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ICUC-109_2022.5.15【できることとできないこと】ICUC知的好奇心向上委員会】

【ICUC知的好奇心向上委員会】の私の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee !

角田陽一郎109「できることとできないこと」ICUC知的好奇心向上委員会

月曜日に、カフエマメヒコの公園通り店が閉店し、
水曜日に、上島竜兵さんの訃報を聞き、
木曜日に、グッドウォーキン上田さんと広島のスピングル本社でロケをし、
金曜日に、編集者のメールの一言に救われた
と言う話です。

角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

mireva channel

動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

神石高原町の室尾明神

 おはようございます。バラエティプロデューサー角田陽一郎でございます。知的好奇心向上委員会109回目ということで今日もライブ配信でやってみようかなーと思っております。えぇーっとね、何話そうかなーと思ってますけども。タイトルはね、「できることできないこと」っていう事にしたんですけど。ま、人には出来ることがあって、一方で出来ないことがあるじゃないですか。まあ当たり前のことなんだけど。それって、なんて言うんでしょうね、出来ると出来ないと思ってたこととかも…なんて言うんだろう、日に日に、年々、ずれていくなーとか。ずれてくと言うか、自分の思ってることと。だからよく想定内・想定外みたいなこと言うと、”自分の感じてる想定というのと自分が実際出来るもの”って意外に想定外だったりするよなーみたいなことを思ったんで、今日はそんな話をしようかなーなんて思ってはいます。はい。ま、そんな感じなんでゆるゆる30分お付き合い下さい。
 先週はね、なに話したんだっけな?GW明けだったものですから、GW中に見た微差みたいなね、プロジェクトというのは投器であるっていう…はい、ああ、どうも彩さん、こんにちは。「神様飾られてる」んです。この神様買って来たんですよ!んふふふふ!買っちゃったんですよね!ちょっとこのお面のこの顔にどーしてもですね、引きずられてしまってですね、買ってしまったんです。これちなみに広島のですね、神石高原町、まち?ちょう?って言うのかな?神石町って神の石って書く街があるんですよね。神石町ってね。

 神石高原町の伝統の能舞台の能面なんだって書いてあって。へぇ!と思って。そしたらなんか途端に欲しくなってですね。んふっふっふ!なんかこの顔に!この顔なんかすごい良くてですね、買っちゃったっていう(笑) んもぅ、こんなの買ってていいのかな自分は!と思いながら、せっかく買ったんでここに飾ってるんですけどね。はい。ま、そんな感じなんですけど。

月曜日 マメヒコ渋谷店閉店

 あのー、先週はね、微差とかプロジェクトみたいな話をしたんですけど、今週なにがあったかなぁ?月曜日か、先週の月曜日くらいから順々に振り返っていくと。月曜日は5月9日は渋谷のカフエ マメヒコってところが閉店しちゃいました。カフエ マメヒコの井川さんていう人とはね、もう7年ぐらいの付き合いなのかな?うん、で、そこで色々、トークライブをやったりとか、ラジオの収録したりとか、色々やってて。で、まあ諸般の事情によりですね、まあその諸般の事情も井川さんが話すとすごい面白いんですけど…閉店ってことで月曜日にはカフエ マメヒコが閉店しましたね。「2016年から通い始めて7年。沢山のお喋りと笑いと出会いと美味しい食事とコーヒーをいただきました。」って書いてるんですけどね。

 マメヒコ自体はね、今後は銀座と神戸で続くらしいので。で、三茶店は元々あるから。むしろずーっと続くみたいですけど。だからマメヒコさんとの関係はね、皆さんとの関係は今後も続くからそこはそこで全然ある意味今後も楽しみなんですけど。渋谷のね、ちょうどパルコの前にあったんで僕は打ち合わせによく使ってたと言うか。そう、いい空間と美味しい珈琲と、ぶっちゃけそんなに混んでないっていう。ぶっちゃけそんなに混んでないのが閉店の一つの理由ではあるってことではあるんだけど、そこはまた井川さんのポリシーと言うかね。その気持ちいい空間っていうところで打ち合わせが出来るってスペースがカフエ マメヒコ、僕にとってはすごい貴重だったんですけど。それがね、うん…無くなっちゃうって言うか。それが自分の中ではすごい困っちゃうなーみたいなことは思っております。

