となりの山田くん
帰宅。夜勤明けで腰を伸ばしながら鈍い呻き声をあげていると、外にいるおよそ小学生と思われる可愛げな声が、元気溌剌に部屋のベランダを伝って耳元に入ってきました。
自分の住んでいるマンションと向かいの老人ホーム、おそらくその間の道路で話しているであろう小さな声が、若かりし自分を思い出させます。
自分も昔は、小学生の分際でありながら、自身のサッカーチームを作り、道ゆく小学生を勧誘しては、休日になると近所の公園に集合させて、自分がコーチとなってサッカーのあれやこれやを一席ぶっていました。
「今日のメニュー」と書かれた日誌を片手に、「ドリブルはこうやって、リフティングはこうやって...」と嘯くその姿はまさに滑稽、可愛いうちにやっておいて本当に良かったです。
飛び抜けた、とまではいかなくとも、それなりのサッカーの才能を持っていた若かりし小生は、ファイアートルネードを愛し、ゴッドハンドに憧れる生粋のサッカー馬鹿で、
ゆえに努力は惜しまないし、努力することが楽しいと思えていた人生の全盛期(早い)でもありました。
結構ガチで良いチームに入れたんじゃないかと、サッカー好きの母親に(恐らくこれはお世辞抜きで)評価されたくらいには有望だったわけですが、
ひょんなことから中学ではバレーボール部に入部することになり、サッカー選手の蕾は淡い徒花に終わったわけです。
そんないつしかの記憶をゆらゆら巡りたどっていると、外の小学生が、やにわに声を大にして言い放ちました。
「や〜ま〜だ〜がぁぁ〜」
目下たちどころに響くイントロに、「やまだがぶってきた」「やまだがお菓子を奪ってきた」「やまだが…」
一体全体やまだは何をしたんだ、何が明かされるんだと、隣にいた母親もすっと静止して仄聞の構えを示します。
「や〜ま〜だ〜がぁぁ〜」
「買い食いしてましたぁぁ〜」
得々と轟く第二声に乗った衝撃の大暴露に、「いや許せぇ⤵︎」と千鳥の大悟の声でツッコミが入る。きっと全住民の脳内で同じ現象が起きたに違いない。
小学生だから、帰路は寄り道せずまっすぐ家へ向かいなさいという学校の指導に反するし、恐らくお金も持ってきちゃ駄目だろうから、まぁ新手の公開処刑といったところでしょうか。
自分も中学生の頃、やっぱり部活終わりは帰り道にある50円自販機で賞味期限ギリギリのジュースを買うのが最高だったけど、
校則違反をする罪悪感と、先生に見つからなくても、近所の人にチクられたらどうしようという恐怖心から、結局たった一回それきりで終わった記憶があります。
帰り道にコンビニに寄ったり自販機で喉を潤すことの何が悪いのかと、むしろザ・セイシュンで微笑ましいじゃないかと今となっては思うんですけどね。
「や〜ま〜だ〜はぁぁ〜」
….まだあったのか!?しかも今回は助詞が「が」から「は」に変わっている!ということは彼の習性や習慣についての暴露か!
あらゆる推測が脳内で目まぐるしく交錯し、これまた家にいた家族全員の耳目を集めました。
「や〜ま〜だ〜はぁぁ〜」
「エロ画像を見てまぁぁ〜〜すっ」
あ〜これは….これは〜いやぁぁ…「「いや許せぇ⤵︎」
小学生が手を伸ばすにはまだ早い気もするが、ストレッチは早い方が良いと言いますしね?
しかし暴露はさらに続く。
「や〜ま〜だ〜はぁぁ〜」
と続けて、親が隣にいるときにあんまりそれ言わないでほしい4文字が威風堂々と叫ばれる。
「いや違うってぇ*+:@[^¥:]……」
暴露主ほど大きな声ではないが、熱を帯びた甲高い声が空を切って、起伏激しく鼓膜を揺らす。
必死の抵抗、保身に汲々、危急存亡の秋。
まぁまぁ、気にするな、やまだ。
そういうの老若男女関係なく大抵みんな好きだから。垂涎の三大欲求、女性でさえそうなのだから、いわんや男性をやだよ。
「ティッシュが間に合わなかった」とか検察官に供述するようなシチュにならなければ怒られないから。
大人の階段を登ったやまだに、乾杯。
*やまだは仮名です。
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