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ICUC-057_2021.4.25【英語ができない人の英語習得術】

【ICUC知的好奇心向上委員会】の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee

参考図書
今井むつみ『英語独習法』岩波新書

角田陽一郎57「英語ができない人の英語習得術」ICUC知的好奇心向上委員会
英語が苦手です。ついにその克服に重い腰をあげて動きはじめました!
ぜひご覧ください!

角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

mireva channel

動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

ピンクの眼鏡

 バラエティプロデューサー角田陽一郎でございます。ICUC 知的好奇心向上委員会の、もう4月の終わりでございますね。4月の25日Ver.でございます。世間は3度目の緊急事態宣言でございまして、ボクとしては先週、先々週と海で撮影したんですけども、今週は久しぶりにスタジオというか自分のアトリエからやってみようかなーなんて思っております。よろしくお願いします。
 えーーと…眼鏡かえました(笑) こんな感じですね。

 あのー、これあれなんですよ。ドイツマイスター眼鏡院っていうドイツ式検眼っていうのでやっててですね。前も言ったことあるんですけど、普通の日本の検眼って右と左別々にやって、こっちの視力がこうで、こっちの視力がこうでって検眼するんですけど、両目で見てるということをやってますか?ということを検眼してないんですよね。ボクずーっとガチャ目っていうか右目の視力が悪くて…とかってあったのは、その眼鏡院に行ったらですね、「角田さんは両目で見てないです。」と。だからボクちょっと斜視っぽいんですけど、っていうことを言われたりして。で、「この眼鏡をかけると両目で見れます。」みたいな。「つまり角田さんは今までこの世界の本当の姿を見てなかったんです」って言われたことがあってですね。衝撃的だったんですけど。それがもう5年前くらいかな…もっと前かな。で、眼鏡を作ってたんですけど。

 ずっと、そこから作り直そうかなーなんて思いながらね。ちょっとだけお金が高いので、そこ。なかなかこうパパッと作るわけにもいかず…と思いながら。ちょっとね、キャラクターも変えてみようかなーなんて思って。そんな変わってないですが。
 ということでこのピンクの眼鏡にしてみました。これ一応なんかベルギーの眼鏡らしいですよ。だからまさに髪の毛がこんな金髪だから…なんかあの、着こなせますねって、着けこなせますねってその眼鏡屋さんには言われましたけども。着けこなせてるかどうか分からないですが、よろしくお願いいたします。
 そう!メガネの話はまたちょっと色々話したいんですけど…まあ、いいか。眼鏡の話はみたいなね。でももし眼で悩んでる方いたらドイツマイスター眼鏡院いいですよ。青山にある。検索すると出てくるので。予約で検眼してもらえるから。一度相談するとですね、確かに頭痛が治るとか。ボクは友人に聞いて行ってみたんですけどね。はい、そんな感じでございます。

M1Mac

 で、あと何やったかな…。Mac買い換えました(笑) これ。だからM1Macってやつですね、MacBook Pro。だから映り方とか変わってんのかな、カメラとか。ずーっと2017年モデルのMacBook Pro を使ってたんですけど、