火曜日 予測はできる予見はできない

 うん。まあそんな事が月曜日にあり。で、火曜日にはなにあったんだっけな?ちょっと探っていくとですね…火曜日…、ああぁ。火曜日こんなこと書いてますね。ちょっとおはようございますツイッターを今ちょっと遡ってるんですけど。

おはようございます。5月10日です。
予測とは、未来にある方向に事態が向かえば、これくらいの成果(or被害)が起こるだろうと推測すること。僕らはいろんな手段を使ってその予測はだいたいできたとしても、僕らがどんな手段を使っても実際にどの方向に世界が向かうかはほとんど予見できない。

 ってことを書いてて。だんだん出来ることと出来ないことって今日のテーマに近づいてくと思うんですけど。あの…これね、僕の、いま東大の文化資源学ってところに通ってて。その指導教官が仰ってたんですよね。まさにウクライナの戦争に関して、もし攻めたらこういうことが起こるとか、攻めたらこういう経済的な被害が起こるとか、負けたらどうだとか、勝ったらどうだみたいなことって予測は出来るんだけど、負けるか勝つかって分かんないですよね?とか、ロシアが攻めたらって言ってんだけど、攻めるかどうか分かんないですよね?だから攻めたら、攻められたらこうなるだろうなって事態の予測ってのは皆んな…ある意味AI的なね、データとかからね、する。だからそれが学問だって言ってましたね。もしこうなったらこうなるんだっていう事を色んなジャンルと言うか色んな手段を使ってそこで分析するのがある意味研究で。だから研究者は実際それでその研究をしたことで事態がどっちに行くかってことはむしろ皆目分からないって言うか。うん、その違いってすごくあるじゃないですか。なんかこう予測すると出来ることと言うか、予測可能なことってこうだから…みたいな事で議論って行くんだけど、実際そっちに行くかどうかって分からないことってすごいありますよね。そこってすごい、なんかごっちゃにしちゃって考える事が多いよなーなんて思ったりするわけです。
 で、僕なんかでも──つまりコレこういう風にやれるよなーとか。こういう風に出来るよなってのは、1つでは僕は…僕はと言うか皆んなそうなんですけど、そういう経験をしてきたりすると…過去にこういうこと出来てたからこういうことが出来るはずだと。仮にAさんはこういうこと出来るからB君だって出来るはずだとか、そういう風に推測するんですよね。うん。でもそれってAさんが出来ることとB君が出来ることって同値ではないって言うかね。尚且つ僕がやってきたことって例えば2000年代に金スマって番組でこんなことをやりましたとか。僕はテレビプロデューサー、テレビディレクターだったものですからね、金スマって番組でこんなことをやりました。さんまのからくりTV!ではあんなことやりました。…とかってあるじゃないですか。という経験値があるからじゃあ今、例えば番組のロケに行った時にこういうこと出来たわけだから、これが出来るんだみたいな。ああ、こんにちは。お久しぶりですMARIAさん。ありがとうございます。はい。出来る出来ないみたいなことってこういう風に予想してしまうんだけども。それって今から20年前だから、まるでこう…なんて言うんだろう、出来ることがそのまま続いてるように感じちゃうんのもそもそも間違いだし。さらに言えばその頃出来なかったんだけど…例えばカメラが小型化したから今出来るよねとか、昔だったらこういう編集するのにすごいお金が掛かるけど、今Mac1個で出来ちゃいますよね、みたいな意味で出来るみたいなものも当然あるわけですよ。
 うん、そうなんだけど。それとは別に自分という人間が歳取ってくると出来ないことも増えてきますよね?単純に。歳くって。身体が老けてとか。うん、なんかそういう事とかも複合されると、さっきの「もしこうなったらこうだろう」っていう予測したものと、実際その方向に行くかどうか分からないのが前提で、その方向に行った時の結果ってののズレというものがなんか年々増えてるなーっていう実感をするわけです。
 うん、だからさっき2000年代って言いましたけど、僕がだから30代の時にこういうことが出来たっていう、出来る、こんな経験をしたってことがあって。じゃあ今50代になって2022年にそれをやってみるって、──あのね、体力を使うとか使わないとかそういうレベルならもう予想つくじゃないですか。昔は何秒で走れたのに今何秒で…みたいな事というより、もっと些末な事なんだけど。あれ?こういう事って出来ないんだなーみたいなことってのはね、かつては出来てたのに…みたいなことをすごい感じることがあるんだよなーなんて思うわけです。

