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20年前に読んだ「タイトルを思い出せない児童小説」をインターネットで発掘した話――とんでる学園シリーズに捧ぐ


思い出せない本がある。


むかしから本を読むのが好きだった。気がする。いまいち自信がないのは、小学校の頃は「自分の読むものがどこにあるのだろう」といつも迷っていたからだ。けして、次から次へと読むものが見つかって止まらない! という気分ではなかった。(ちなみに少女漫画は止まらなかった。ブックオフに行けばいくらでも次に読みたい漫画が見つかった)。

小さいころの私――だいたい小学校3,4年生くらい――は本がけっこう好きなくせに、教室で流行っていたハリー・ポッターにも、ダレン・シャンにも、デルトラ・クエストにもいまいち胸のときめきを覚えられなかった。友達と協力して『りぼん』『ちゃお』『なかよし』三誌すべてを毎月読み、それなりに物語読解能力を発達させていた身からすると、教室で流行っているファンタジー小説は、なんだか分かりやすすぎるように思えた。「これは私に向けた話じゃない」と感じていたのだ。

あのころ、教室のみんなデルトラ・クエストを読んでたね……。ちなみにハリー・ポッターは映画を観て面白いと思うようになりました。たんに文章が苦手なだけだったのだろうか。「炎のゴブレット」が上下巻で出て、小学校の友達が家で開封するのを見た記憶がある。

そんな私をすくってくれていたのは、ほかでもないポプラ社であった。

図書室で借りた本しか読めない、学校の読書の時間。その時間のために私はズッコケ三人組シリーズをひたすら借りていたし、ズッコケを読み終えるとポプラ社の伝記をひたすら借りていた。

ズッコケ、本当に面白かった。全巻ひとつとしてはずれがなかった。いまだに読み返したくなる。ダイエットの話にみせかけた新興宗教の話とか覚えてる。

伝記というと堅いイメージがあるが、このシリーズ、けっこう面白かった。手塚先生のことも、漫画読む前に伝記で知ってた。

これが高学年になると青い鳥文庫や岩波少年文庫にお世話になったのだけど、それはまた別のお話。


そして休みの日には、学校の図書室では見つけられない、市の図書館へ親に連れて行ってもらわないと借りられない児童小説を読むことにはまっていた。

それはポプラ社から単行本で出ている、少女向けの児童小説たちだった。

刊行されたのがすこし昔だったのか、表紙や挿絵は昔風の少女漫画絵だった。しかし絵の古さも気にならないくらい、とにかく、小説が面白かったのだ。たとえば吸血鬼や幽霊、女の子が活躍するミステリやホラー小説、超能力、おまじない、寮、転校生……それらのモチーフの主人公がたいてい小学生なのだ。少女漫画ではなく小説で、ちゃんと自分たち向けの面白い物語を提示してくれたのは、その本たちがはじめてだった。たぶん私がいちばん最初に読んだ「恋愛小説」はあれだったよなあ、と思う。

今も昔も、私は小説の感情描写にぐっとくる体質なのだが(だから小説の細かい設定なんかには一ミリも萌えがなく、それゆえいまだにファンタジーもミステリも読めない)、その本たちははじめてちゃんと私の需要をおさえてくれていた。面白いと思った。

が、あれから20年近く時が経った。

私は、当時あんなに楽しく読んでいた本たちのタイトルすら、ほとんど覚えていないのだ。

時の流れは残酷である。


どう頑張っても思い出せない。現代の文明利器に頼ろうと、インターネットで調べてもなかなか出てこない。どう思い出したらいいのかすら分からない。

唯一思い出せた(というか、インターネットで調べたらちゃんと出てきた)のは、「ふーことユーレイシリーズ」だ。

「ふーことユーレイシリーズ」は、ファンが多いのか、Twitterで話題にしている人も多かった。だから大学生くらいになると、「うわ、なつかしい」と思い出すことができた。

なんと物語にして全14巻。超大作だ。でもシリーズ化されるのも納得の面白さだ。Amazonの内容紹介を見ると、こんなあらすじが紹介されている。

内容(「BOOK」データベースより)
変な呪文を唱えて、ユーレイの和夫くんと結婚してしまったふーこ。左手薬指の指輪がはずれなくて、大ピンチ!はずすには、和夫くんを心から好きだって思うことなんだけど、ふーこは同じクラスの葉月くんが好き。どうなっちゃうの!?小学校上級から。