 2020年モデルのMacに替えましたね。で、早いですね確かにね、M1ね。ただ移行アシスタントで普通のMacからこのMac…MacBook Pro からこのMacに移行してみたらですね、あれM1にチップが変わってるから、何でしたっけ、ロゼッタストーン?ロゼッタってやつでしたっけ?ロゼッタっていうので機能しないと、互換性がないやつがあったりするんですよね。それがボクの古いMacにはそのアプリが入ってたらしくて、やっと移行が終わった…移行も6時間くらいかかったんですよ、やっと移行が終わったーっ!と思って立ち上げたらキーボードが動かなくなっちゃって。で、それをまたネットで調べるとそうい状態になりますよみたいなこと書いてあって。えーっ?!と思いながら、じゃあそこから結局工場出荷モードに戻すか…みたいなのも一苦労したんですよね。
 戻そうとしたら途中で止まっちゃうバージョンあるじゃないですか、解説とか見てても。えぇぇっ?!と思って。で、途中で止まった時に出て来た文言でまた検索すると、…というバグがあるのでこうなったらこうして下さいみたいな。うん…結局、移行すると結構パソコンの本質が分かってくるなーみたいな意味で言うと、困難さっていうのは人生にとってはずごい嫌なことなんだけど、意外にその困難さを乗り越えられた時に、何かこの世界の仕組みが分かるなーなんてことをまた、Macの移行でも思ったりもしましたけどね。
 で、また初期モードに戻り、さぁどう移行しようか?と思った時に、そっか、丸々移行しようとするからダメなんだなーって、ちょっと思ったんです。だってやっぱり2017年から使ってるMacだから、5年くらい使ってて、つまりボクがフリーになった年くらいからずーっと使ってるMacなわけで。要らないソフトというかアプリみたいなものもたくさん入ってるんですよね。うん、でもそれってもう要らないのかも要るのかも分からない状態でボクのMacに鎮座ましているというか。だったらばどこかでそれを削ぎ落としてもいいんだよなーなんて思いながらも、削ぎ落とす機会がないまま、そのまま移行し続けちゃうってことを、止めるために!…移行を難しくしてるんじゃないか?Macの神様は(笑) なんてことを思いながらですね。そっか、じゃあもう欲しいアプリだけ入れて…だってファイル自体は今やもうクラウド上に置いてあるから、昔のパソコンの移行ほど刹那的ではないですよね。「あれ…?もう、データ全部消えちゃった…。」みたいなことは、まあない訳で。とすると、むしろ必要なアプリを選別して入れていってということでいいんだなーなんて思って。
 で、自分が一番怖かったのは、未だに使ってるアプリなんだけども、M1Macだと機能しないみたいなものがあったら嫌だなーと思ったら、期せずしてそれはなかったんですよね。ちゃんとバージョンアップしてくれてたんで、みんな。だったらってことで、むしろこのM1Macになって削ぎ落とされたというか。ボクの、なんて言うんですか…ランチパッドにはだいぶ、こう、ソフトがスマートに格納されるようになったってことは、そっか、だから移行に伴う困難ってね、それって人間関係の別れとか、あとはほら、ビジネスのなんか別れとか、様々なところで経験して、そのときに辛い思いをたくさんするんだよなーとか、面倒くさい思いもたくさんするんだよなーとか、あとノスタルジーとか…よく話してますけど、あるけども。それを乗り越えた先にはやっぱりなんか新しいものがあるんじゃないかなーなんて思いながら、うん、今M1Macで(笑) 撮影しております。でもなんかこれ、眼鏡がピンクだからか…なんだけど、ちょっと画面が白っぽい気もするなーなんて思いながらも。でもこれもなんか調整出来るのかなーなんて思いながらね。はい、そんな様な感じで眼鏡を替え、Macも替え、みたいなことですかね。