木曜日 こんなことができないんだとまざまざと…

 で、それを火曜日、水曜日、木曜日。水曜日からね、大阪の大学で、国際ファッション専門職大学っていうところで非常勤講師をやってるんで、今毎週水曜日に大阪行ってるんですけど。大阪で講義を終えて、その後知り合いとね、京都でご飯食べてて。で、翌日広島、厳密にいうと福山、広島県の福山で降りて、そこから府中市にあるスピングルってところにお伺いして。グッドウォーキンっていう吉本の芸人さん、で、スニーカー芸人でもあり、刺繍やってる刺繍芸人でもある上田さんと一緒に『Good Walkin Spingle』っていう新しい番組を始めるので、そのロケをやるわけです。

 やったわけです。で、その時にまあ面白いロケもたくさん出来たんだけど。「そうか、こんなことが出来ないんだ」っていうことをね、すごくまざまざと感じさせられたっていうのが今日その思った事に近いんですよね。うん。
 それってね、例えば組織だったら出来るかも知れないとか、そういうシステムがあったら出来るかも知れないとか、例えばもっと簡単に言えばお金があったら出来るかも知れないみたいなことって結構あって。その事をね、ちょうどね、noteに書いたんですけど…どこいっちゃったかなぁ?ちょっと待ってくださいね〜……えーと…ぇーと……ということで、色々僕が今やっているってことを書いたんですけどね。

EXIT兼近とポポポエム
映画パーソナリティのコトブキツカサと寿司特
東京画廊の山本豊津と豊津徳
考具の加藤昌治とあんちょこお悩み相談会
市川美絵さんとラジオSeasoning
グッドウォーキン上田とグッドウォーキンスピングル
吉本新喜劇佐藤太一郎と陽太

 これって今、大阪でライブを…トークライブをずーっと定期的にやってたんですけど、コロナで止まってたんですけど。せっかく大阪行くんで久しぶりにやってみようかなーみたいな話をやってたりと。ま、それは置いといて。

さらに新番組も

 計画してるんですよ、2つぐらい。うん。まあ、

…我ながらよくやってる。

でもこれの本当にすごいところは、実は僕とスタッフわずか1、2名で回してるという事実。。。新しい働き方と言えば聞こえはいいけど、組織やシステムや資金を持ってる人たちには圧倒的に敵わない。元そういうところ

 要はTBSテレビですけど。

元そういうところにいたので、時たまふとその事実にも気付かされ、時折愕然とするのも事実。

 ってことを書いたんですけどね。うん。なんかね、ある場所でロケしたわけですよ。これだから具体的な話をいうと色々語弊があるから言わないんですけど。で、ある場所で面白くなる時もあったんだけど、こっちの場所では面白くならないなーみたいな時があったわけですよ。で、面白くなんないなーなんて思ってて。そうするとディレクターと話してて、面白くなかったですねみたいな。うん、面白くなかったねーみたいな。そうするとね、何となくその場所のせいになっちゃうんですよね。ところがその場所を面白くするかどうかってそれこそ事前リサーチとか、その場所がある立地条件とかね、なぜそこにそういうものが建ってるかみたいなね。うん例えばだからそれって…テレビでいうとブラタモリ。だから僕言ったんですよ、そのディレクターに。確かに面白くなかったよねと。撮影してみて。でもそれってさぁ、この場所が悪いというよりさぁ、もしブラタモリだったらさ、この場所を面白く出来るよね?みたいな。なぜこういう様な施設が出来てて、そもそも何故街がこうなっていて、何故その施設でこういう効果を生んでるのか?みたいなことをちゃんとやれば、たぶん絶対面白く描けるよね?と。つまりそれって僕ら…でもそれってやっぱNHKだからかも知れないけど、大量のリサーチをかけて、ちゃんとすごい調べて、時間掛けて話して、尚且つタモリさんの好奇心みたいなものがあるからブラタモリって成立してるじゃんって話で言うと、上田さんにね…グッドウォーキンの上田さんに好奇心が有るか無いかみたいなことだとある方だと思うから、むしろそこは置いといて。僕ら的なスタッフのね、リサーチもほとんどしてないし。尚且つさっきも言ったけど僕以外1、2名で回してるみたいな事実。で、その人たちも忙しいからね、基本。

