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ICUC-114_2022.6.19【戦争について想うこと:creationとrecreation】ICUC知的好奇心向上委員会

【ICUC知的好奇心向上委員会】の私の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee !

角田陽一郎114「戦争について想うこと:creationとrecreation」ICUC知的好奇心向上委員会

「クリエーション=創造
リクリエーション=余暇
僕はクリエーションから逃走しつつ、リクリエーションのためにクリエーションの真似事をやっていたんだと、この戦争が起こったことで気付かされたんだ。逃げるか闘うか、つまりもう逃げちゃダメなんだ」
そんなことを話しています。

角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

mireva channel

動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

朝の方が前向き

 おはようございます。知的好奇心向上委員会のバラエティプロデューサー角田陽一郎でございます。今日は6月19日ということで、6月もあと10日あまりになってしまいましたけど。皆様いかがお過ごしでしょうか(^^) 梅雨真っ只中ですけど今日は朝です、いま朝ですけど。天気わるくないですね。昨日とかはなんかね、ぐ〜って篭ってたり…うん?曇ってたりして。僕はこの海の街にあるスタジオでずっと篭ってたりしたんですけどね。で、篭って作品をちょっと生み出さなきゃいけないものがあって篭ってたんですけど、結論から言うと生み出せず。生み出したかったんですけどね。だったんですけど出せず。で、今日はこれからちょっと東京行って仕事があるので。そっかぁ、今週も生み出せないのか…とか思いながら6月の19日になってしまったという状況でございます。

 何話そうかなーなんて思ってね。本当はね、昨日の夜中にこの配信しようかなーって、ちょっと、一瞬思ったんですよ。思ったんですけど、なんか朝からずーっと篭って考えてて。で、そのあ間にリモート会議みたな、リモートミーティングみたいなのをね、何個かやって。それやってるうちに疲れちゃって。リモート会議ってずーっと喋ってるじゃないですか。そうするとこのYouTubeで喋ってることとたぶん…いや、やってる事とほぼ一緒だなーなんて思うと、なんかこう篭ってると言ってる割にはですね、こういう場所に…篭ってると言ってる割には結構ずっと喋ってるんだな僕は…(笑)なんて思いながら。えーと、何話そうかなーなんてことも思いながら、ちょっと疲れたから寝るかと思って、寝て。で、朝起きて、今朝方にこれやってると、むしろなんか気持ちいいなーなんて思ったりして。そっか、だからなんか、夜、夜中よりも朝方の方が考え方が前向きになるんだなーなんていうね、シンプルなことを思いますね。なんかそういう事ってよく、ほら、小学校とか自分が中学校の時とかに結構大人に教わったりするじゃないですか。で、そういう事って自分が逆にちょっと思春期、青春になって、若い頃になると、小学校の時とかに教わってた事ってちょっと馬鹿にしたりするじゃないですか。そうなんだけど、それがまたいい歳の大人になってくるとやっぱり小学校の時に先生方が言ってた事って結構正しいよなーみたいな風に思って。で、先生世代が子供たちに言うんでしょうね。で、それが1回若者の時には跳ね返り者だとそれを跳ね返しちゃうみたいなね。うん。で、そうすると最近そういう言葉ってなんか…なんか、ベタなこと、早起きは三文の徳じゃないけどね、とか。そういう様なこととかっていうのをすごく、すごく、むしろシンプルに正しい事なんだなーなんて思うって事なんだろうなーなんて思いますね。
 でもそれって裏を返すと保守的になっちゃうって事かも知れなくて。僕はだから…ね、自分が若い時から若いくない方向へどんどん…僕って言うかあらゆる人は向かって行くと思うんだけど。歳をとって行くとなんで保守的になるのかなーっていうのは、若い頃は嫌悪感みたいなものはちょっとあったんだけど。今は…そっか、そういうものなんだなっていう。それを若者から見ると保守的だなーとか、守りに入ってるなーと思うんでしょうね、きっとね。思うんでしょうけど、そっちの方が心地いいんだよなーっていう風にやっぱりなって行くんだなーって事は、自分がその歳になるとわかりますね。うん。これは知的好奇心向上なのかどうかはともかく、自分の心境の変化、考え方の変化、つまり知的好奇心の変化って意味で言うと、ちょっとそれはそれで面白いんだなーと言うか、人間って。なんて事を思ったりもします。はい。