修士課程2年間でやったこと

 あとはですね、あれです、大学の授業がね、始まってですね。今日一番話したいことなんですけど。ボク今だから…東大の文化資源学というのの博士課程1年に4月からなりました。2019年に東大の大学院の文化資源学の修士課程というのに進学しまして。だから1994年に卒業してから2019年まで25年ぶりに大学に通い始めたんですね。で、修士ってのは2年なんで、2019年、2020年とまあ経験しまして。で、昨年末に修士論文を書いて。で、博士課程の試験を無事通過して、4月から博士課程1年をやっております。
 で、そんな中でね、という意味で言うと25年ぶりの東大での学びも3年目なわけですよ。…さて。3年目、何をやろうかなー?みたいな時にですね、1年目2年目のワクワク感みたいなものが正直ちょっと無くなってる自分にも気づくんですよね。
 1年目っていうのはもう、これはもう先生方にはそれじゃいけないよと言われながらも、やっぱり面白い、魅力的な授業があるのでバカバカ取って。先生方のお話聞いてたら面白いんですよね、東大の先生方のお話、どれも。…面白くないのも中にはありますけど。でも、それでも気づきがたくさんある、みたいな授業を1年目は経験して。
 で、2年目。2年目はまさにコロナでほぼ…というか全部、全部リモート講義になっちゃったんだけども。どうしようかなーと思った時に、このICUCでは、見てる方には分かるかも知れませんが…。語学、を、やってみようと思って、えーと、アホなんですけど、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、ギリシャ語、あと日本の中世のくずし字、あとXMLっていうマークアップ言語、あとPythonもやろうと思ったけどPython挫折しちゃったんで、要は7つぐらいそういう言語的なものを齧って。本当に齧っただけなんですね。うん、だから使い方が…うーん、なるほど、こういう言語なんだってことは理解しましたし、そこから、何て言うんでしょうね、意味というか構造みたいなものは理解したつもりではあります。ギリシャ語とかね、ラテン語とか、やって良かったなーってすごく思います。ギリシャ語とかラテン語やった上でイタリア語とかね、スペイン語とかって、ああこうなってるんだってことが分かって、面白いなーなんて思ってたわけです。
 で、それが2年目じゃないですか。だからその中から今度、非ヨーロッパ的言語という…だからまずヨーロッパ言語の印欧語族の総元締めというか、ね、もう、にある、サンスクリット語を今年はやってみようかなーなんて思ったのと。あとは本当は非ヨーロッパ系のね、それこそ中国語とか、朝鮮語とか、なんならタイ語とか、アラビア語とか、やてみたいなー…ロシア語…ロシア語はまあ欧米系ですけど…みたいなことをやってみようかなーなんて、思ってたんです。思ってたんだけど、でも、それをやってる場合なのかなーなんて思いながら。結局今サンスクリット語だけ授業を受けてるんですけど、他の言語をやる余裕がなくて。ちょっと止めました。

英語で博士論文

 そのちょっと余裕がない理由はですね…。修士論文を去年書いた上で、じゃあボクは博士論文で何を学ぶのか?何を研究するのか?って思った時に、修士論文はバラエティ番組について書いてんですけども、バラエティ番組について書いたってことは、つまりボクが学業に専念してなかった空白の25年間のうちの、それこそテレビをメインで作ってた…2010年代ぐらいまでのことを書いたわけですよね。だから平成一桁台、平成十年代のことについてまとめて、テレビのバラエティはこうなってるということを文化資源学的に研究したんだと思うんですけど。じゃあ今度博士課程になって自分は何を研究するのか?ってなったときに、やっぱり自分の論文を日本のドメスティックな論文としてても意味ないなーと思ったときに、やっぱりこれを、こう…まず英語にして世界の人に読んでもらわないと意味がないだろうなーなんて、ちょっと思ったんで。やっぱり論文は英語化したいなーなんてことをまず思ってたわけです。ですし、これは自分がやれるかどうか分かんないんだけど、やっぱり博士論文は英語で書いてみて…うん、だってもういい歳なんで、論文書きましたってことで何かこうステータスが上がりました、大学の教授になりました…みたいなことってのは、そんなにボクにとっては意味がないのかなーなんて思ったり。意味があるかどうかってことは意味論でまた…、意味ありますけどね、みたいな話にもなるんだけど、それは置いといて。
 …って思ったので、うん、まあ、博士論文は英語で書いてみたいなって思ったのはあります。なので、英語を学ばなきゃいけないよなーなんて思って、英語でやる授業を一つ二つ見てみたりとか。なおかつアカデミック・ライティングっていう、つまり英語の文章の書き方の授業があるんですね。じゃそれを受けてみようと。と、思って4月に門戸を叩いたわけです。
 そしたらですね…あのー、ちょっとこれ最初に言っとくとですね、私、英語超できないんですよ。英語超できないというか言語が超できない。言語が超できないのに去年は5ヶ国語くらい履修してるっていう。だからつまり言語の本質が分かってないのに言語の理論だけを知りたいみたいな、一番面倒臭いタイプの…言語の闇にまみれた男ではあるんですよね。
 で、本当に英語が出来なくて。受験の時から出来てないです。で、なんかね、英語の文章を読んでてもクリアに分かった感じがしないんですよね。ずーっと、ずーっと。で、リスニングなんてのもさらに苦手だから、いつまで経っても映画だって字幕を見ないと分からないし…っていうようなことなわけです。
 それがもう20代のときからそうで、で、そのまま会社に入ったじゃないですか。でもやっぱり普通のビジネスマンよりはないけども、やっぱり海外ロケとかあるから、そりゃ英語は使う機会はあったわけだけど、本当に英語を使う、必要なときは通訳さんに頼んじゃったりとかするし。海外のロケとか行くとコーディネーターさんが入るから、もうコーディネーターさんにボクらが日本語で伝えて日本語でやるみたいなことをやってるし。だからって街でハンバーガー買うみたいな時はブロークン・イングリッシュでいけちゃうじゃないですか。
 だからつまり、ボクは英語から逃げて来てたんですね。で、逃げて来てても何とか生きていけじゃんってちょっと思ってたというか。適当なブロークン・イングリッシュでわーっと喋っても意思疎通できるじゃないか、みたいなことで、むしろそれでいいんじゃないか?と思って来てたんですね。