ああこんなことも出来ないんだ自分は

 …とかあると、つまりそういう人たちが出来ないっていうのは当然なわけですよ。つまりやりゃあ出来るんだけどね、やる為には組織とかシステムとか資金が必要なんですよね。うん。とすると、組織もなくシステムもなく資金もない中なんとかやっている。で、それってつまり…なんて言うんだろう、YouTuberってそういうの多いですよね?人気YouTuberでたくさんスタッフを抱えてみたいなのは別だけど、うん。だからYouTuberが1人でカメラで、こういう風に、今僕がこうやって喋ってるみたいな時に、自分が調べられる範囲でとか、自分が撮影できる範囲でっていうことでたぶん内容って限定されていくとすると、個人的にこういう様に喋ってるのがいいよねっていうのになってるのって、まあそれで面白い方は当然面白いんだけど、つまりそれしか出来ないんですよね。それぐらいしか。…うん。
 で、一方で僕がプロデュースで色々やっているって言ってるけども、それって僕の中では1990年代、僕が20代だった90年代とか30代だった2000年代とか、そういう時のやってきた…さっき言った経験とか、やって来たという実績とまでは言わないけど、そういう想いみたいなものからこれくらいは出来るじゃんみたいなもので、そういう動画とかイベントとかを作るわけですよ。でもその時にやった組織もシステムも資金もないわけだから、まあ出来ないんですよね、究極的に言うと。うん、って事をディレクターと話し合ったんですよね。
 とするとね、結局じゃあやれることってそのディレクターがやれる範囲のことと言うか、さらにこの場合のグッドウォーキンさんで言うとグッドウォーキン上田さんの話せる様な興味があることとかね、やっぱりそういう事にむしろ寄せて行かないと内容を面白くすることは出来ないわけですよね。とは言えね。これって『Good Walkin Spingle』って意味で言うと、スピングルさんっていうスニーカーメーカーさんが関わってるわけだから、スニーカーメーカーさんとしてはこういう事がやりたいってのが当然あるわけですよね。で、当然やりたいことと今言った様な条件が揃ってる時は完璧でいいですよね。揃ってない時って…つまりやらなきゃいけないんだけどやれないっていう。んふふふふふ、うん、すごいね、こう…ジレンマを感じるわけですよね。うん、で、このジレンマってね〜難しいんだよなぁ、つまり。やりゃ出来るんですよ。やりゃあってのはやれるシステム、資金、組織があればみたいな。でも無いから出来ないわけじゃないですか。うん、じゃあ「やれないんですか?」って言われたら「やれないんです」「何故ですか?」「組織、資金、システムがないからです」って…。でもなんかそれってそう言っちゃうのがなんかこう…負けって言うか、なんかこう…ねぇ、悲しいなーなんて思ったりしたってのがまさに広島でロケしててね、そんな事を思ったんですよね。
 うん、だから出来ること出来ないことって言うのって、それって翻って言えば1人で出来ること出来ないことみたいな意味も含めて──今ね、EXITの兼近さんとこんなことやってる、寿司特ってこんな風にやってる、豊津徳ってこんなことやってるって言ってるけど、基本的には僕、ほとんど僕1人でやってるっていう意味で言うと、うぅ〜ん…それで良かったんだっけな?それでいいんだっけ?っていう思いも逡巡するわけです。想いが逡巡されると言うかね。じゃあテレビ局にいてね、組織があって、資金があって、システムがあったときはやりたい事がやれてたか?って言うと、ぐ〜っと思い出が20年ぐらい前に戻ると、30代の、20年前の僕はやっぱりやりたい事やれないなって思ってたんだと思うんですよ(笑) うん、で、その時は自分のやりたい企画が通らないとかね。だからじゃあ結局30代の時にはそんな組織とかシステムとか資金があったのに出来なかったじゃん…出来なかったじゃん!と思ってて。今も、今はそう言うのが無いのに出来ないと思ってるっていう。うん、状態は変わってるんだけど出来ないことは変わらないみたいな。んふふふ!なんかね、そんなことをね、思った週末というか、思ったのが先週だったんですよね〜。うん。
 これって…だからね、前の前の回ぐいらで、このICUCで喋ったテレビみたいなもの…だからミュージックステーションみたいな話をしたのと、最近のYouTuberみたいな話を右と左って分けて話しましたけど。右にある…なんて言うんですか、テレビ的なものも、マスメディア的なものも嫌だなと思ってて。じゃあ一方で左側にあるYouTuber的なソーシャルメディア的なものも面白いかと言うと面白く無いなーなんて思ってると、僕は何となくこっち側(TV)のノウハウでこっち側(YT)でやれるといいよなって感じで多分YouTube番組みたいなものをやってるんだけど、それってつまり組織・システム・資金みたいなものがないっていうのも含めて自分の能力みたいな意味で言うと、その自分の能力にそういうのが無いから結局出来ない。うん。…なんかね、そんなジレンマというかを感じたっていうことではあります。うん。
 ただね、そう思ったからってじゃあ何?っていう意味で言うと。まあそう思っただけなんですけどね、実は。だからどうしようってことでもと言うか、まあそれでいいのかなぁ?だって30代の時も出来ないと思ってたし、20年経っても出来ないと思ってるわけで。歳取ったら出来たっていうことよりも出来なかった条件がさらにひどくなってるだけな様な気もするんだけど。自分の年齢の劣化みたいな。劣化じゃない、老化っていう意味も含めてとかは思うんだけど。うん…だからなんか勿体ないんですよね。この場所とかももっとこうやってやれば面白くなるのになー、でもそれは時間がないもんなーとか。無理繰りやってんだよなー、ディレクターも忙しいんだよなーとかね。様々なこう…なんかこう…うん、何とも言えない気持ちみたいなものを感じるという。
 いやでもね、そんな事を言うとまたグッドウォースピングルはつまんないかの様に思われると嫌なんですけど。6月にアップしますけど、全然面白いです、別に。それは上田さんが、グッドウォーキン上田さんが好きな事とかをすごい好きな様に喋ってるのとかはすごい面白いですよね。うん。だからそっちに調整して行くんだっていう。まあそれもある意味計算通りで、1回目のロケってのは色々試してみてその中でやれること、やれないことを考えて行くわけだから、こっち方面に転がると面白いよねとかを探るという意味ではむしろ正しいんだけど。まあその探ってる状態で「ああこんなことも出来ないんだ自分は」って感じたっていう事かも知れません。はい。

