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ICUC-074_2021.8.22【誕生日と命日と小説と復活大作戦】

【ICUC知的好奇心向上委員会】の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee

新刊図書
『AP アシスタントプロデューサー』角田陽一郎著エパブリック

角田陽一郎74「誕生日と命日と小説と復活大作戦」ICUC知的好奇心向上委員会
火曜日が誕生日で、水曜日が初小説の発売で、木曜日が父と恩師の命日だった。
そして、復活大作戦を発表した。
やりたいことやるべきことをやる。

我慢したらいい方向に進むのであれば我慢もできるだろう。
でも我慢したことで悪い方向に進むのであるなら、なぜ我慢する必要があるのだろう。
他者を気にして自我を出すことに躊躇せず、うまくいくかもしれないという可能性と創造性にかけて自我を出していく。

角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

mireva channel

動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

50→51

 おはようございまーす。バラエティプロデューサー角田陽一郎でございます。ICUC 知的好奇心向上委員会でございますと。今日は8月の22…?になる感じでざいますね。もう気がついたら8月も終わりというすごい…すごい、月日が経つのは早いなーなんて思いながらもですね。僕としては先週はまだ50歳だったんですけど、ついに誕生日を火曜日に迎えて、51歳になってしまいました。去年はね、8月17日がちょうどseasoningというボクが月曜のパーソナリティをやっているラジオの収録だったんで。収録じゃない、生放送だったんで。そこでボクは改名しました(笑) 角田というのをやめてヨウイチロウになりますみたいなことをやってたんですけど。今年はね、特にそんな生放送もなく…だったんですけど。その翌日に、8月18日、中居正広さんの誕生日に、ボクの初小説『AP』というものが出るので。まぁ出るのでということじゃないけど、そういうようなことをPRしてたらですね、ラジオ番組から、チャンカワイさんの番組があるんですけど、その番組からゲストで出ませんか?って仰って頂けて、TokyoFM。なのでちょうどその収録があったりしてね。なので結果、誕生日と言いながらいつも仕事をしながら誕生日を迎えるっていう感じになっております。でもね、誕生日の日に仕事があるってのはなんかいいなーと思いますね。なんかリモート会議もやりましたしね。で、なんかね…つまり、誕生日ってギフトっていうか誕生日プレゼントみたいなものを貰えるみたいなことがあるけど、なんか本当にその誕生日に収録しませんか?とぽつんとやって来たというのは、なんかすごいギフトみたいな感じがするなーなんて思ったりして。すごい嬉しいです。
 で、18日がそれこそ初小説の誕生…誕生日じゃない、中居さんの誕生日に初小説『AP』の発売だったものですから、先週もICUCでも喋りましたし、寿司特(コトブキツカサスペシャル)でも喋りましたけども、SMAPについてという話を8月12日にさせて頂いてね。そしたら1万3千PVみたいな感じになりまして。あの…すごいですね。それまで26回、25回?寿司特やってるんですけど、それを全部足してもその1回のPV数に及ばないって、なんじゃ…なんじゃぁ?なんじゃんじゃ!(笑)と思ったりもしつつ、一方で、それだけ見て頂けるというのはすごい嬉しいなーと思いつつ。それはひとえにSMAPというグループの偉大さなんだろうなーなんて思いますよね。
 で、そのことをね、嬉しいと言うことをICUCでも先週のまさに日曜日分、小説『AP』とSMAPの推しの熱情っていうタイトルでやったところ、現在でもう1,000超えてるのかな?うん、そうするとそれもね、いつもの5倍ぐらいの視聴数があったりして。なんかね、こんなおっさんが一人で車で喋ったりしてるだけなのに、そんな風に聞いて頂けるというのはすごい嬉しいなーって思います。