四十の三つの手習い

 そんな中、英語でいうと…だから10年前だ、ちょうど。2011年のまさに震災があった年にボク40になる年だったんで、この40になる年になんか新しいことをね、四十の手習いっていいますけど、やってみようと、確か10年前に思ったんだよな。で、思って3つのことを初めて見たんです。ちょうど40歳になったときに。
 一つは太極拳なんですね。太極拳については今後話したいなーと思いますけど、もう、だから10年やってるんですよね、実はね。全然まだなんの奥義も分かってないんですけども、やってるんですよね。

 で、もう1個はね、あの、これ、本当に恥ずかしい、これ初出しかな…ピアノやってるんですよね。ピアノ。うん、もしもピアノが弾けたらな…西田敏行さんのじゃないけど、すごい憧れててね。家にずーっと、実家にピアノがあったんだけど、全然弾けなくて。そんな思いがあったなかで、ピアノをこう、ね、駅ピアノとか空港ピアノってNHK BS でやってますけど、ちょっとこうサラサラッと弾けたらいいなーみたいな。ちょっとジャズとか弾けたらいいなーなんていう想いがね、あってね。

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 そっからね、何気に10年ぐらいやってんですよね。なのに、全然練習しないので、全く下手くそです。そ。だから…2週間に1回やってるんですけど、行って、そのレッスンに。で、何もやってないからそこだけで練習するという意味で言うと、月2時間しかやってないってことです。月2時間しかやってないってことは、1年間に24時間いしかやってないわけで、…240時間しかやってないんですね、10年やってるのに。だから全然上手くならない、うん。ただまあそれでも本当はね、ちょっとじゃあこの空いてる時間にやってみようとかいう癖を付けなきゃやらないんだろうなーなんてことを思いながら…まあ放置しながらも、でもまぁこれで行かなくなっちゃうとやらないので、2週間に1回行ってるわけです。それがピアノです。

 で、3つ目が。やりはじめたのが英語だったんですね。英語だったんで、なんかあの…なんでしたっけ?英会話スクールみたいなものに…。ちょうど何か会社であったのかな、割引みたいなのがあったからちょっと行ってみようと行ってみて。だけど教材とかのテキストをいちいち学ぶ必要あるのかな?つまりコミュニケーション力だろう?と思ったんで、高いお金払って教材の授業やるのもなんだなーと思ったんで、当時、フリートークみたいな、40分くらいフリートークしますよ、その英語の先生と…というようなのがあったので、それを申し込んだんだな。それでなんだかんだ言って2週間に1回くらいはその40分のトークをやってて。で、そうすると先生方とも普通に会話するわけですよね。ただ本当に雑談だし、自分がどんな番組を作ってるとか、今度こんな歴史の本を書こうと思ってるとか、そういうことを英語で会話して。…実はだから会話できてたと思うんですよ。だからそれでいいんだよなーなんて思いながら、でも、先生方も何回も行ってると3人くらいで回ってたのかな?同じ先生とまたなると、もう、教えるというか世間話をしててもやっぱりテキストで学ばなきゃとか言われたんですけど、当時のボクは「またテキスト買わせようと思ってるんだろ」みたいな。高いやつを、みたいな(笑) その手には乗らないぜ!みたいなこととか思いながらやってるうちに、ちょっとあれ、チケットみたいなの買うから、1回チケットが切れた段階で行かなくなっちゃったんで。つまり太極拳とピアノは続けてたんですけど、英語は止めちゃったんですね、うん。