今見てもけっこうトリッキーな物語である。小学生の主人公、最初から幽霊と結婚「しちゃう」のだ。ラディカルすぎる。しかもその呪文を解除するには、幽霊を「心から好き」と思うこと……っていやそれ心から好きだって思った瞬間に結婚解消ってことやんけ! すごい設定。ロマンティック・ラブ・イデオロギーと、家父長制の嘘にまみれたケッコン・システムを断固分けていくスタイル。あまりに先進的である。

しかもこれ、ラストもものすごい。当時読んで衝撃を受けたことを覚えている。まさかのバッド・エンド(いや本人たちからしたらハッピー・エンドなんだけれども)。ぐぐってたら結末を解説してくれているブログがあったので、もしもうこの名作児童小説を読むことなんて絶対ないよ! と確信している方がいたらぜひ一度結末を知ってください。

……ね、すごい話じゃないですか。大人になって『愛の不時着』にハマった私からすると、当時のほうがよっぽど愛の限界に挑戦した物語を摂取していたなと思わざるをえない。

ちなみに同じ作者の「ヴァンパイア・ラブストーリー」シリーズも面白かった。胸に咲くバラとか、運命の人に出会った瞬間倒れてしまうとか、時空を超えた恋だとか、どこまでいっても悲恋とか、どこか萩尾望都の吸血鬼物語を彷彿とさせるモチーフたち。そして輪廻転生しまくるので、吸血鬼モノでありながら、舞台がフランス革命のパリとか、古代ギリシャとか、さまざまな時代にうつるのも面白かった。『ジェニーの肖像』みたいだな。

このブログにあらすじが載ってるのでぜひ。今から考えても、濃ゆい。

ちなみに調べると、復刊ドットコムにはアツいコメントが寄せられている。トワイライトシリーズ以上の名作というコメント、わかるよ……。



しかし、私が調べられたのはここまでだった。いやもう、どうがんばっても「ふーことユーレイ」シリーズ以外のタイトルを思い出せない。ポプラ社のサイトを見てみても、どうやら昔の本はホームページに載せていないらしい。あのころ読んだ児童小説たちは他にもたくさんあったのに。

どうしても思い出せない、思い出したい本があった。たぶんふーことユーレイシリーズと同じレーベル。だけどタイトルが思い出せない。調べても出てこない。内容はけっこう覚えているのに。「小学生の主人公がトリマーを目指している。周りにそれを言い出せないくらい内気なのだが、動物の医者になりたいと言う同級生に出会い、クラスの男の子も加えて、三人で動物の面倒を見るバイトを始める」物語だった。

私はなぜか一度読んだきりのその物語が好きで、「主人公が犬の前髪を切りすぎるエピソードがある」とか「三人のあだ名が動物にちなんでいる」とか「三人のうちのひとりの名前に『公』という文字が入っていて、『ハム●●』と呼ばれている」とか「友人の親は医者で、動物の医者なんてなるもんじゃないと言われている」とか「友人の髪型はポニーテール、主人公は二つ結び、でたしか表紙はその主人公のアップ」とか、そんなことは覚えているのだけど。あと、その本で私は「内気」という言葉を覚えた、とか(その主人公が内気な性格、とあらすじに書かれていたのだ)。けっこう内容は詳細に覚えている割に、しかしいくら調べてもタイトルが出てこないのだ。

いや~~~いつか思い出したい。でもどうやら絶版になってそうだし、「公 児童文学 トリマー ポプラ社」とかで検索しても「小公女」とか「トリマーになるための本」とかばかり出てくるし。私はこの本を思い出せないまま人生を終えるのだろうか……とたまに思っていた。


が、聞いてください。なんと今日、ていうか今日の明け方、この本のタイトルを発掘したんですよ!!!!!!!(今日はこの感動を伝えたくてnoteを書いている)。


きっかけは今書いている原稿だった。そのなかで幼少期の話がでてきて、どう~~~してもこの本のタイトルが気になったのだ。

しかし正攻法(本のあらすじをGoogleで検索)ではやっぱり見つけられない。私の記憶が間違っているのか、とちょっと不安になる。あらすじや記憶を捏造して、ありもしない本を思い出そうとしているのだろうか。探したい欲求ばかりを持て余しつつ、私はGoogleの海を漂っていた。ちなみにこれが原稿からの逃避であることに気づいてはいた。

しかし逃避の時というのは、えてしていいアイデアを思いつくもんである。私はふと、「ふーことユーレイ なつかしい」とGoogleで検索した。

……ふーことユーレイシリーズと一緒に、あのころのポプラ社少女向け児童小説たちを懐古してくれているブログとか、ないだろうか。

いやこの広いインターネット社会。ひとりくらい、懐古している人、いるだろ。

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…………おるやないか!!!!