水曜日 持ってかれる瞬間

 それでちょっと話は戻るんですけど。で、水曜日。それが(木)(金)だったんですけど。で、水曜日に戻ると水曜日はちょうどね、僕は大阪に行く新幹線に乗る前にダチョウ倶楽部のね、上島竜兵さんの訃報を聞いて。めちゃくちゃ凹みますね。上島さんあれですね、僕1、2回お仕事したことある。1回ガツッとインタビューをちゃんと撮りに行ったことがあるな。あの時リーダーもいたっけな?リーダーと上島さんの2人に…違う!やっぱり上島さんしかいなかったんだ。上島さんの舞台だ。うん、志村さんとやってた舞台かな?の告知みたいな事でインタビューをどっかのスタジオの楽屋に撮りに行ったなぁ。うん。すごい繊細な方なんですよね。優しいというか。それがね、本当にその時も感じましたね。結構静かに喋る方というかね。まあネタになると大きい声になるんですけど。で、なんかね。悲しいなーなんて思いながら。で、そう思ってその日に書いた呟きはですね。

おはようございます5月11日です。
持ってかれてしまう瞬間というのがある。

 うん、だから持っていかれちゃったのかなーなんて思うんですけど。

街に、人に、本に、映画に、ちょっとした一言に、些細なやりとりに、ふと出会した出来事に。
そんな時に、その場に踏み留まれるのか?
その先へとついて行ってしまうのか?
自分がその場に存在することの意味を想う。

 うん。なんかね、だから昔で言うと魔が差すとか言ったりしますけど、なんかその方向にふっと持ってかれる時ってあるよなーと思った時に、その持ってかれる引力にいつまで抗えるのか?みたいなことって色々あると思うんですよね。それってね、今言いましたけど本当に街というかその空間と言うかね、そのタイミングという意味では時間というのもあるし。尚且つ本当に出会った人とかね、じゃあもしかしたら別れた人とかね。本だって映画だってありますよねとか。また事件とか事故とか、本当にちょっとした一言とか、些細なやりとりみたいなものでそういう事を感じるよなーってことをね、まさに思ったりして。うん。って思ってたんですよ。