生と死が重なる週

 で、その翌日の8月19日って言うのはですね、ボクの父が去年亡くなりましたので、ちょうど一周忌なんですね。まぁ一周忌…厳密に言うと8月18日のもう夜中に亡くなってたと思うんですけど、お医者さんからの死亡の診断が出たのが19日のもう12時を超えたから19日なんですけど。実質18日みたいなのが死んだ日とすると、まさにボクの誕生日の次の日にうちの親父が亡くなったんですよね。思い返すとね、去年もそんな感じでそんな思いをこのICUCで喋っておりました。そこから1年経ったっていう意味では、うん…一周忌というか喪が明けたのかなーなんてのもすごく思いますね。
 でね、その19日ってのはボクが大学の先生、関西大学の木村洋二先生という恩師がいらっしゃるんですけど。恩師って言ってもあれなんです、別に大学時代に教わったわけではなくて。それこそ13年前にお笑い測定器っていうのを作られてるという記事を朝日新聞で発見して、そこから…これ何回も喋ってますけどね、このICUCで──、そこから知り合いになった木村洋二先生と番組作ったんですね、「笑い測定器」を使った。で、そこから先生と交流があったんですけど、その翌年に先生は亡くなられちゃうから、本当に短い期間だったんですけども、すごい面白い、素晴らしい先生で。ボクは…大学時代にはなんか先生、恩師と言うような先生とは──あの、ボク個人は思ってても先方は思ってないみたいな(笑) こともあったりして。その恩師という存在はそんなに見当たらないものですから、木村先生と13年前に出会ったって言うのはすごい想いがあるわけです。
 で、先月ね。その先生の京都のご自宅にお邪魔して。奥様とお話をさせて頂いたんですけど。で、ボク、その先生の…これ言いましたっけ?ICUCで。もう言ったか言わないか分かんなくなっちゃった、すいません。先週言ったっけ?先々週??言ってないか…。で、その先生がお亡くなりになったのはですね、8月の20何日だろうなーなんて思ってたんです。ところが奥様に聞いたら8月19日だったんですよね。そう、つまりボクの父と同じ日に命日だったということを聞いて。またすごい運命を感じざるを得ないというかね。つまりボクの大事な恩師とボクの父というのは同じ日に亡くなったんだなーなんて思って。なんかそれを思うと、なんかボクもその日に亡くなる…(笑) 亡くなるのかなーなんてちょっと思ったりしましたね。ある時に、何歳か、誕生日を迎えて、とかね。よく分からないですけど。なんかそんな妄…妄想というかそんな想いが出て来たりもします。
 うん。だからそんなんで、なんかこの1週間はですね、やっぱり生と死というのをすごい意識する日、週なんですよね。8月になる時に言いましたけど、8月って言うのはそもそもね、広島の原爆や長崎の原爆やね、終戦記念日があったりとか。あとお盆だったりするんで、すごい死について考える、生命について考える日なんですけども。日というか月なんですけども。その中でもやっぱり今週というのはボクの誕生日と親父の死と、恩師の死と、みたいなのが重なって。うん、なんかすごい色んなことを考えてしまう日ですね。週というか。
 だからそんな感じで…どうなんでしょうね。ボクとしては──うん、面白いですね。生と死というのを考えますねって毎年言ってるんだけども、毎年ながらも…毎年、何年言ってるんだろう?少なくとも20年ぐらいは言ってるわけですよ、30年ぐらいはね。40年も言ってるかも知れない…?40年?10歳から言ってねぇか。まぁ30年くらい言ってるとして。
 でも言ってる中でそのなんていうんでしょうね、30年前と20年前の10年間では思いはそんなに変わってなかったんだけど、ここのところ、すごい想いが変わってますね。それはやっぱり…うん、311の震災があって、原発事故があってみたいなのがあって。で、去年からのね、コロナ禍があってとか。なんかそういう尋常じゃない状況みたいなものに自分が置かれてるみたいなのってね、すごい何て言うか、自分の死生観みたいなものにも変化というのをもたらすんだろうなーなんて思いますね。