ブログというよりはあらすじまとめサイトだったが、私はいまだかつてなく真理に近づいたと感じた。

URLに記載されていた情報、それは私が読んでいたあのポプラ社少女向け児童小説、「とんでる学園シリーズ」というレーベルだったのだ……!!!!!! 

いまだかつて知らなかったレーベル名。あまりに大きな手がかり。

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ひい~~~~~ここで出てるこの二作品とも読んだ~~~~~。なつかしい~~~~~~~。うらないトリオキューピッズ、読んだ~~~~~。ここでコックリさんとか知った~~~~~~。

ここまできたらもはやこちらのもの。おそらく私が探しているトリマーの話も、「とんでる学園シリーズ」の一作品であろう。私は「とんでる学園シリーズ」をGoogle検索した。

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きた、Togetter!!!!!!!!! 

こういう名もなき懐古情報はブログかtwitterに限る。勝利を確信してURLを開いた。

しかしまずtogetterにまとめられていたTwitterを見て、衝撃を受けた。

!!????!? ふーことユーレイシリーズの作者、『キャンディ・キャンディ』の原作者!?!?!? 

トリマー物語のことも忘れ、驚いた。

『キャンディ・キャンディ』の作者はいがらしゆみこだとばかり思っていたので、いがらしゆみこが作画担当だったことにも驚いたし、原作者がペンネームを変えて少女漫画原作から児童小説を手掛けていたことにもさらに驚いた。「ふーことユーレイ」で全国の小学生女児に衝撃を与えた作者、『キャンディ・キャンディ』でアンソニーを死なせたのはあなただったのか………。

名木田せんせえ……。そら「ふーことユーレイ」シリーズ、面白いわ……。


我に返り、トリマーの物語が言及されていないかtogetterを探した。するととんでる学園シリーズをコレクションしている方のツイートがまとめられている。いやもうほんとインターネットにはあらゆるジャンルのコレクターがいてすごいよ。

そしてコレクションの背表紙たちを発見。

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………これは、絶対、トリマー物語もこのうちの一冊にあるはずだ。

確信を抱えた私は、タイトルだけで分かるだろうかという不安を抱えつつツイートに貼られたタイトル画像を見てゆく。

そして、

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………なんか、動物っぽいものが、ある。

「ウサギ&レトリバー失踪事件!?」。


これはきたのではないだろうか。Google検索にそのタイトルを打ち込む。Amazonページが出てくる。

これだわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


20年近くの時を経て再会を果たしたあらすじは、記憶の中のものと相違なく、「ひ、ひえ~~~~~~~~なつかしい~~~~~~」と感慨を覚えるには十分なものだった……。

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ちゃんとあらすじに「内気」ってあるわ………。私の記憶力に狂いはなかった………。ていうか20年前の本をけっこう詳細に覚えている私の書評家根性、えらい…………。

感動した。たしかに記憶の中のあの本は、存在していたのだ………。幻なんかじゃなかった。


ありがとうインターネット、ありがとう文明の利器、ありがとう自分の検索能力。小学校の時の友人に再会したくらいの感慨をありがとう。きっとインターネットがなければこの本と再会することはなかっただろう。ていうか「ふーことユーレイシリーズ」ですら厳しかっただろう。まさかあれがキャンディ・キャンディとつながっていたとは。ありがとうインターネット、そしてとんでる学園シリーズをコレクションしてくれてた人。


コレクションしてくれてた人、togetterから飛んでみると、今は鍵アカウントになっていた。彼or彼女のプロフィールには、ひとことこう書かれてある。

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なつかしさだけが僕らの生きた証だ、という台詞が恩田陸の小説(『図書室の海』)のなかにあった。なつかしさだけが私たちをつなげてくれる。記憶のどこかで。思い出せばどこかで再会できる。本が絶版になっても、Twitterに鍵をかけられたとしても、それでもどこかで思い出せば会うことができる。

記憶は私たちの生きた証だ。たしかに私は小学生のとき、この本を読んだのだったのだなあ。と、Amazonのページを眺めながら、私は原稿にまだ手をつけていないことを思い出すのだった。





いつもありがとうございます。たくさん本を読んでたくさんいい文章をお届けできるよう精進します!