水曜日 新しい肩書き

 で、その水曜日、そういう事を思いながら京都に行って知り合いとせっかくだから川床(かわゆか)っていうんでしたっけ?あれカワドコって読まないらしいですよね。カワドコってあっちの…鴨川の方はカワユカって言うらしいですよね。そう、で、川床って撮影はしたことあるけど川床でご飯を食べた事って実は初めてだったかな、うん。久しぶりにビールとか飲んじゃったりして。うん、川床でご飯を食べててね。なかなか、なかなかだったんですけど。
 で、その時に方に結構サジェッションというか生き方のある1個のね、うん、ヒントになる…。別にその方は普通に喋ってただけかも知れないけど、僕はすごい感じた事があって。で、それをね、なるほど!と思って。まあ、だからその持ってかれる瞬間があるみたいな事をなんか言った意味で言うと、なんか持ってかれるって当然悪い方向、ダークサイドにね、スターウォーズで言うと、持ってかれるちゃうみたいなのもあるんだけど、明るい方にもね、ライトサイドと言うかにもね、持ってかれる…持ってかれちゃう時ってあるよなーと思った時に、ちょうどそんな事を思って鴨川にいた時にね、だから僕ちょっとその日の夜に書いといた方がいいなーと思って書いた文章を読みいますけど。タイトル「新しい肩書き」って言うんですけど。

今日は朝から悲しい知らせを聴き、とてもやるせない気持ちになる。



というか、ここ数日、というか数週間、というか数ヶ月、なんとなく歯車が噛み合ってない感じがしているのだ。それは自分が、というより世界の歯車が。



それはコロナだったり戦争だったりということかもしれないし、地震も多いなあと感じてることかもしれないし、なんていうか気持ちが沈むような事件や事故だったり、そんなもんはいつも恒常的に起こってるのかもしれないけれど、逆に自分がそんな気分だから目につくだけなのかもしれないけど、でもなんか不協和音というか、違和感を感じてしかたがないのだ。



で、それは、そんな世界と接続している自分にも跳ね返っていて、なんていうか仕事をしていても、テレビを見ていても、本を読んでいても、ネットをしてても、ご飯を食べていても、身体を動かしていても、誰かと会話をしていても、なんなら夜寝てても、なんていうか歯車が噛み合ってない感じがしてしまうのだ。



それを、自分的に自分のことを分析すると、“老い”なのかとも思う。この世界に半世紀以上存在して慣れすぎて、いろんな仕事をやりすぎて、たくさんの人と出会って、なんていうか、それはもう既視感な気もするし、全てが馴れ合いになってるような、でも一方で身体のあちこちが痛いなあとか思うと、そんな馴れ合いの世界で自分の劣化を感じてもいたりして。その世界と自分の感覚の乖離が不協和音となってるのかもしれない。
そんなこんなで、今日の夜は知り合いと会食をする。すると突然、何気ない会話から、自分の不協和音を払拭するような、歯車をカチッと噛ませるような、ある感覚が突然やってきたのでした。



つまり、それは、大仰に言えば、この不確かな世界に合わせて、自分が新しく生まれ変われということなのかしれないと。

そして、それを実務的に言えば、この不安気な社会に合わせて、自分が新しい肩書きを持つことなのかもしれないと。



今まで生きてきた中で培ってきた世界との関係性と、自分の能力、経験、趣向、そこから敷衍するカタチで自分の肩書きは、今バラエティプロデューサーとなっている。そして、今それに違和感を感じてるからこそ、その肩書きで生きていくことへの限界と乖離を感じてたんだって、気付かされたのだ。



そして、そう気付いた時に、自分がこれから生きる際に、もう一つ全然別の肩書きを持ってみようと、思えたのだ。

その肩書きは、この不確かな世界で、自分がこれから生きていくための羅針盤になるような。
その肩書きは、この老いていく身体で、でもそれでも生きていくための預言になるような。
そんな突然の想いを、今とりあえず認めておこうと思う。