豊津徳22「戦争とアート」

  で、今日何話そうかなーなんて、ずーっと思ってたんですけど、うん。あのね、ちょうど今日が日曜日なんですけど、3日前の金曜日に東京画廊の山本豊津さんと豊津徳HozuTalk っていうのをやってるんですね。

豊津徳22【HozuTalk】「戦争とアート」

 で、そこで毎回アートについての知のライブトークって言ってやってるんですけど。普段はね、普段はというか元々は zoom で、リモートで、コロナからやってきたから、リモートで繋いで色んなテーマで話してたんですけど。最近はコロナも落ち着いてきたので東京画廊で展覧会があるとその展覧会の方から生配信みたいなものをしてました。で、一昨日は展覧会もないみたいなので久しぶりに zoom でね、繋いでお話をさせて頂いて。で、何を話そうかなーってなったんですけど──ウクライナでの、ロシアのね、侵攻が2月に始まってからその事ってずーっと話してないなと思ったんで。戦争とアートっていうテーマで話しました。
 で、僕の中では戦争とアートっていうのは、僕が話したかったことというのは、例えばピカソのゲルニカみたいなものもそうだと思うんだけども、なんか戦争とか天災、地震とか災害みたいな天災、戦争、あとはコロナ禍みたいな疫病、これが歴史を動かしてきた3つの要因って話はこのICUCでも話してるし、皆さん言ってると思うんだけど。そういうものが何か作品を生み出す──それは小説であれ、音楽であれ、アートであれ、そういうものが作品を生み出す時にどれくらいの影響…むしろ多大な影響を与えてるんじゃないかな?っていう話を念頭に置いて豊津さんと話そうと思ってたんです。
 そしたらね、まあ…これを言っちゃうとアレなんでと言うか。むしろ豊津徳を本当に…なんて言うんでしょう、すごい名回…ぅん?名作…って言うとおかしいな。すごい保存版って言うか。YouTubeだから保存しとくんだけど。保存版になったなーと思ったんだけど。豊津さんから戦争とアートについてのね、お話を聞いて、なんかすごい色んな事を考えました。で、その色んな事を考えた事はむしろここで話すというよりは、今この mireva channel に豊津徳置いてあるんで是非見て頂ければとは思うんですけど。なんかね、色々考えさせられました。
 で、今日話したい事は、つまりそこから僕は何を考えたのか?っていうことだと思います。

身体を外に出さなきゃいけない疲れ

 えーと、どこから話そうかな。最近で言うと、ここずーっと、まあ…2月に戦争が始まりましたよね。で、3月の311でそれこそ東日本大震災があった311、11年経ちましたけど、そこで何かね、そこから僕1ヶ月くらいこのICUC止めたりとか、毎朝…じゃないけど毎日呟いてるおはようございますSNSみたいなものもちょっと止めちゃったくらい倦怠感と言うか無力感に襲われて。…と言いながら4月1日から何とか復活して。で、4月からは町田にある桜美林大学と大阪梅田にある国際ファッション専門職大学ってところで非常勤講師をやってて。だから普段のバラエティプロデューサーとしての職種は変わらないんだけど、ちょっとこう大学で教えるってことを4月から始めたんですね。で、始めて、また先週とかのICUCとかでも喋りましたけど、単純に毎週大阪に行ってるのがですね、すーごい…なんかね、疲れるんだなってことが分かったんですね。それはその…新幹線で移動っていうのを毎週やってると。結構タレントさんとかでやってるじゃないですか。うん。だからなんかちょっとそういうのって憧れてた、つまり忙しいのに憧れるじゃないけど、なんか大阪にも仕事があって、東京にも仕事があって、毎週行かなきゃいけないんだよ的なのってちょっと憧れがあって。で、ちょっとやってみようかなーと思ってやってみたんですけど、結果で言うとすごい疲れるんだなーなんてことがわかって。で、そんな中で何となくね、すごい気持ちが消耗して行ってたんだと思うんですね。
 で、一方で。本当にここ数回のICUCでは話してるんだけど、自分のバラエティプロデューサーとしての限界みたなものを思ったりして。だから先週、先々週のそれこそ映画パーソナリティのコトブキツカサとやっている寿司特ではですね、もう引退ってテーマで!んふふふふ!話したりとかね。そんなことをしておりました。うん。
 で、なんかね、そんな風にある意味鬱々としてたと言うか。鬱々としてたってのはまだいいんですよね、理由がむしろちゃんと分かってて。で、なんかこう自分とこの世界の接続みたいなものが、自分も歳を取って来てるしとか、なんかそんな事で疲れちゃってんだなーなんて思ったりもして。
 で、一方で、まあ…ぶっちゃけて言うと5月病かも知れないですよね。GWが明けて。で、五月病的なもので言うと、つまりGWが明けて仕事がどんどん本格化して来て、忙しくなったりする。で、一方でその忙しい仕事というののクオリティがなんか低いなーなんて思ってがっかりするみたいな。で、一方でコロナがちょっと…収束してるかどうかはともかく、コロナ明けを、活動する方向に色んなことが行ってる様な気がしてて。そうすると3年間閉じ篭もっていた、引き篭もっていた自分をまた外に出さなければいけないっていうこと。で、一方でそんな中で言うても3年分年取ってるわけで。そうか、だから3年前のバイタリティを復活させた上でコロナ禍で閉じこもっていた、引き篭もっていた身体を外に出さなきゃいけないんだな…みたいなことも重なって。なんか疲れてたんじゃないかなーなんて思いました。