大学院と英語

 で、そこから…そこからも海外とかも行ってますけど、海外に行ってるくらいなので、ビジネスでそんなに使うわけでもなく。で、英語の文章を読まなきゃなーなんて思いながらもそんなに読んでるわけでもなく。そんな中、2019年に東大の修士課程の試験を受けようと思ったんで、試験に英語があるので…、やばい、英語力ない、とか思いながら過去問を買って。
 2018年の夏に2019年の1月の試験を受けようと決めたわけだから、半年間ぐらい何となくBBCの…、これ茂木健一郎さんがよく言ってるBBCのRadio4 のアプリで聞けるので、それを聞きながら、運転しながらやってたりとかしてたわけです。ドライブしながらずっと聴きっぱなしにしてたりとか。そうすると全く聞いてないよりはなんとなく雰囲気でわかるようにはなったんですね。で、雰囲気で分かるようになって、でもその雰囲気で分かるぐらいしか分かってないんですよ。厳密に分かってない。ああ今人口問題について語ってるんだなとか、何かジェンダー問題について語ってるんだな、ぐらいしか分かってなくて。で、きっとそこからは大人の推量でああこの人はきっとそれに対して否定的なんだな、肯定的なんだな、っていう何となくの、日向なのか陰なのかみたいな部分は分かるというぐらいで、まあいいのかなーとも思ってたし、それでいいじゃねぇかと思ってたと思う。それが2018年。
 そこからまあ時々そういうラジオを聞いたりとかしながらも修士課程に2019年から進むわけです。で、秋からちょっと…原典購読というね、英語の文章を読む宗教学の授業を取ったりして。それもちょっと読まなきゃいけないよな、文献だからと思って、それでこう読んだりしてて。そうすると辞書を引き引きね、読んでると、自分の英語力の無さみたいなことも痛感しつつも、まあ何とか読めるよなーみたいな感じで進めつつ。

 で、去年論文書いたんで、本当に数冊ですけど英語の文献を読んだりして。で、それを自分の論文に落とし込むときはやっぱり自分で翻訳したりして。で、なるほど、こういうことなのか。でもこの翻訳で合ってるのかなぁ?うん、その合ってるのかな?っていうのが怖いですよね。
 それって日本の受験勉強の悪しきところだと思うんだけど。正解があるもんだいを解くから、自分が出した答えが正解か間違ってるかってのが分かるってのがある意味気持ちよさとスッキリさがあるんだけど、自分が英文の文章を読んでそれが翻訳されてるものがないとすると…まぁ翻訳が間違ってる可能性もありますけど、基本的には正解が何か分からないまま進むっていう。人生とか仕事ってほぼそうなんだけど、受験までは違うんですよね。正解があるんですよね。誰かが教えてくれるんですよね、大人がね。でももう正解なんかないじゃんみたいな状態の時に、これ正解なのかなーって突き進まなきゃいけないある意味の怖さみたいなもの…、人生の重さ、みたいなものと同じものを学問でも感じるんだよなーなんて思いながら。うん、まあ、やってたわけですはい。
 で、今年になり、さあ自分で論文を書こうとなると、なんとなく分かるとか、なんとなく読解すると、自分がこう思ってることをこう伝えるということには遥かに、遥かに遥かに差があるんだなと言うことを痛感して。そもそも人が伝えてるっことを曖昧にしか理解してなくて、人が書いたものを曖昧にしか把握してないのに、自分が伝えたいことを英語で伝えるってことはすごい難しいことなんだなってことを痛感するわけです。もうね、全然できないですね。