一期一会と涙

 例えばほら…ね、一期一会って言うじゃないですか。千利休じゃないですけどね。だからもう1回会った時がもう2度と会えないかも知れないんだよみたいなことって…と言いながらまた会えるじゃんとか、別にもう1回会わなくてもいいじゃんなんて、若い頃は思ってたような気がするんだけど。なんとなく年々歳取ってくると本当にそうだなーなんて思ったりするとですね、その1回会う会わないというのが例えばすごい仲良い人とかね、すごい知り合いとかじゃなくて、例えば何て言うんでしょうね、そのコンビニで出会った(笑) コンビニの店員さんとももう一期一会なんだなーとか思うと、別にその人になんの愛情もあるわけでもないし、だからって何も無いわけだけど、ああもうこの人と会わないんだなーなんて思ったりするっていうのは、すごい…あるノスタルジーみたいなものを抱くなーなんて思ったりすると、もう何なのかな?
 だからよくお年寄りで涙もろい方っていらっしゃるけど、あれちょっと分かるなーなんて思いましたね。ボク、小さい頃はですね、結構涙もろかったんですけど、なんか若くなってそうでもなくなった…若くっていうか、成長してそうでもなくなったんですけど。…うん、最近も涙もろくはなくなった…涙もろくもないんですけど、なんかふとした瞬間に涙が出るみたいなことってのは、すごくありますよね。
 それってなんかやっぱり突き詰めると生と死というものとリンクしてる涙なのかなーなんて思ったりもします。なんて言うんでしょうね、やっぱり生というのはどこにもない自分がどこかからパカっと誕生してきたわけですよね。じゃあその生まれる前ってのは何だったんだろう?どこにいたんでしょうか?みたいな。いなかったのかも知れないけど…みたいなことじゃないですか。で、死ってのは、死んだ後どこに行くのか?みたいな意味で言うと、どこに行くか分かんないわけですよね?まぁ無くなっちゃうかも知れないけどみたいな。うん、だから我々はつまりどこかに居て、どこかに在って、生まれて、生きて、死んで、またどこかに行っちゃうという、ある一定の区間みたいなものを生というもので享受している──うん、その部分だけ宇宙空間の中で輝いているほんの一瞬なんですよね。その一瞬てのが何十年なのか何年なのか、何百年なのか…何百年はないかも知れないけど、…とか言うようなタイムスパンなんでしょうけど。
 なんかそんなことを考えると、仮にそのスパンのゲージみたいなものがあったとしたら、大分後半の方に来たんだなーなんて思いますよね。うん、そうすると…なんでしょうね、日々やってることとか、日々思ってることというのが──、昔はね、なんか有意義なことを思った方がいいなーとかね、意味があることを思った方がいいなーなんて。だからそれがあるから皆んな勉強したりとかね、仕事頑張ったりとか、するんだと思うんだけど。なんかいつの頃からかそういうことを考えると、別に意義のない人生でもいいのではないかなーなんて、ちょっと思ったりもします。

ボクがやって来たことのパーツ

 で、そう思った時にね。その小説を期せずして書いた、『AP』ってのを書いたんですけど。ね、寿司特というところでお話しさせて頂いて。ね、まさにこの19日には「SMAPとAPについて」っていうタイトルで話させて頂いてね、復活大作戦という名前で話させて頂ききました。復活大作戦って、復活大作戦の動画でも喋ったんですけど、それを声高に喋ることってすごい諸刃の剣だったりするわけですよね。──だから結構迷いましたね、それを言うか。
 当然妄想としてというか、自分の構想としてはそういうのが頭にあって、プロデューサーなわけでね、ボクもね、職業柄。そういうことを、どういう風にやれば物事は進むんだろうなーなんて朧げに考えながらやってましたけど。それってね、簡単に言えば『AP』という作品がドラマ化することが色んなことのきっかけになったらいいなーってことなんだけど。そのドラマ化のところで実際どうやればドラマ化できるか?みたいなところって…、当然ロビー活動はしようと思ってるんだけども、やっぱりその作品が売れないとというか話題にならないとドラマ化してもね…って話になると思うんです。
 で、売れるためには皆さんに読んで頂いたりとか、買っていただかないとダメだとすると、やっぱりそれをすごい…どうやればいいのか?って思うと…ね、多額な宣伝費があるわけではないし。っていうか、むしろ宣伝費なんかほぼないし。で、もうボクがTwitterで呟くぐらいしか宣伝なんてものはないわけです。
 そんな時にね、そのそもそもで言うとドラマ化の時にはSMAPというアイドルグループの…それもだからボクが金スマって番組やってたからなんですけどね。結局自分がやってきた人生みたいなものしかやっぱり作品には投影できないんだなってことは今回思い知ったんですけど。それがだから全然全くシチュエーションが違う場面もあるし、なんとなく被ってるなーみたいな場面もあるし。どの人間が自分の投影みたいなものはなくて、全体で自分の思ってることを発露してるんだとは思うんだけども。それは出演者の三崎美南さんという主人公もそうだし、上司の上米龍三郎ってのもそうだし、FLATってアイドルグループの鴨居君ってのと島Pってのもそうだし、とかね。それ以外の方もそうなんだけど…AD住田君ってのが出て来たりとか、総合演出の田中さんってのが出て来たりしますけど。なんかそれって何となくみんなボクが今までやって来たことの何か何かのパーツみたいなものがね、投影されてるんだと思うんです。
 そうするとね、やっぱりボクが2001年から2006年までやってた金スマという番組とかね、その前のさんまのからくりTVとか、その後の明石家さんちゃんねるとかEXILE魂というのはやっぱりすごい投影されてるんだと思うんですよね。