かっこよく歳を取る

 で、そんな中でね。先週、山下達郎さんのライブを観に行って復活したって話はしたと思うんですけど。今週ね、大阪でオザケン、小沢健二さんのライブを観て。オザケンさん僕の2つ年上なんですけどね、なんかそんな──つまりそんな風にウダウダ言ってる場合じゃないんだなーなんてことは思う様になって。ちょっとこう、すごい、だから、ミュージシャンっていうか音楽の力ってすごいなーと思うんだけど。うん、なんかそれこそね、山下達郎さんの曲、RIDE ON TIMEって曲があると思うんですけど。RIDE ON TIMEって時代に乗れとかね、そんな様な意味だなーなんて思ってたんだけど。山下達郎さんのライブってね、いつも最後にね、「お互いかっこよく歳をとりましょう」みたいな。どんどん自分達も歳を取ってね、膝が痛いだとか、肩が痛いだとか、病気を持ってるとか、色々あるんだけど、でもお互いかっこよく歳をとりましょうって言って終わるんですよ。それをもう数年前とかにライブで聞いて、えらく感動してたんだけど。なんかそんな自分の思いだったんで、その一言がすごい響いたんですよね、ライブで聞いて。で、その聞いた一言で心に響いた時に、その前に歌ってたRIDE ON TIME を思った時に、RIDE ON TIME ってのは、つまりかっこよく歳を取ることなんだなーなんてちょっと思ったんです。つまり時流に乗るっていうのは今の流行とか時代とかに乗るって事というよりはどんどん、どんどん、自分が歳を取って行くっていう時流というか。でもそんな中でその時流に乗るって事はかっこよく歳を取りましょうってことなんだなっていう事に、なんか気付かされて。とすると、なんか鬱々としてる気持ちってカッコ悪いじゃんっていう風にちょっと思えて来て。なんか復活な兆しがありました。