アカデミック・ライティング/煙に巻く

 そう、だからその4月から授業が始まるんですが、アカデミック・ライティングってのがあって、一応初級・中級・上級みたくなってるんですよね。で、初級は学部の人、中級は学部でも大学院でも、上級は大学院って書いてあって。言っても私博士課程なので、上級の授業受けてみたらもうさ───っぱり分かんない。さっぱり分かんないんだけど、みんな、学生たちは20代前半、24、25ぐらいの人がペラペラ喋ってるわけですよ、うん。この劣等感ね〜…。分かりますねぇ、授業についていけなくて非行に走ってしまう人の気持ちが、この歳になって痛感しますね。
 だってあれじゃないですか、先生がテキストの何ページを開いてここの部分を訳して読んでくださいって英語で説明すると、その部分が分かんないわけだから。だからせめてその何ページを開けぐらいは日本語で言ってくれればそこの部分に当たって、そこの部分の英語で一生懸命苦労するならまだ分かるんだけど(笑) それも分からないみたいな状態。だから上級でもないんですよね。で、中級。何か試験というかそういうのを受けてみて結果を選考される、セレクションされるんですけど、えぇと…、初級になっておりました。
 うん、で、初級に通ってるわけです。で、3回くらい授業受けたかな。それでもね、自分のこう…うーん、なんか…、学生が7、8人いるのかな。ボクが一番できないですね。みんなは22、23歳の人なんだろうな、学部生だからね。これから留学を考えてますとか、教職を取ろうと思ってるんで英語をとか、言ってるようなこと、志望動機を言っちゃっておりましたけども。うん、ボクも学術論文を英語で書きたいんですみたいな話をしたんだけども。うーん、全然できない。
 このねぇ、自分が言いたいことが伝わらないっていうことって、うーん、こんだけラジオやったりね、ICUCで自分の言いたいこと喋ってるときに、たぶんこれを聞いてる人とか、ボクの話を講演会とかで聞いた人とかは、よく角田さんの話おもしろいって言ってくれたりもするんだけど、一方でその熱でわぁ面白かった!面白かった!と思うんだけど、さて…家に帰ってみて、あの眼鏡デブは何を言ってたんだっけな?と思った時に、なんか煙に巻かれたような気がするって言われたこととかも何人かあるんですよね。
 その煙に巻かれた感じって、今の言い方で言うと曖昧なことで言ってて。たぶんボクのズルさって、論理的なことを曖昧なことに混ぜていく…。それって前も言ったかも知れないけど、サイエンスとマジックというか。マジックの中に適度にサイエンスなことを入れることでマジックのリアリティさを増すっていうことを、なんかこの日本社会に50年ぐらい住んでて、身につけてしまったんでしょうね。だからそういう喋り方をしてるんです、たぶん、今日とかも。うん。
 で、それって自分の言いたいことを英語で説明するときに全く通用しない技術だし。だから自分が今日本語で言ってることをそのまま英語にして、さあ伝わるのかな?みたいなことじゃないとすると、自分の思考の中でそもそも曖昧に誤魔化していたところを白日の元に晒さない限り、まず英語で伝えられないんだよなーってことの、こう、挫折感。うん、それが…なんて言うんでしょうね、出来ないんですね、もう。それをやってなかったから。