自分が新しく生まれ変わる“きっかけ”かもしれないから。

220511

 っていう文章を書いたんですけど。そうそう、その日の夜酔っ払いながら書いたんですけど。そうそう、まさに解説することないって言うか、そんな気持ち。ま、強いて解説するとなるならその新しい肩書きってなんなんだ?って話なんですけど…それは内緒です。んふふふふふ!いや、あの、今考えてます。いや考えてますって言うか、肩書きは…あります。それをどういう風に自分として運用しようかなみたいな事とかは今考えてるので、うん。まだ分からんです。でもなんかそんな事をね、もうサジェッションを頂いて。なんかね、その歯車の合ってない感じみたいなことがなんかすごい僕の中ではピタッと来たんですね。
 うん、だからつまりずーっと僕はバラエティプロデューサーって名乗ってようかなーと思ったんですけど、うん…なんかね、なんかそれってやっぱり30代の頃の自分のやれた事とかやれる事とか自分のやりたい事とか、そういうのの複合的に色々な分野で色々プロデュースすればいいじゃんっていう、自分のスキルの…スキルってのは自分だけのスキルじゃなくて自分のさっき言った組織とかシステムとか資金みたいなものも含めた総合的な能力を運用するにはバラエティプロデューサーで良かったんだけど。それって、その後ね、ロケで感じた自分の限界みたいなものを感じると、バラエティプロデューサーをやってても出来ることより出来ないことの方が多いのではないかなと気づいた時に、うん、全く違う概念の肩書きみたいなものってのは僕の中であるじゃん!って思えたっていう様なことでございます。

金曜日 バラエティのプロフェッショナルの手腕

 はい。で、まあそんな事を思ってたらね。最後に…それこそ帰る日か。(水)(木)(金)になったらね、帰ったって言ったんですけど、そこで終わりにしようと思うんですけど。

そして、なかなか書かずに、予定からどんどん勝手に遅れていた新刊の原稿。
GWになんとか進めて昨日編集者に送信。
すると編集者さんから
「お待ちしておりました!!
いずれも大物、そして快進撃の方々!!
豪快痛快、ときに意味深な語りを引き出されて、
バラエティのプロフェショナルの手腕すばらしい!!!」

 と、メッセージが来たんですよ。──うん。これね。ホントにつまりそういう一言で人は救われるんだなってすごく思ったっていう話なんですけど。うん、なんか書けない!書けない!って言ってたけど、何となく書いてみて、それを送ったら、そこまで…それがおべっかなのか本心なのかは置いといて、なんか喜んで頂けるっていう。その感じってすごく自分では救われるんだなーって思うと、結局”できることとできないこと”みたいなことって結局そういう出来ることが多い方が結果救われるのではないかなって思ったってのが今日の結論でございます。だからやりたいことで出来ることをやってみるってことなのかなーなんて思いました!
 そんな感じで知的好奇心向上委員会ICUCバラエティプロデューサー角田陽一郎でございました。また来週よろしくお願いします。

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文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 抜けかけの緑の髪に黄色いTシャツ。明るい!Tシャツ・パーカーの時は黒か紺が多いから黄色のインパクト強し。

 角田さんのおはようございますSNS、5/14の画像をチェック。「平田行雄(さんが作られたのかな?)神楽面 ¥8,000。室尾明神(祇園の能の神)松尾明神の酒造りの助っ人として登場し、人を笑わせるような、おどけた語りや仕草をして、その場を楽しませる道化に長けた神。」と解説つき。

神石高原町(じんせきこうげんちょう)、広島県神石郡。

 こちら↑のサイトの観光情報から観光協会のサイトに行くと神楽のバナーがあり、覗いてみる。「神石高原の神楽」の舞「神能」/祇園の能(大蛇退治)あらすじ。そのあらすじの最後には「松尾明神の酒造りでは、手伝いをする神様である室尾明神(むろおみょうじん)との漫才のような掛け合いが面白いです。」という紹介が。
 八岐大蛇の話だ。毒酒を作ってる場面で面白い掛け合いになるとは。室尾明神で検索すると、手伝いの神様、所願助力の神という紹介もあった。つまり漫才の様な掛け合いで楽しく助けてくれるというすごくありがたい神様。角田さん、いい神様と一緒に帰ってきたな。(売り場の人「わぁ!あれ売れたよ?!緑の髪の人が買ってった!」なんて話してただろうか(笑))
 神(妖怪も)は人の信仰により生まれ、人々から忘れ去られて消滅する。つまり神にも寿命があり、それは人と同じでいつ果てるか分からない。室尾明神の様に酒作りを手伝う以外は何も分からないというのはもはやNPC。そうなるとアニメやゲームのキャラクターと世界観を推すことと信仰って根本的に同じなんだろうな。信仰って、人が人の想像物を想うことって、なんか面白い。