exitentialism=出口主義

 で、そん中で。話がやっと戻るんですけど。その一昨日の山本豊津さん、東京画廊の山本豊津さんとの東…東京画廊の山本豊津さんとのって2回言っちゃった!との豊津徳で、戦争とアートって話をして。なんか今まで戦争と天災と疫病というのを僕は3つの歴史を動かすファクターだって話はしてて。今でもそう思ってるんだけど。戦争というのはその中で疫病というのを天災っていうのと、明らかに…明らかに違うんだよなってことがその豊津さんとの話で分かったんですね。まあ当たり前なのかも知れないけど。つまり天災も疫病も人間には如何ともし難いですよね。だからそれはすごい悲惨な事で、起こっちゃ嫌だなと思うんだけど。起こっちゃうことなんですよね。致し方ないと言うか。致し方ないということはつまり諦念と言うか諦めと言うか、そんな中でどうするか?みたな事なんだなーと思った時に、戦争って言うても人為的なものだから、誰かが始めなければ始まらないし。うん、って考えると、本当は止められるんですよね。うん。と思うと、諦めちゃいけないんだなっていうことなんだなーって思った時に、天災と疫病と明らかに種類が違うものなんだなーって思った気がするんですね。思ったというか、それは豊津さんと話してて気づいたと言うか、なるほどと思って。
 で、僕がちょうど311、2011年に思った事、震災があって、原発事故があって。だからつまり原発事故ってのが天災なのか人災なのかってのは、つまりその瀬戸際だからまたすごいギリギリの思いを感じるんだなーなんて思うんですけど。その震災があってって時に、僕色んな…noteとかでも書いてるし、僕の自分の著書の中でもその事を書いてるんだけど。津波が起こったあの時に、厳密に言うととの翌日に原発の事故の映像をね、見てる時に、ほぼ初めて死の恐怖を感じたんだよなーってのがあるんです、僕の中で。で、そう思った時に、それまで僕はTBSテレビに入ってずーっとバラエティ番組を作って来て、むしろくだらないことをやり続けてきた時に、それを比喩で言えばカルチャー、文化の波に波乗りしてれば楽しいんだよな、むしろ波乗りしたいなーと思いながら作ってたんだと思うんです。明石家さんま師匠だとか、SMAPの中居さんだとか、ザキヤマさんだとか、EXILEだとか。そういう方とチャラチャラ遊んでる…実際は大変なんですよ?作る事はすごい大変なんだけど、チャラチャラしてれば波乗りで遊んでいるということがすごい人生の醍醐味なんだなーって思ってやってきたんだと思うんです。そしたらあの津波の映像を見た時に──津波って波乗り出来ないじゃないですか。うん、だから波乗り出来ない事実というのは、事態というのは、この世界、自分の世界に現れたんだなってことを感じたわけです。
 で、そう思った時に、思った事を文章で書いてるんだけど。じゃあ津波が襲ってきた時に逃げるか戦うしかないんじゃないかなって書いたんです。つまり少なくとも遊んでる場合じゃないんだなと。逃げるか戦うしかないんだよなって書いた上で、津波と戦ったって死んじゃうわけで。ってことで、逃げるしかないんだっていうことを確か文章に書いたんですね。だから僕はそういう風に書いた事ってのはその時、確実に覚えてるし。それって僕がずーっと思ってることの、僕の中のアイデンティティの一つだと思うんだけど。そういう困難からどう逃げるか?っていう逃走論みたいな。
 うん、あの、敬愛するムーンライダーズ鈴木慶一さんとね、高橋幸宏さんがビートニクスっていうユニットをやってますけども。ビートニクスが標榜してるのは出口主義って言ってるんですよね。exist、存在、existentialism 、ハイデッカーのね、実存主義の exist の s を取ってexit ってちょっともじって、exitentialism って言って、出口主義って唱えてるんですよね。その出口主義ってちょっと逃走論と言うか、どうここから脱出するか?っていうことを考えるみたいなことをビートニクスは標榜してて。それを80年代、90年代に聞いた時に──ああ、僕の中ではムーンライダーズに多大な影響を受けてるんで、その逃走主義みたいなものって僕の中でずーっとあるんですね。逃げちゃなぜ悪いんだ?みたいな。うん、逃げて、逃げて、生きていてもいいんじゃないか?むしろそうすることで人は生きられるんじゃないか?で、それって同じことをやってると飽きるしとかね。なんかそんな様なことが僕の中ではずーっとずーっと思ってるわけです。
 で、その311の津波が襲ってきた時も、それまでは…それでもヘラヘラ遊んでてもいいんだなと思ってたんだけど、ヘラヘラ遊んでる場合じゃなくて、本気で逃げなければいけないんだなって思ったっていうのが311なんですね。そこから自分は本を書く様になったり、映画監督をやったり、TBSテレビからお金を貰わないでオトナの!って番組を始めたり。そこから音楽フェスをやったりという風にどんどん自分が外に拡張していくんですね。で、結果、2016年末にTBSテレビから逃走するというか辞めるということを選ぶわけですね。

