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現代の結婚における恋愛の機能ー『おとなになっても』最終巻と『恋愛結婚の終焉』

『おとなになっても』最終巻が刊行された。10巻分まるまるリアルタイムで読んでいたのだが、最終巻を読んではじめて「あ、これは結婚をめぐる話だったのか」と気づいたのだった。

大人の恋愛は結婚に繋がりがちで、そして結婚は家父長制に繋がりがちで、そして家父長制は誰かの犠牲に繋がりがちである。

もちろん繋がらないあり方もそれぞれ可能だが、現代においてはまだまだ繋がりがちである。そんななかで主人公の綾乃は、一度は男性との結婚を選んだものの、同性である朱里との結婚を選びなおすことになる。その過程で、誰かの気持ちを踏んずけたり、あるいは新たに誰かとつながり直すことになったり、そして自分の犠牲にしていたものと向き合うのだった。

私はこの物語のラストが大久保母の話になったことが、すごく秀逸だと思ったし、誠実だなとも思った。なんせ大久保母というような存在は、現代社会にめちゃくちゃいるのに、フィクションではいないこととされがちだ。いきなりキレて、話が通じなくなる大人のおばさん。――そんな人たくさんいるのに、なぜか漫画にはなかなか登場しない。だけど「よく漫画ではいないものとされているけれど、現実社会ではよく出会う」人物を描かせたら、少なくとも女性作家のなかで志村貴子の右に出る人はいないんじゃないだろうか、とよく思う。

大久保母のような、ある意味リベラルな思想のもとでは見えないものとされがちなキャラクターを、ちゃんと掬い取ってくれたのは本当に誠実だなあ、と私はぐっときた。『おとなになっても』は、そういう面も含めて、ちゃんと大人の話を描いてくれていたのだ。


さて『おとなになっても』を読んだ後、今週『恋愛結婚の終焉』という新書を読んだ。たまたま読んだのだが、いろいろ考えるトピックが多くて面白かった。なんせ私は立派なアラウンド・サーティー世代。本書が問題とする世代どんぴしゃだ。

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