 以前出来たことが出来なくなかった。いつか出来ると思ってたことが実際は出来なかった。時間が進んで未来のことが過去になって初めて結果になるけど、そもそも未来という不確定な事柄と過去という確定した事柄を同列で考えるから予想と結果がズレるのか…なんて。何となく過去って予想するための材料のように思えるけど、実際そんなに使える材料じゃないのかも知れないな。
 予想・予測という能力の元々の使い所は危険回避だと思う。食糧の確保を安全に行うための能力。季節や地形はパターン化できるものだろうから危険回避には十分役立つと思う。危険というポイントに触れなければいい。言い換えれば100の道のうち1本だけ失敗で、99本は成功。だけどやりたい事をやるとか現代人の予想は目標ポイントに触れることが出来た=成功になるから、99本は失敗、成功の道は1本。よく言われる”未来を想うでもなく過去に縋るでもなく今を生きる”とか、”今に感謝する”とか聞くけど、それは100分の1を生き抜こうとするのは無理だって言ってる気がしてきた。

 30代の時の出来ないと、50代の出来ないに少し違いがあるのかな。30代の時はやりたい気持ちは強くたくさんあり、でも経験や権限がないから実現できない憤りに近い悔しさで。50代の出来ないはやりたい気持ちを経験で補強するけど、出来ないことが分かってる寂しさに近い悔しさ。もし角田さんが今もテレビ局にいてシステムも資金もあったならやりたいこと出来たかな?と思うと、やっぱり出来なかった気がする。辞めた時と同じ様に組織とシステムが足枷になって出来ないなってことになったんじゃないかな。結局いつだって、どの未来を選んだって、出来るには人生は短いみたいな話なのかも。よく出来たこと、出来ることの方に視線を置いて、出来て良かったと思えるようにする、ああそれさっき思った”今に感謝”ってことか。でも出来ることとやりたいことの擦り合わせが出来て、ああ出来た!と思えるための経験なんだろうな。

 1回目のロケは色々試し、その中でやれることやれないことを探って行く。探ってる状態で「ああこんなことも出来ないんだ自分は」って感じる。──角田さんだってそうなんだと言うか、ずっとそれを繰り返してるんだ。自分はそろそろ活動出来なくなってきて、でもいい道がまだ見つかりそうにないと気が急いて気持ち悪かったけど、何とかやっていける道を今探すしかないんだ。頭を使え、そろそろ人を頼る頭を使え。見過ぎなくらい角田さん見てるくせにちっとも参考にできてない。
 発展途上人学で一緒だったのりちゃんが「悩んでたのぉ?!」と一言。つまり元気出しなよとか、大丈夫だよとか、話聞くよとか、そういうもの全部込みの一言。それで何かが解決することはないし、気だけ楽になったって解決しないんだけど、気が楽になっただけで見えなかったものが見えたりする(と信じるんだ)。

 新しい肩書き。ずっとバラエティプロデューサーでいようと思ったけど、今の僕ではバラエティプロデューサーとして出来ないことの方が多い…。コトブキさんは50歳まで映画パーソナリティで行くんだ!と。でも、だから、50歳になったらどうなるかは分からないって何度か言ってたけど、それってすごい先見の明。ご自分より先に角田さんのことを当ててしまってるけど、コトブキさんの考え方って練り方がすごい。

 Good Walkin Spingle のSNSに書いてある「(プロデューサーなのにセンターですみません!)」がお気に入り。あなたのSNSなんだからいいじゃないと思うけど、番組的にはスピングル×グッドウォーキン上田だから両端の2人が真ん中…と考えると、角田さんは引っ込むしかなくなる…。でもそれが組織から外れた人だからこそ真ん中に行けるんだ。先日、幼稚園のボクの絵と同じ絵を描いてるってSNSでは文末に「笑笑」と。正直それだけで嬉しかったりする。

 今頃突然ふと気になった。mireca channel の青いアイコンって何か柄が入ってるのは分かってたけど…そうか、ユースケさんとせいこうさんの写真の、せいこうさんの肩の右上の部分だったんだ。部屋の中のものの簾か何かの反射だと思うけど、ユースケさん側って雨が降ってる様に見えて、せいこうさん側は晴れてる様に見える。2人の笑顔がなんか可愛らしい。

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