逃げちゃダメだ

 で、それから11年経って2022年。2月に戦争が始まって。この戦争ってのは直接日本が攻められてるわけではないという意味では対岸の火事という風に思ってもよかったのかも知れないけども。それこそ、ちょうどその頃3月くらいに僕はまさに311にこの配信を止めた時って、ロシアがね、チェルノブイリの原発のところを攻撃し始めたってニュースが速報で流れてね。こいつら本当に世界を滅ぼそうとしてるんだなって思ったって時に、つまり僕の中では2011年の3月11日、12日ぐらいの福島の原発が破壊されていく映像を見た時に感じた死の恐怖みたいなものが11年ぶりに戻ってきたと言うかね。ああー、これは本当に戦争なんだなって思ったわけです。
 で、そこからね、本当に今、物価高が叫ばれてるしね。食糧危機になるかも知れないって言われてるし、円安ってのもあるし…みたいな。そうすると日本の周りでも中国だ北朝鮮だってところが結構ざわついてきてる──。じゃあ台湾は?みたいな話になってくると、そっか、世界ってのは確実に戦争になって行ったんだなーって思った時に、そこでさっきの話なんです。結局、天災、疫病ってのは自然現象だから避けて通れないだっていうこと、だから耐えなければいけないってこともあるし、耐えてたら無理だったらその場所から逃げるっていうことを選んでたんだけども。戦争ってのは人為的って意味で言うと防ぐことが出来るって意味で言うと、そこで初めて僕は震災の時に思った逃げるか?戦うか?っていう仮の選択肢を作って逃げる方を即決で選んでいた僕が、戦争ってのは逃げるか戦うかって時に戦うって方を選ばなきゃいけないんじゃないかなってことに一昨日の豊津さんと話をしていて思ったんですね。
 で、戦うかって言って僕が別に外国人傭兵になってウクライナで戦うってわけでは決してないですし。うん、今から武器を取って戦うって意味ではないけども。つまり僕の中で言うと間も無く52になる51歳の角田陽一郎でございますが、ずーっと快楽のために逃げてきた自分というのが、もう逃げてちゃいけないんだな、戦わなきゃいけない。つまりエヴァンゲリオンの碇シンジ君じゃないけど「逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ、」て言う。逃げちゃダメだって言う意味がやっとこう…一昨日分かったって言うかね。だからそうするとなんか豊津さんがね、仰ってたけど。だからその死を想起する作品じゃないと自分はなんかそれがすごい作品として認められないんだみたいな話をしてた時に、僕も薄々そう思ってて。で、一方で僕がプロデュースしているテレビなんてものは死を全く想起させないもので。で、そういう癒しのための作品なんてアートなんて思ってないって豊津さんは仰っていて。つまり僕は癒してるかどうかはともかく、エンタメというのを、くだらないものみたいなものをずーっと作ってきたっていう意味で言うと、アートという作品を作ってなかったなんだなっていうことも思うわけです。
 で、一方で、でもアートみたなものも作りたいっていう自分の中での二律背反した思いみたいなものをずーっとずーっと思ってたところで、結局自分がなぜそういうものを生み出せないのかと言うと、逃げてたからなんだっていう。逃げててよかったんだっていう。…逃げてた方がいいやって思ってたからなんだなってことに気付かされましたね。うん。