直接言わない面白さ

 あともう1個はね、なんと言うか、フィクションというもので伝えられることが出来るんだなーってことを今回知ったというのはすごい…自分の中では面白いですね。バラエティってフィクション性もあるバラエティではあるけども、基本はドキュメンタリー要素が強い中で作っているのがバラエティ番組なわけでね。全く架空の話をやってしまうとそれはやらせになってしまうから、基本バラエティでは架空の話ではないわけですよね。で、今回はその架空というか空想の話で作品を作ってるわけで。それってすごい作るのにボクが慣れてないからか時間が掛かったんだけども、その中で自分が言いたいことを直接言わないっていう面白さみたいなね。それってのは今回すごい体験したなーなんて思うわけです。そうするとまた小説書きたいですよね。いや…1個、2個、…3個、…4個ぐらい構想はあるんですけど。それをこうぐじゅぐじゅ言っててなかなか書いてないんですけど。書かなきゃいけないなーなんて思ってます。
 それって面白いですよね。さっきの生と死って話をしましたけど、ひとつの作品が書き終わるとそれは死ではないけども、…ああー、書き終わると言う意味では死なんだけど、それが発売されるという意味では生ですよね。で、それをどなたがか手に取って読み始めると言う意味では生なんだけど読み終わったら死なんですね。そうかー、だから作品と出会って、その作品を読み終わるとか、ドラマだったら見終わるってのは、生と死のまたメタファーにもなってるんですね。面白いな。で、ボクはその作品を書く…書いて、書き始めて生まれて、書き終わって死んで。本になって生まれて、それが次の作品を産むっていうものに行くって考えると、生と死を繰り返して行くっていうのはすごい面白いですね。生と死を繰り返して行くんですね我々というのはね。
 本当はね、今日の動画とかもね、またそのICUCもね、その…SMAPの話とかした方がたぶん視聴数とかはあがるんでしょうけど。でも結構ね、寿司特で2回分で話したし。まだ本当は話し足りないこともあるんだけど…うん、たくさんの人に見てもらいたいなーというのはあるけども、一方でたくさんの人に見てもらうことが目的なのか?って思ったりすると、(笑)じゃあこの動画の目的はなんなんだろうな?うっふっふっふ、よく分かんないな(笑)
 何でやってんでしょうね?私ね、何気にね。元々はね、そのICUCという本当に知的好奇心向上委員会という集まりがあったから、その集まりの方に向けてやってて。その集まりがね、ボクが畳んじゃったんですけども。畳んじゃったから代わりに動画をやってるってところがあったけども。これが本当に知的好奇心の向上に繋がってるのか?というと甚だ(笑) 甚だ心許ないですが。特にね、最初の頃はそういう知識というか知性というのは何かという話をしたりとか。考え方の考え方みたいな話をしてましたけども。毎週30分喋ってるとやっぱりもうちょっと自分の反知的、非知的な領域の話もやっぱりしてしまいますよね、うん。