英語独習法/THE ELEMENTS OF STYLE

 だから、本当にもう…、今日紹介しようと思った本はまさにこれです。出たばっかりの今井むつみ先生の「英語学習法」という岩波新書の本なんですけど。まだ読んでる最中なんですけど、面白いです。「英語”独”習法」か、「英語独習法」。「楽してではなく合理的に楽しみながら英語の達人になろう」と。楽と楽しみは違うよ、と。だからこの本を読んだからって楽して英語が出来るわけではないけど、楽しみながらというののヒントは与えますよって言う本で、確かに考え方がすごい知的に書かれておりました。
 そうすると自分の少なくともこの挫折感の意味は分かりました。意味だけはわかるんだよな、いつも。それをこう実践にするためにはどうしたらいいのか?ってのがすごいあぐねてるというかね。で、なおかつそのアカデミック・ライティングの時に教わった──(本が手から逃げる)──あぁあぁ落としちゃった、あのー、うーん、だから、英語できないから私落としちゃったんだな…。William Strunk Jr. THE ELEMENTS OF STYLE っていう。
 これ100年くらい前に出た本なんだけど、本当に英語のことを学ぶならこの本がいいですよってアカデミック・ライティングの先生がね、出した教材なんですけど。本当に英語というのはどう書けばいいのか?みたいなことが書いてあって。シンプルに書け、と。本当に、単純にシンプルに書くことが大事だってことをね、教えてくれるんですよ。で、クリアにするか、どうクリアであるか?ってことが大事だってことを言ってくれるんですね。
 …どこだったっけな。どこだったっけなというのがパッと出てこないところでもう既に…ああ例えばこれだね。Never use a long word affair short one will do. 短く言えることを長く言うな、とかね。あと、なんだ…。If it is possible to cut word out always cut it out. 短く出来るなら短くしろ、と。Never use a passive fare you can you the active. 能動態で言えることを受動態で言うな、とかね。Never use a foreign phrase a scientific word a jaorgon if you can think of an everyday English equivalent to uses instead. 外国語とか使わないでシンプルな言葉を使え、みたいなね。そういうシンプルなことが書いてあって、むちゃくちゃ確かに、教えて頂けるととだとは思うんですよね。

外国語でコミュニケーションの本質を学ぶ

 なんだけど、あれですね。ということを思いながらいざ自分がね、悪戦苦闘してるんですけど。…うん、これ本当にボクの中でのね、…何かすごい大事なことを今教わっている最中な気がします。教わって、これが見えるのか見えないのか?永遠に見えないままだとすると、つまり他者とのコミュニケーションってなんなんだ?ってことの本質を外国語を学ぶということで…でも去年みたく形だけ学ぶじゃなくて、本当に自分が、自分の言いたいことを伝えるということをやってみようとしたことで、やっと他者とのコミュニケーション、それってよく外国語だと異文化コミュニケーションって言うんだけど、実はボクは同じ日本人の、友人とかビジネスで知り合った人とかとも、家族とかとも、本質的にはコミュニケーション出来てなかったんじゃないかなーなんてちょっと思いました。本質的にコミュニケーション出来てなかったから自分の言いたいことが英語で言えないんじゃないかなーみたいな。すごい劣等感に今苛まれてますね、うん。
 だからこれでもし出来るようになれば、なんかコミュニケーションの本質というのがさらに見えてくるような気がしてます。うん、ボクはコミュニケーションしたフリだけしてたんだなっていうことを突き付けられてますね、今ね。これは圧倒的な絶望感と、…その絶望感の中にはね、ボクより人生半分くらいの人がペラペラ喋ってる中で、一番出来ないっていう劣等感。
 で、この劣等感って別に色んな人が色んなときに感じると思うんだけど、一方でこういう職業やってて、じゃあイベントやりましょうとかトークやりましょうとかってなると、一方でちやほやされる場もあるじゃないですか。そのギャップに苦しみますね。ちやほやされてる自分の中で劣等感に苛まれる日常がこうポンポンと入ってくると、すっごいいたたまれなくなるって言うかね。この感じはね、すーごい、すごい、苦しいなぁ、なんて思っております。
 はい。そんな感じでICUC 知的好奇心向上委員会、今日は英語を身につけるとはどういうことか?ってことを主に話したんだと思います。…いやぁー、こんなに出来ないんだなってことを痛感することの苦しさみたいなものって…。でもね、さっき冒頭で言ったけど、そういうものがあるから、それを乗り越えたときになにか見えてくるのではないかなってことを信じてはおるんですけども、うん。逃げ出したい自分もありますね。もういいや!こうなったら死ぬまで通訳、Google翻訳でいいや、…とかね。通訳雇えばいいじゃんとかって。うん、自分が文章書きたいんだったら自分が書いたやつを誰かに英訳してもらえばいいじゃんくらいのことも思いながらもそれってやっぱりコミュニケーションから永遠と逃げていいのか?せっかくこの世界に生まれたからにはコミュニケーション、他者と対峙する、…それって結局神と対峙するってことと一緒かも知れませんけど、しなくていいのか?みたいなことを逡巡しながら、今日のICUC 知的好奇心向上委員会を終わりにしたいと思います。また来週よろしくお願いします。

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文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 新しい眼鏡、いいな。角田さんと面と向かって話してても目線だけこっち見てくれない…それはYouTube越しでもそうだったけど、眼鏡ひとつで視線がぐっと前に来るもんなんだな。眼鏡すごいな!