reCREATION

 クリエイターって神様って意味があるけどクリエイションって創造って意味ありますよね。で、癒しとか憩いって何だって言ったらよくレクって言うじゃないですか。レク、レクってね、小学校の時からレクリエイションって言ってたけど、レクリエイションって ”re” クリエイションなんだなって思った時に、そうか、語源で言うとクリエイション、創造というものにもう1回 ”re” っていう回帰、再帰を付けて reクリエイションなんだなっていうことが、そういう余暇とか憩いみたいなものになってるんだなと思うと、僕はクリエイションを目指しているのにクリエイションの中にレクリエイション、クリエイションじゃなくてリクリエイションをやっていたんだなっていう…クリエイションもせずに、と。なのに、クリエイションしたいなーみたいなことを思ったんだなってことに何か気づいていた…気付かされた──。クリエイションという場から逃げる、クリエイションという場から逃げてるのに、クリエイションみたいなことをやりたいのに、クリエイションというものをレクリエイションにしてたんだなーみたいなね。なんかそういうことをすごく、すごく、それこそ本当に一昨日の山本豊津さんとの戦争とアートというテーマで語った時に気付かされました。うん。
 たぶん、それこそね、色んなアート展とか見に行って、なんかインスピレーションは貰って感動してるなーなんて思ってるし。それこそさっき言った先週の山下達郎さん、今週の小沢健二さんのライブを観てなんか勇気づけられてるなーなんて思ったけど、でもそういう方々ってのはあらゆる人たちってのは “re” クリエイションじゃなくてクリエイションしてんですよね。うん、逃げてない。で、僕はその戦う…だから戦うってことが暴力性も含めて本質的な嫌悪感を抱いていたわけですよね。それってちょろっと豊津徳でも言いましたけど、右か左かって言われたらどちらかと言うと僕は左だったと思うんですよね。うん。まあ日本の場合保守の方が憲法改正を目指してて、革新の方は護憲っていう、またちょっと面白い構造になってますけど。僕は平和憲法ってあった方がいいなってずーっとずーっと思ってきました。まあそれで当然問題点とかもある上で。でも…って思ってました。ところが今回の戦争で、つまりそういう風に長年思ってきた僕ですらやっぱり軍備ってのはちゃんと持たなきゃいけないんだなとか。本当に本当に…だって、うん、思ってしまったという事実って、僕の中での結構思想的転換なんじゃないかなってちょっと思ったりするわけです。うん、だから戦争なんてくだらないし止めた方がいいし、さっきも言ったけど人為的なことだから絶対やめるべきだって思ってるんだけど。で、そう思った時に、その戦争という悲惨さを忌避してるって意味では結果逃げてたんだなって。だから戦争から逃げることで平和っていう風に自分は…、戦争から逃げることでレクなんだなって、レクリエーションなんだなっていう風になんかそこの責任というか、生きている証というか、レーゾンテートルと言うか、そういうものから逃げることで自分というのの快楽と言うか、自分という暮らしみたいなものを成立させて、それのメタファーとしてじゃないんだけど、それの思想的に繋がって平和憲法で、日本は平和な国で、うん、戦争をしない国で行きましょうという風なことを信奉したかったんだなーなんて思いました。うん。

僕はここから出て行かなきゃ

 で、豊津さんがね。その豊津徳で言ってたけど。ということを本当に考える時期が来たんじゃないかということなんじゃないか?と。今回の戦争が起こったというこの2022年の2月に戦争が起こったということ。それは少なくとも僕らにとってそこまでを一人一人考えるべきなんじゃないかなと豊津さんはその豊津徳で言っていて。で、僕はそれを聞いた上で僕的に解釈すると、僕が何かを生み出す時に自分のプロデューサーとしての拙さとかね、才能がそんなに無いところとかね、そういうところを言い訳にしながら逃げている。それは人間関係の大変さとかね。お金儲けの大変さとかね。まあそういうことが、あらゆることがあるんだけど、そこで逃げて…るくせにレクリエーションしているっていうこと。そのレクリエーションの場をクリエイションに求めてるという逃げ、みたいなものから逃げなきゃいけないんだなっていうか(笑) つまりそこから自分が出て行かなきゃいけないんだなっていうことを気付かされたっていう意味です。
 ということはつまり自分も何か作るということに戦うしかない…いや、戦って来たんですけどね。戦ってきたんですよ。ちょっと自分を弁護すると、擁護すると。うん。でもやっぱり気持ちのどこかで逃げるということがね、うん、逃げ続けてたら多分何も、結局自分がその…生きると言うか存在することを──、つまり豊津さんが言ってたんだけども、未来というのは死だからねっていう。つまりあらゆる人は絶対死ぬわけで。未来ってのは死なんだと。それを希望だとか夢だという言葉で誤魔化してるんだけど。つまりそういう癒しで逃げるのではなくて、死というものを想起せよ、メメントモリじゃないんですけど。その上でどう生きていくのか?みたいなことを仰っていて。だからそういうものを感じさせる作品、死を想起させる作品が自分はアートだって言ってたけども。自分がやることがアートかどうかはともかく、自分が戦争というか死というものを想起させる作品というものを生み出すためには、生み出さなければいけないんだなっていうことを気付かされた日、でした。──っていうことでございます。
 今日は普通に戦争について思うことっていうタイトルで話させて頂きました。知的好奇心向上委員会でございます。ってことで、生み出そう、という。んふふふ!あの…気持ちだけを伝えて、今日の配信終わりにしたいと思います。また来週よろしくお願いします。