イサム・ノグチ展

 ああ、そうそう。そう言えばですね、まさにその中居さんの誕生日、2月…2月じゃない、8月18日には私コロナワクチンの2回目を接種して参りました。2回目ってね、結構みんな発熱している人とか多いんで、自分も発熱するかなーなんて思って。で、発熱するかと思って解毒剤飲み…ぁ、解毒剤(笑) 解熱剤を飲みました──解毒剤じゃないですよね(笑) 事前に解熱剤を飲みましたーみたいなこととかいう風に言われてるから、自分も飲んでみようかなーなんてのも思いながらも、一方で自分がワクチンとか打つと熱が出るタイプの人間なのか?出ないタイプの人間なのか?ってのもちょっと知りたいなーなんて思って。
 ってことで、まあ出たら飲めばいいかーぐらいに思ってたわけです。で、それが昼頃打って。で、夕方になってそろそろ熱出るかなーなんて思って体温計で測ったらむしろ低くなってるみたいな(笑) 感じだったりしてですね。全然大丈夫でした。不思議な、不思議なもんですね。なんか熱が出ないとむしろ大丈夫なのかな?なんて思ってしまうってのがまた面白いんですけど。
 で、翌日は熱出たら仕事にならないと思って午前中とか予定を空けてたんで。ポカッと空いたんで、NHKのEテレの日曜美術館でやってたイサム・ノグチ展の紹介をちょうどしてたんですよね。それを録画に撮ってたのをたまたま見たんですけど、サカナクションの山口一郎さんがね、イサム・ノグチのファンというか好きで。で、すごい解説とかをやっている番組で、すごい面白かったんです。で、いつか行こうなんて思いながら8月いっぱいで終わりだから、最後の週に行くとね、やっぱり混んでたら嫌だなーなんて思ったんで、よし!じゃあ行っちゃおうと思ってチケットを予約して、ソーシャルディスタンスを守りながら、上野の東京都美術館に行って来ました。
 で、イサム・ノグチの作品を見てね。すごいその作品について、「ん?」って思うものと「ああこれが作品なんだ」と思うものとがあるのが、ある意味そういう抽象的な作品群の場合はよくあるパターンですけども。イサム・ノグチの作品ってのはまさにボクの中ではそういう作品ですね。
 なんだけどね、やっぱり時々、所々、その作品にインスピレーションを感じさせて頂ける作品ってのがやっぱりあるんですよね。それはそれでまたやっぱりちょっと面白いなーとは思いますよね。「なんだこれは?!」って言うものに何で人はドキドキするんでしょうね。それがなんかすごい…うん、だから19日という日にイサム・ノグチを見に行った、で、イサム・ノグチもね、日本人のお父さんとアメリカ人のお母さんの間に生まれて、あの時代だからやっぱりなかなか…ちょっとこう差別的な扱いを受けたみたいなことの孤高性みたいなものをすごく持ってらっしゃる方だったらしいですね。だからその製作過程の動画とかもすごい流れてましたけど、すごい孤高で厳しい感じで作品を作ってるというのが、なんかすごい…うん、あの孤高性というのってのは孤高というのってのはなんかやっぱり必要なことなんだろうなーなんて思うんだけど。ボクはやっぱりそこがなかなか踏み込めない。踏み込めない割にはじゃあすごい仲間がいるかというと、いるわけでもないんですけど(笑) なんかそんなことを思ったりもしますね。

キネマの神様

 そして金曜日、20日の日はですね、山田洋次監督のキネマの神様を観て来ました。ボク山田洋次監督大ファンで。寅さんを観て生湯に浸かりみたいな感じなので(笑) 山田洋次監督に憧れて東大に入ったようなものなので。で、作品を観て、すごく…すごく、良かったです。その良かったという意味では…すごい──なんて言うんでしょう、山田洋次監督の作品って山田洋次監督独特の説明セリフがあったりとかね。独特の言い回しというか。そういうもがすごいあったりして。なんかそれがすごく、すごく、…もしかしたらその作品の稚拙さみたいなものと捉えられたりするときがあったりするんですよね。でもボクはあの山田洋次監督のすごい説明してくれるところとか、映画絵の情熱みたいなものをすごく熱い言葉でストレートに語るとか、所作をはっきりする演技の演出とか、そういうのがすごい好きなんですよね。
 だからボクは1回映画監督でげんげってのをやってますけど、あのげんげというのもそういう影響を受けた作品なんじゃないかなーなんて思います。だからあの作品をみたあるプロデューサーは古臭い作品だなーって言われたことがあって…有名なプロデューサーからね、見た時に。その言葉は今でも思ってますけど、ボクに言わせるとあえて作ったんだけど、そういう風に…っていう想いがあるんですけどね。
 そんな感じがね、すごい出てる作品でしたね。で、やっぱりね。志村けんさんが亡くなられて、ジュリー、沢田研二さんがやられてて。志村さんで観たかったなーという思いもあるけど、ジュリーはジュリーですげぇ頑張ってるなーって思ったし、良かったです。で、菅田将暉さんも永野芽郁さんもすごい素晴らしく、カッコいいし素晴らしく可愛いし。北川景子さんは美しいし。宮本信子さんは素晴らしい演技だしとか、寺島しのぶさんもすごいしとか、小林稔侍さんもすごいしとか、みんなすごいんですけど。ボクは野田洋次郎さんがね、RADWIMPSの、演技というか役者をやられてて。なんか、すごい良かったです。
 うん、すごい良かった。なんかそれが…なんか良かったですね。もうなんか良かったしか言ってないから(笑) ボクね、映画評って、映画の連載をやってたりとか、ラジオで喋ったりするんだけど、作品を良いです意外に言いたくないっていうところがあるんですよね。いい作品なんです、良かったです、最高です、みたいな。だからボクがインスタとかでこの作品を観たって言った時に素晴らしかったしか書いてなかったりして(笑) で、何が素晴らしかったかってことは説明しようと思えば出来るんだけど、それはやっぱり観た人が自分で気付いて欲しいかなーなんて思っちゃうから、ボクの分析なんてものは要らないんじゃないかなーなんて思っちゃうわけです。じゃあ何もアップしなきゃいいじゃん!なんだけど。でも少なくとも素晴らしかったって言うから、じゃあちょっと観てみようかなって思う人がいたら…ね、その人の中でまさにその作品が誕生する、作品との出会いが誕生するってことですからね。うん、色んな作品との出会いが誕生して、死んで、また誕生して、死んで、って言うのをやることが人生なんじゃないかなーなんて思います。
 なのでボクはやっぱりこの動画とかをやってるんだろうと思います。はい。そんな感じで知的好奇心向上委員会でございました。また来週。