 Mac買い替え。写りが白いんじゃなくて明るいんだと思う。よくカメラのレンズに書いてあるF値が小さいのかな?スマホのレンズもそうだろうけど、人肌を綺麗に映しやすいレンズに変わっていってる気がする。zoomにも肌の映りを調整する設定あるし。

 スマホもそうだけど、私はデータ移行しない派。欲しいファイルだけ持っていく。今ならクラウド保存でほとんどやることは無くなった。というのも、せっかく真っさらの状態なのに、移行することで要らないものが入るような気がして。使えなくなったアプリがあったなら新しいものに変え、それに慣れるってことにしておけば、猫並に変わらないことを希望する私の、ちょっとした訓練になるかなーとも思って。
 機材の更新に関係なく使えるかも考える。今月は誕生日だったのでヘッドホンを買ったけど、有線で音量調節など何も付いてないものにした。一昨年あたりに買ったワイヤレスのイヤホンは、結局手持ちのApple製品全てが認識してくれなくなった。どちらが悪かったのか分からない。様々な規格が更新され、使えるのに使えないアプリやデバイスが増えていく。なんだかそれが期限付きの命みたいでちょっと可哀想というか、無駄というか。

 DIVERSEで角田さんは自分を愛でることが大事だと分かったと書かれてたけど、いいこと思いついたねとも思うし、本当にそうなのかな?とも思う。そもそも自分が大好きだったんじゃないか?と。嫌いな自分に劣等感を抱かない気がする。
 私は井の中から外の人と比較しがちだけど、角田さんは自分の理想と闘いがちなのかな?と感じる。よく言われる比較は過去の自分と…ともちょっと違う。乗り越えようと頑張り、その過程で多くのことを知り、知った情報の処理も早いけど、乗り越えたら次の理想。課題として残ってる理想と合わせて無くならない理想。それを向上心と言うのかも知れないけど。
 そもそも理想は外と比較して生まれてるのか?と言い出したらまた少し面倒な話になりそうだけど。

 満足はというのは終わりだから寂しいのかも、ともあったけど。確かに会う機会が終わるのは寂しい。それにせっかく乗り越えた、それが劣等感なら、次の理想と戦うということは次の劣等感と対峙するということで。終わりは次の始まりというか、そういう寂しさもあるかも知れない。
 それが「本質的にコミュニケーションできてなかったのか?」と繋がるんじゃないかと思う。コミュニケーションって言葉で伝えるいこともそうかも知れないし、アートで分かると言う人もいるし、セックスだと言う人もいる。どんな方法でも全部は分かり合えないとするなら、コミュニケーションの本質は角田さんが言うように自分の思いの明瞭さとか、自分に嘘を付かないとかなのかも知れない。
 でも自分の中身なんてどんどん更新していくし、角田さんの理想の追い方って、例えば英語が出来ないことを本質的なコミュニケーションの出来なさに繋げるように、繋げ力だと思うから、繋げなければそこで満足、劣等感が生まれなかった…となるような気がする。パソコンの移行、更新、パソコンの本質が分かるってそういう…こと??

 角田さんが話した英文。ネット上を探し回り、そうか100年も経てば著作権が無くて全文載ってるのか!と喜んだのも束の間、100年も経てば他の方の加筆修正が入り、同じ英文が全く見当たらない。話してることの雰囲気すら分からない私の取った手段は、カタカナ英語を入力・変換する過程で英単語が出ると知ってたので、それでいけるところはこの方法で。 「jaorgon」など変換されないものは「ジャーゴン 英語」で検索。そうすると上手いこと「jaorgon」と出るのだ。最後に出来上がった英文をGoogle翻訳に入れて、日本語の意味が通じていればOKとした。違うんじゃない?というのを見つけた方はすぐ教えてください。

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