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文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 豊津徳22は傑作回、つまり「神回」と言いたかったのかな。そういう言い方は嫌いかも知れないけど。もう一度見よう。

 夜中より朝の方が考え方が前向き。いわゆる夜中のポエムって喋ることでも発生するんだろうな。これが対談とかだと大丈夫なんだろうけど、30分1人喋りだとアーカイブ困難な内容になるかも知れない(笑)

 時流に乗る=かっこよく歳を取るとは、自分という時間にちゃんと乗るということだろう。言うは易く行うは難し。よくストレス過多や弱ってる時に未来や過去のことばかりに囚われすぎている、今を感謝しましょうみたいなことを言うけど、今を軸に過去も未来も見なきゃ時流に乗れないだろうな。時流に乗るために一番大事なのは元気かどうか?かも知れない。角田さん、元気を取り戻せただろうか?角田さんは良くも悪くも物事を自分事にすることが上手いから、さらに向かい合った物事について本質は何かと考えることを大事にしてるから、逆に言えば自分には関係ない事だと切り離すことが難しくて、311もコロナも戦争にも元気を取られたのかも知れない。

 逃げちゃダメだの「ダメ」は片仮名か?漢字か?で悩んで検索して意外なものを見つけた。まず逃げちゃダメだは何回言った?知らんがな…5回だそうです。もう1つ。このセリフは劇場版で有名なセリフであり、漫画版では一度もそのセリフを言ってないそうだ。漫画を描いた貞本義行さんは「本当に嫌だったら逃げればいい」でという考え方で、劇場版では当時の庵野監督の強迫観念から生まれたセリフだったと言われているそうだ。
 全く知らなかったけど原作はアニメ&劇場版の方だけど、漫画の方が約1年早く世に出ており、漫画は原作にほぼ忠実だけど、部分的にアレンジがある。このセリフが漫画版では無くなったのがそのアレンジ部分ってことか。しかしアニメのキャラデザは漫画の貞本さんがされてるとか…ややこしい。

 逃走主義って初めて聞いた言葉だ。逃走論も。なんでも論になるんだな。外から見ればAからBへ逃げるということは、AよりBが良いから、より良いBに向かって行動してるだけに見える。行動のことを前に進むと言うか、逃げると言うか、自分にあった表現をすればいいんだ。角田さんもシンジくんも逃げちゃダメだという切迫感がないと動けないなら、逃げちゃダメだって5回でも10回でも言っていい。ただ、前向きだろうと逃げだろうと、行動すればそれだけ同じ様にハプニングにも出会うわけだから、逃げる時は自身の精神の消耗具合には注意がいるだろうな。
 ムーンライダーズが大好きな角田さんの場合、特にこう言う風に解釈してねと言われなくてもムーンライダーズっぽい動き方、逃げ方を自然とすると思う。と言うことは角田さんが大好きな私も似た様な動きをしてる可能性がある。思うに今の私の逃げ方は外との繋がりを断つ、外を見ない聞かない。なので、逃げないためには見て、聞いて、つまり人と交流を持って、でも関係ない事はきちんと切り離す術を持つことが大事になるはずだ。とりあえずその方向でやってみよう。

 角田さんは自分のことを前向きなネガティブって言ってたと思う。確か後ろ向きに前に進んでるって意味だったような…。そう考えるとポジに背中を向け、ネガを見ながらネガから遠ざかる──こういう風に解釈すると何事にも向き合ってない状態に見えるな…究極の逃げ態勢というか。これからはネガティブを前に持って来て、前に据えて対応するようになるのかな。もちろんポジも前に据えて。空いた背中には友達の背中を置くことを忘れずに。
 角田さんはテレビでくだらないものを作ってきたと言うけど、それが癒しだったかは分からないと言うけど、少なくとも角田さん自身の癒しではあったんだろうなと。豊津さんはエンタメに騙されるという言い方をしていたけど、時々騙すことは休むこと、癒すことと同義とも言えるんじゃないかな。アートを生み出す時にはその癒しに騙されては作れないけど、死と向き合う元気を補填する一つの方法だとは思う。

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