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文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 もしかしたら40年も言ってるかもしれない、生と死の8月。去年の8月はどんなICUCだったか、動画タイトルと紹介図書を振り返ってみる。

◾️2020.7.19 ことばという哀しき鋭利なモノ
  池谷裕二/糸井重里『海馬』
◾️2020.7.26 個人的アパルトヘイト
◾️2020.8.2 8月の自制と想い出:世界の歴史と高松駅とペヤングソース焼きそば
  アウグスティヌス『告白』
◾️2020.8.9 DIY:創造を創造することから行動は産まれる
  守村大『新白河原人』
◾️2020.8.16 誕生日の1日は人生の縮図である:40代最後の1日に想うこと
  ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』
◾️2020.8.23 生と死と姓:50代最初の1週間に想うこと
  G・ガルシア・マルケス『百年の孤独』
◾️2020.8.28 安倍首相の辞任と夏の終わり:父親について語るとき
  村上春樹『猫を棄てる』

 では一昨年は?渋谷のラジオのアーカイブを拾ってみる。

◾️2019.8.2 夏は働かない方がいいのでは/面白いのに自分では面白いと思えない問題/番組の演出と世間が繋がってるという意識/不祥事はその人の嫌な対応の蓄積/相手に正しいと思ってもらえるような伝え方を/ビジネスとSNS
◾️2019.8.9 地理思考が必要だと思ったきっかけ/環境によってすげきことは違う/物理的に離れると不信感が生まれる/国同士はお隣さんをやめられない/生の火は周りの人によって灯されている
◾️2019.8.16 誕生日をきっかけに考えること/人生を5年ごとに分けて星取表にすると/明るいところと暗いところ/「私」と「僕」/能力は上がらない
◾️2019.8.23 Moving Movie とは/映画監督のすごみ/それぞれのMoving Movie/草彅剛さんとの対談
◾️2019.8.30 街の変化/大きなビルの建設とノイズの排除/『「本音で話す」は武器になる』について/二言多いさんまさん、一言の応酬のツイッター
◾️2019.9.6 『潜る』ために/角田市に行った角田さん/旅の想い出

