒られることにわくわくしていたくらいである。
 が、老人やクソガキの万引きに日々悩まされているユニオンの店長視点では、いっしょに居た僕も同罪だと認識している。どうせ二人でタバコを吸って悪ぶるカス仲間なんだろうと。そのような視線を感じる。まあ、隣にいる同級生が本当に万引きや未成年喫煙に関わってないとは想像し難いでしょう。
 ここで「僕は生まれつき病気で……」と無罪を主張することも可能ですが、それはそれで変な話ではある。本当の話なのだが「五感の一つがない」なんて突拍子もない話は事態を拗らせる。重い病気が関わるとそれだけで空気がどんよりし、店長側もばつが悪くなる。「カッコつけたバカ中学生が万引きで捕まる」というありがちな出来事に対し、「鼻が機能しない同級生が巻き込まれている」というイレギュラーが発生しており、スーパーの店長にそれを伝えるのは酷な気もした。
 警察や学校に連絡するぞと怒り出す店長。当然だ。隣の万引き犯は単純に犯罪者なのでそれだけの罪がある。でも僕はマジで関係ない。もはや被害者ともいえる。
 友人は涙目で学校はやめてと懇願する。じゃあ盗むなよとは思うが、夜中なこともあり、店長はひとまず親へ連絡することに。どうやら友人の母親が迎えに来るとのこと。可哀想に。
 僕の母親といえば、記憶は曖昧なものの、来なかったかめちゃくちゃ塩対応だった。「匂いのわからない息子がわざわざ臭いが強くて不安になるタバコを吸うことはない」と確信があったうえで、子供の悪事へ無頓着なのだ。やんちゃで怪我するくらいが面白い大人になるだろう的な教育方針(さすがに万引きをしていたらシンプルに叱るでしょうが)なのです。育児放棄とも言う。
 僕の母親の対応が妙なので、店長もまともに耳を傾ける気になったらしく、僕も鼻の病気が云々で本当にタバコやライターなんか必要がないと説明。案の定、店長もこのような異常な状況に戸惑っている。「万引きされた方」なのに、いま自分が罪のない病気の中学生を拘束している悪者のような立場になる。僕としては怒られないことが確定している気まずい場は結構面白いんだけど。友人が親からガチ説教される瞬間を見られるのだし。
 駆けつけた友人の母親は良識と体面のある人物で、息子の不祥事にめちゃくちゃショックを受けていた。警察に行くと自動的に学校にもバレ、そのせいで進路に響くのだから必死。友人はそれなりに成績が良いタイプの不良で、ちゃっかりそれなりの高校へ進学予定らしい。高校なんてどこでもいい不登校寄りの僕が代わってやろうかと言いたいくらいですが、現実は非情だ。母親も友人も静かに涙を流し始めている。スーパーの店長にとって見慣れた光景でしょう。隣には無関係のガキがいること以外は。
 結局、警察に行かず長々とした説教+入店禁止で解放。友人は帰宅後に父親から怒鳴られることを恐れて震えていた。自業自得。僕もユニオンに入れないのかと笑ったが(しばらくして何事もなかったかのように利用していたけど)、果たしてあの場に僕が居なかった場合は警察も呼んだのだろうかと考えることがある。
 一緒にいただけのやつを警察や生徒指導に巻き込むのはマズイといった葛藤があったように思える。「警察は勘弁してほしい」と泣きそうな親子なんか、万引きに困らせた鬱憤を晴らすのに格好の的な気もするけど。
 個人的にはどう転んでも本当に良かったこと含めて、正解のない奇妙な一件として、ずっと心に残っている。帰宅後、母親は何事もないように一人でトルネコの大冒険2へ勤しむ。一応「大変だったねえ」程度は言うし、もし僕がタバコを吸っていたら(体質的に危険なので)叱るつもりはあったみたいだ。
 僕はこの倫理と道徳を無視した妙な愛情のある、人間らしい母親のことが好きだった。
 

 

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