 基本的に角田さんという人にとって生と死と孤独の想いは常に一緒にある感じがするから、拾った部分だけ見ても格別「生と死と孤独」という感じでもないというのが正直な感想ではあるけど、お父様が亡くなった2020年を挟んだ2019~2021年は他の年より想いは深めだなと感じる。
 私の父は亡くなって20年、親の死とはいえ私自身はまだ20代で死は遠い感覚だったと思う。50代で亡くしていたら全く別の感覚になったろうと思うけど、最近思うのは父の死んだ歳まであと10年ないなーということ。もし同じ歳で死ぬとして、あと9年弱でやりたいことを全部できるだろうか?やりたいことなんかあったろうか?9年前に現在を想像なんか出来なかったんだから9年後のことだって分かるはずない。だったらまだ、今思うことだけ、今いいと思う選択だけをしているんで十分じゃないだろうか?それ以上の何かって望みようがあるんだろうか?と思う。
 先日師匠に「出来ないことより出来ることを伸ばすことに専念してもいいよ、この歳だ、時間はそうそうない。」と言われたけど、私は案外あると思って疑わないんだなと分かった。あと9年で確実に想像の外にいるんだから。結構楽観的なんだ私は。
 これはあれだ、私の性格のせいだ。先日、なぜか明日死ぬとして今日はどうしたいか?と考えたけど、多分本気で考えても、周囲の人に連絡して、夫にSNSなんかのパスを伝えて、あとAmazonとか解約してってお願いして、あとはずっと猫と一緒にいるだろうなって。とにかく特別なことよりいつも通りにすると思った。寂しいのか悔しいのか分からないけど泣くだろうとは思う。でもそんな気持ちで逝きたくないから、いつも通りを選ぶんじゃないかな。想像力には滅法自信がないから分かんないけど。

 seasoning で市川さんにツッこまれてたけど、去年はそうだ、ヨウイチロウ改名騒動があった。出版関係は頑なにOKしてくれなかった件(笑) そして重大発表ということで角田陽一郎あらためヨウイチロウあらため角田陽一郎になったんだった。面白かったな、あれ。

 一度お仕事でご一緒した先生が師匠になる。1年もご一緒出来なかった人なのに、13年経っても奥様にご挨拶に行くほどの人。人の出会いって面白い。ときどきピンとくる人が現れて、この人は私の大事な友人になるとか、師匠になるとか、ふと得心する。『AP』に私は師匠にした覚えはない!俺は弟子にした覚えがある!というやりとりが出てくるけど(『AP』では結果いい師弟になる超泣けるポイントなんだけど)、師匠と弟子の片想いの場合もたくさんあるだろうし、それはそれで良いんだと思う。
 私がつまみ細工を始めた時も、これぞつまみ細工というものをネット画像ですら見てないうちに、つまりつまみ細工が何なのかほぼ知らずに、この人に会おう、会って去るか師匠にするかの2択だなと思っていた。あのとき私はおかしかった。この2択を疑わなかった。角田さんを見た時もICUCに行くから申し込みしなきゃなーと思ってた気がする。こういう時って心臓バクバクして止まらなくなる。(これだけ心臓が働いたなら10kgくらい痩せて然るべきだとも思う。)
 逆にこの人は合わないぞと直感的に分かる人もいる。大事なのは、合わないのにその直感を全力で鈍らせる時があるってこと。私はこれは「絶対どこまで行っても合わない人だけど、何かこいつから学ぶものがあるから、見て聞いて盗め!」という直感なんだと思う。直感 on 直感。でも合わない合わないと思ってるとその人のところに行きにくいので、感覚を1つ麻痺させて行く。体が痛むだろう死にゆくうちの猫がボケて楽しく過ごしたように。
 この場合は後々後悔というか黒歴史的に感じるんじゃないか?と思うけど、私はそう感じているけど、他の方はどう感じるんだろうか?そんな感覚麻痺の時間をそもそも持つことがあるだろうか?

 一期一会を考えすぎるとコンビニひとつ行ってられない。おちおち友達なんか作ってられない気持ちになる、私の場合は。死のうが死ぬまいがもう会えないと思うと寂しいんだと思う。ならば今日は私に会って面白かったと思えるように、会話を交わす人には笑顔で対応したいと思う。もちろん嫌味な相手は無視するけど。

 色んなものの生と死、色んなスパンの生と死でこの世は出来ている。ここから生でここで死だって線引き出来るポイントは数え切れないほどある。死んだことによって次が生まれることも多くて、それは植物が枯れて種を落としていくみたいだ。角田さんがモノゴトは真空を嫌うって言ってた。死ぬって事は生まれるって事で、死ぬって事は何かを残して逝くってことだ。だから生まれるって事は死ぬって事なんだな。表裏一体だ。ときどき三位一体みたいなすごいものも生まれて、そこが空く時は特別たくさん生まれるのかも知れない。
 死ぬことは独りで寂しいんだから、生きてる時だってずっと寂しくて当たり前なんだ。寂しい上に面白いものをたくさん見つけることが生きることかも知れないな。寂しいことは頭の片隅に置いて、面白い方に行くようにしよう。

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